JR鶴見駅のホームに入る水素ハイブリッド電車「HYBARI」(2月28日午後)=共同

温暖化ガスの排出削減が叫ばれるなか、鉄道業界でも環境対策が次々に実施に移されている。鉄道車両の大多数は二酸化炭素(CO2)を直接排出しない電車だが、それに飽き足らず東急電鉄や宇都宮ライトレール、西武鉄道などのように電車を動かすための電力を再生可能エネルギー由来に切り替える動きが目立つ。

カーボンニュートラル目指す

架線のない非電化区間などを走るディーゼルカーはCO2を直接排出しているので、蓄電池式の電車への置き換えが一部で進んでいる。蓄電池式の電車なら2050年を目標とするカーボンニュートラル(温暖化ガスの実質排出ゼロ)に万全で臨めると言いたいところだが、1回の充電で走行可能な距離が短い点が泣き所だ。

JR東日本の蓄電池式の電車、EV-E301系は宇都宮―烏山間32.1キロメートルで用いられている。ディーゼルカーであれば朝に軽油を給油しておけば1日中走行できるが、EV-E301系は蓄電池の容量の関係で、架線のある宇都宮―宝積寺間を走っているときや、終点の烏山駅に着くたびに充電が必要だ。蓄電池式の電車の普及には、1回の充電で何百キロメートルも走行可能な大容量の蓄電池の開発が鍵を握る。

だが、それを待っていては2050年に間に合わないかもしれない。そこで鉄道業界が目を付けたのは水素だ。

JR東がテスト走行

JR東日本は水素ハイブリッド電車のFV-E991系、通称HYBARI(ひばり、HYdrogen-HYBrid Advanced Rail vehicle for Innovation)を製造し、2022年3月から同社の南武線や鶴見線でテスト走行を実施している。

出発を待つJR東日本の水素ハイブリッド電車「HYBARI」。2両編成で、写真の先頭車が水素タンクや燃料電池を搭載した2号車(鶴見駅で2024年2月28日に筆者撮影)

HYBARIは水素と酸素とを化学反応させて電力を生み出す燃料電池を搭載した電車だ。燃料電池に加えて蓄電池も搭載しており、燃料電池と蓄電池との双方または蓄電池だけを用いて、走行用の電力や空調や照明などの電力をまかなう。

試験走行用に設置された、エネルギーフローを表示するモニター装置。停車中のため電力は車内の空調や照明だけで使用しており、これらの電力はバッテリーから供給されていることが表示されている(2024年2月28日に筆者撮影)

蓄電池を搭載する理由は、モーターを発電機として使用し、その際に車軸に生じる抵抗で車両を停止させる「電力回生ブレーキ」を活用したいからだ。一般の電車では電力回生ブレーキで生み出された電力は架線へと戻されて有効活用されるが、架線のない路線を走ることを想定したHYBARIでは、そのままでは電力回生ブレーキで発電された電力が無駄になる。そこで蓄電池に蓄えることにしたのだ。

HYBARIは2両編成を組む。1号車は蓄電池やモーター、モーターを制御する電力変換装置など、一般的な電車に準じた機器を搭載。2号車は屋根上に水素貯蔵ユニットを4ユニット(1ユニットは水素タンク5本)搭載する。水素は管を通じて床下の燃料電池装置に送られ、ここで空気中の酸素と化学反応させて電力を生み出す。

水素ハイブリッド電車の中核とも言える燃料電池装置は、HYBARIの2号車の床下に2組に分けて搭載されている(2024年2月28日に筆者撮影)

2024年2月28日、JR東日本が鶴見線で実施したHYBARIの走行試験報道公開に筆者も参加した。走行試験でHYBARIは鶴見駅と扇町駅との間の7.0キロメートルを往復。乗車したときの印象、たとえば聞こえてくる音や乗り心地は一般の電車とほぼ同じと感じた。

燃料電池で生み出された電力はほぼ平たんな鶴見線を走る限りでは十分で、パワー不足は感じられない。1号車には1基につき95キロワットのモーターを4基搭載しており、一般的な電車と同じ仕様となっている。モーターなしの2号車を連結していても問題はなく、もう1両動力なしの車両を連結しても大丈夫そうだ。当日の車内は暖房が効いており、走行用に加えて相当な電力を消費する状況ではあったが、電力不足で加速が鈍いといったこともなかった。

水素の補給など課題も

課題は水素をどう補給するかだ。HYBARIの航続距離は水素を車載のタンクに詰めたときの圧力が高いほど長くなる。70メガパスカルの高圧では約140キロメートル、その半分の35メガパスカルでは約70キロメートルだという。

HYBARIの2号車の屋根上に設置された水素タンクの貯蔵ユニット。中には水素タンクが5本収納されており、4カ所の貯蔵ユニットで合わせて20本の水素タンクが搭載されている(2024年2月28日に筆者撮影)

圧力が低ければタンクへの充塡時間は短くできるとJR東日本は説明するが、終着駅で折り返す合間に済ませられるほどではないらしい。水素を貯蔵する水素ステーションは小ぶりな事務所ほどの広さが必要で、ホームやその近辺に設置できるような駅はそうはないから、HYBARIを車庫などに戻してから水素を詰める必要がある。

もう一つの課題は、夏季の冷却だ。水素が発電する際には熱を放出する。HYBARIの燃料電池装置は水冷式だが、高い出力が必要となる山岳路線では冷却が間に合わなくなるかもしれない。山岳路線にはトンネルが多く、熱がこもりやすいので燃料電池装置にはいっそう過酷な環境となる。その場合は送風機による強制空冷式でとなるが、消費電力が増えるのが玉にきずだ。

ともあれ、HYBARIのテストが順調に進めば、JR東日本は2030(令和12)年にも水素ハイブリッド電車の営業を開始したいという。

水素エンジン方式の研究も

水素で走行する車両の開発はJR東海も進めている。こちらはまだ車両は製造されず、研究の段階だ。同社の小牧研究施設(愛知県小牧市)内に設けられた燃料電池で電力を生み出し、少々離れた場所にある車両走行試験装置に据え付けられた台車の車輪を駆動する。注目されるのは、JR東海が燃料電池とは異なる仕組みの水素の車両の研究も進めている点だ。

JR東海が開発した燃料電池とラジエーター(冷却装置)。小牧研究施設に据え置かれているものの、車両に搭載可能なサイズにまとめられている(2023年12月18日に筆者撮影)

その仕組みとは、水素を燃料とするエンジンを駆動させて発電機を動かし、ここで生み出された電力で車両を走らせようという水素エンジン方式である。燃料電池は高効率で静かという特長があるものの、JR東海が使用を想定している高山線のような山岳路線ではもう少し出力がほしい。JR東海によると、1両当たり300キロワット以上の出力が望ましいという。

HYBARIの1号車の出力は380キロワットながら、モーターのない2号車とセットでないと走れない。したがって、JR東海が必要な車両はHYBARIの1.6倍以上の出力を備えている必要がある。そこで、小型ながら高出力という特長をもつ水素エンジン方式が候補となったという次第だ。

JR東海の小牧研究施設では、燃料電池で生み出された電力をもとに車両走行試験装置に設置された台車の車輪を駆動するテストを繰り返している。台車の上に載せられているのは模擬車体(2023年12月18日に筆者撮影)

とはいえ、この方式にも課題は多い。JR東海は水素で走る車両に約400キロメートルの航続距離を求めている。同社の研究では、今のところ航続距離は140キロメートルが限界で、必要な距離との差は大きい。山間部の高山線に設置した水素ステーションにどのようにして水素を供給するかも課題だ。

さまざまな課題はあるものの、ディーゼルカーにいつまでも頼ることはできない。鉄道関係者が残された難題に立ち向かい、ディーゼルカー以上に性能が向上した、カーボンニュートラルを実現する車両が登場することを願う。

梅原淳(うめはら・じゅん)
1965年(昭和40年)生まれ。大学卒業後、三井銀行(現三井住友銀行)に入行、交友社月刊「鉄道ファン」編集部などを経て2000年に鉄道ジャーナリストとして活動を開始する。「JR貨物の魅力を探る本」(河出書房新社)、「新幹線を運行する技術」(SBクリエイティブ)、「JRは生き残れるのか」(洋泉社)など著書多数。雑誌やWeb媒体への寄稿、テレビ・ラジオ・新聞等で解説する。NHKラジオ第1「子ども科学電話相談」では鉄道部門の回答者も務める。

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