◆ピンチをチャンスに
1度の田植えで稲刈りが2回できる-。浜松市中央区の農園「じゅんちゃんファーム」で4月末、新たなコメ作りが幕を開けた。「再生二期作」と呼ばれ、最初の稲刈りの後、残った株に再び稲を実らせて収穫する手法だ。作り手の宮本純さん(48)は、青々と育つ早苗を見つめ、力を込めた。「今年は地球温暖化をチャンスに変える」農研機構の中野洋さん(右)と再生二期作に取り組む宮本純さん=浜松市中央区で
きっかけは、昨夏の酷暑。コメの出来栄えに最も影響したとみられる8月の同市の1日の平均気温は28・6度と、平年値の27・8度(1991~2020年の平均)を1度近く上回り、最高気温が36度に達した日もあった。特に作付面積の約6割を占めたコシヒカリは、粒が白濁したりひび割れたりして商品価値が下がり、売り上げは前年比3割減と過去最低になった。 「赤字が続けば翌年の肥料代などが賄えず、コメが作り続けられなくなる」と宮本さん。その秋、打開策を見いだそうと情報を集める中で目に留まったのが、農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)が公表した再生二期作の試験結果だった。 稲には本来、刈り取り後の株から再び芽を伸ばす力がある。穂を実らせることができれば収穫できる=イメージ図。ただ、田植えから2度目の稲刈りまで、1日平均でおおよそ15度以上の気温が続くことが条件になる。近年はコメの過剰供給を防ぐ生産調整が続いたこともあり、この農法を実用化する動きはほとんどなかった。 技術開発を加速させる契機は、やはり地球温暖化だ。農研機構で20年ほど前から再生二期作の研究に取り組む主席研究員の中野洋さん(50)は「春や秋の気温が上昇し、稲を生育できる期間が長くなっているため、国内でも栽培の条件が整ってきた」と話す。◆植え直しの手間なし
同機構は21~22年の2年間、福岡県筑後市の試験田で、暑さに強いコメ「にじのきらめき」を用いた再生二期作を実施。1作目と2作目の収量は、2年間の平均で10アール当たり計944キロ。特に21年は1016キロとなり、同県の平均的な収量の2倍を超えた。 いずれも4月に田植えをした後、8月の最初の収穫で稲を地表から40センチの高さで刈り取り、同じ株から伸びた稲を10月にもう一度収穫した際の収量の合計。コシヒカリ並みの食味を2回とも確保できたという。稲を地表から約40センチの高さで刈り取った後の株(手前)=農研機構提供
夏の暑さに強い品種開発が各地で進む一方、中野さんは「高温に耐えるだけでなく、今後は温暖化を利用する技術も必要。現在は関東以西の温暖な地域を想定するが、温暖化が進めば適地はさらに広がる」と話す。 再生二期作は、従来の二期作のように苗を植え直す手間がないため、収量当たりの生産コストを下げられる利点もある。同じ面積でこれまで以上の収量を確保できれば、生産者の所得アップにつなげられる。 供給先として宮本さんが考えるのが、地域の学校給食や社員食堂などを担う事業者だ。「物価高騰でやりくりに困っていると聞く。地元で作った安全なコメを少しでも安価で届けたい」と見据える。 周辺農家の高齢化で、宮本さんの元には「田んぼを引き継いでほしい」との相談が相次ぐ。今年は約25ヘクタールに広がり、基本は父(76)と2人で管理する。気候の大きな変化というピンチをチャンスに変え、担い手の減少にも対応しつつ、コメ作りを未来につなぐ-。「みんながハッピーになる形を模索したい」と宮本さん。今回のチャレンジは、その第一歩でもある。 (川合道子) ◇ ◇ 各地で田植えやその準備が進んでいる。その一方、地球温暖化や担い手不足、消費量の減少といった課題も顕在化する。産地をどう維持し、未来へつなぐのか。新たな取り組みに動き出した人々を訪ね、日本の食卓に欠かせない「コメ」の今を探った。◆高温耐性品種 作付面積 各地で拡大
各地で今年、高温耐性品種の作付面積を広げる動きが出ている。 富山県では、甘みの濃い「富富富(ふふふ)」の作付面積を、23年比で約860ヘクタール増の約2500ヘクタールに広げる計画。暑さに強いこの品種の1等米の比率が93.1%(同年12月末の速報値)と高かった一方、コシヒカリは48.0%に落ち込んだことも影響した。県農産食品課の担当者は「品質が落ちると、販売単価も下がり生産者の収入の減につながる。リスク分散のため富富富に切り替える農家が目立った」と説明する。 コシヒカリの1等米比率が5.0%(同)と過去最低水準だった新潟県も、同様だ。大粒でこくと甘みのある高温耐性品種「新之助」の作付面積が約800ヘクタール増の約5300ヘクタールとなる見込み。1等米比率は94.7%だったといい、県農産園芸課の担当者は「作付けを広げたり、新たに作り始めたりする農家がいる」と語る。 一方、粒感と粘りのバランスが良い「いちほまれ」の産地、福井県は冷静だ。こちらも高温耐性がある品種で、今年は作付面積を前年比300ヘクタール増の1900ヘクタールに。ただ、県福井米戦略課の担当者は「作付面積の拡大は従来の計画通り。暑さ対策で変更したわけではない」と話す。 (古根村進然)
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