自動運転トラクターを操る今尾京子さん=岐阜県瑞穂市で

 春の日差しが降り注ぐ中で、軽やかに響くエンジン音。岐阜県瑞穂市で4月中旬、無人トラクターが田を耕していく。近くで見つめる今尾京子さん(51)は「農作業の経験のない私がコメ作りに加われるのは農機のスマート化のおかげ」。手にしたテレビのリモコンほどの大きさのコントローラーで農機を操る。

◆作業効率1・4倍

 今尾さんが理事を務める農事組合法人「巣南営農組合」は200ヘクタールほどの農地でコメや小麦、大豆を生産する。稲作に携わるのは15人で平均年齢は約65歳。今尾さんを含む未経験の女性2人は5年ほど前、大型特殊免許を取得した。当初は苦労したが、今では自分自身で農耕車を操縦する傍ら、自動運転トラクターなども活用。労働時間の短縮などの効果で、作業効率は従来の1・4倍まで高まった。  ロボット技術やIoT(モノのインターネット)、人工知能(AI)などを駆使し、省力化や効率化を図る「スマート農業」。国は普及に努め、2019~23年度に全国217の地域で実証プロジェクトを実施している。  背景には農業の担い手不足がある。農業を主な生業とする「基幹的農業従事者」は20年に136万3千人と、5年前から2割以上減少。65歳以上が全体の7割を占め、高齢化も進む。  同組合もこのプロジェクトに選ばれ、農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)から約3500万円分の自動運転トラクターや農薬散布用のドローンの貸与を受けている。

◆栽培管理 的確に

栽培管理支援ツールについて説明する愛知県農業総合試験場の森崎耕平さん=同県長久手市で

 隣の愛知県では、県やJAあいち経済連などが共同して除草や収穫時期を予測するインターネット上の「栽培管理支援ツール」を独自で運用している。コメの品種や播種(はしゅ)の日などを端末の画面に入力すると、害虫のカメムシの防除や追肥すべき時期を教えてくれる仕組みだ。人工衛星からの画像などで各地の生育状況も判別できる。  ツールは、民間の技術も活用して19年に開発。収穫するべき日などの情報は、現場の普及指導員らを通じて各農家へ伝えられる。県農業総合試験場主任研究員の森崎耕平さん(47)は「各時期の誤差は1、2日。1キロ四方の気温を基に毎日情報が更新され、最新予測が確認できる」と強調する。  同県犬山市の農家寺沢直也さん(39)は現在、同市内外の計36ヘクタールの田でコシヒカリなどを栽培する。かつては稲を観察するなどして農薬散布の時期を決めていたといい、「経験や勘頼りではなく正確なタイミングが分かる利点は大きい」と強調。「生育状況も把握でき、適切な量の肥料を適期にまけるようになる。経費削減にもつながる」と語る。  コメの生産力を維持するために大きな助けになる技術。スマート農業に詳しい日本総合研究所(東京)創発戦略センターの三輪泰史部長は「コメの自給率は現状ほぼ100%だが、今後も維持するには、これらの技術は欠かせない」と言い切る。  ただ、その普及へのハードルは低くないのが現状だとも。「遠隔操作で走らせるトラクターや田植え機といったスマート農機は通常の農機と比べて数百万円高い。また、新しい技術に苦手意識を持つ高齢の担い手に代わってデータ分析やドローン散布などの作業を受託するサービスも限定的だ」と、三輪さんは指摘する。農機のコスト削減や普及に向けたサービスの拡充など取り組むべき課題は多い。 (古根村進然、藤原啓嗣)

◆和食ブームが追い風 輸出 増加

 おにぎりなど和食ブームを追い風に、コメの輸出量は増加を続けている。人口減少で国内市場が縮小する中で、新たな販路として海外が注目されている。  財務省の統計では、2023年の商業用のコメの輸出量は3万7186トンで、4年前の倍以上になった=グラフ。輸出先は香港が1万1千トンと最多で、順に米国、シンガポール、台湾が続く。  長野県産のコメの輸出を手がける風土Link(同県東御市)は10年以上前に、シンガポールへの輸出に挑戦した。当時は生産調整のためにコメからの転作を促す「減反政策」が進められていた。それでも社長の笹平達也さん(48)は「生産者として一生懸命作ったコメを食べてほしかった」と振り返る。  全国的な食関連のイベントで情報を集め、大手卸売会社と協力。笹平さんら県内の生産者3人で6.5トンを輸出した。その後、シンガポールの百貨店で販売促進会を開くと、数日で3トンを売り切った。  これを契機に輸出事業を加速。海外での安定供給を実現するため、同県内の生産者に声をかけ、13年度は60トンを輸出。本年度は75人で954トンを輸出する計画だ。海外でのコメ価格は国内に比べ安いため、日本政府や県の補助金を活用し、差額を生産者に還元しているという。  今年1月には台湾で県産米の販売促進会を開催した。笹平さんは「コメを輸出していることが知られておらず、なかなか商品が集まらないのが現状。海外が有効な販売先だと広く知ってもらいたい」と話す。


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