◆楽しむこと意識すれば誰でも簡単にそうなれる
日本を代表するファッションデザイナーの菊池武夫さんは、85歳を迎えた現在も第一線で活躍を続けている。ことしはブランド「タケオキクチ」の立ち上げから40年の節目。歩んできた道のりには、年齢にとらわれない菊池さんの生き様がにじむ。 (聞き手・大野雄一郎) 5歳のとき、胸腔(きょうくう)に膿(うみ)がたまる「膿胸(のうきょう)」を患いました。戦争中だったので入院もできず、自宅で手術をしたんです。治療にはペニシリンを使いましたが、医師には「日本で使用された2例目だ」と言われました。ペニシリンがなかったら、死んでいたかもしれない。 だから、病気を克服してからは「めっちゃめちゃ生きてる」っていう実感がわいてきました。ご飯を食べていても、何をしていても喜びがある。普通の人だったら不幸だと思うようなことも、全部楽しいと思えるようになりました。 育った家庭もちょっと変わっていたんです。うちのおやじは戦後すぐ、自宅に米軍の将校を1年半、下宿させていました。米軍の放出物資のジーパンもあったし、ジャズのレコードもたくさん聴かせてもらいました。周りは焼け野原でしたが、そうした文化に触れ、僕としては明るく過ごしていた。他人とは違う環境にいたので、必ず自分の考えを持って判断するという習慣がつきました。「人と違う」ということは、この仕事にすごく役立っています。◆世の中変えたい
「タケオキクチ」を立ち上げてからは、振り返る間もないほどあっという間でした。その間、ファッションはだいぶ変わりました。以前はスーツがものすごく売れましたが、ここ15年くらいはカジュアルにシフトしています。スーツを着て遊びにいく人は少なくなり、Tシャツとパンツさえあれば、どこにでも行けちゃう時代になりました。 要因は、生活様式の変化でしょう。例えば、昔なら朝食は家族そろってご飯とみそ汁を食べていましたが、今はパンだけだったり、食べない人もいたりします。食生活がカジュアル化しているくらいだから、洋服も生理的に楽なほうに行ってしまう。今の人は、部屋着のまま働いてもいいくらいの感覚を持っているのではないかな。このトレンドはこれからも変わらないでしょうね。 ですが、カジュアルの中でもかっこいい洋服はいくらでも作れます。そうして服を作り続けていくうちに奇跡が起き、次はまったく別のトレンドが来るかもしれない。僕が1970年に女性向けブランドの「ビギ」を立ち上げたとき、作った服がよく売れて、世の中のトレンドが変わったと思いました。タケオキクチを立ち上げたときもそう。そのときの「楽しかった」という意識は、今も頭の中に残っています。これからもデザインを続けて、世の中を変えたい。そういう欲求は尽きませんね。◆「続ける難しさ」
実は「引退」が頭をよぎったことは、これまでに何度かあるんですよ。最初は35歳くらいのとき。ミュージシャンだって、例えばビートルズなんかは早い時期に解散しちゃうでしょ。洋服もそんな感じかなって考えたりもしたんです。でも、それと同時に、自然とアイデアが浮かんでくる。そうなると「まだやりたい」って思うんですよね。今もアイデアが思い浮かばないことはありません。 ただ、この世界で長く洋服に携わってきた分の「難しさ」も感じています。一見して新しいデザインが出てきたとき、新鮮に思えないんです。昔の流行の一部が今風になっているだけだなって、すぐに分かっちゃう。 デザインのクリエーション(創造)って、自分自身が飽きないようにすることが大事なんです。なので、普段から意識して自分の好奇心をかき立てるように行動しています。◆流行を取り込む
その一つとして習慣になっているのが、街を歩くことです。子どものころから歩くのが好きで、10年前までは1日40キロくらい歩くことも普通にありました。今はさすがに、その3分の1くらいに減っていますが、いつも仕事が終わったらすぐ歩きに行きたいと思います。 街では、できるだけ違う道を歩くようにしています。新しい店ができているのを見るだけでも面白い。すれ違う人がどんな服を着ているかも、無意識にチェックしますね。余計なお世話なんですが「こうしたらもっとかっこよくなれるのにな」と瞬間的に考えたりしながら。世の中の流行が、自然と体の中に取り込まれていきます。 今も、生きることは本当に楽しいです。「楽しむこと」を意識するだけで、誰でも簡単にそうなれますよ。今の僕の希望は、首都高速道路の工事で日本橋川がむき出しになった景色を見ること。完工は15年後くらいでしたでしょうか。そのときは歩いて見に行ってみたいですね。<きくち・たけお> 1939年、東京・千代田区生まれ。文化学院美術科、原信子アカデミーを卒業し、64年から注文服の制作を始める。海外生活を経て70年に友人と衣料品会社「ビギ」を設立。84年にワールドに移籍し「タケオキクチ」を立ち上げた。男性向けファッションブランドとして幅広い支持を集め、2016年からはギタリスト布袋寅泰さんのツアー衣装も手がける。
鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。