「お金」をテーマとしたベストセラー小説の著者が、お金について語り合いました(撮影:尾形文繁)折しも「お金」をテーマとした「小説」が並んでヒットしている。『三千円の使いかた』『きみのお金は誰のため』――何かと経済的な不安がつきまとう現代日本で、これらの物語が問いかけるものとは。著者の原田ひ香氏と田内学氏が、作品に込めた意図を語り合う。※本記事は東洋経済オンラインと婦人公論.jpの共同企画の前編です。後編は記事末のリンクから、婦人公論.jpでお読みいただけます。

原田「『家計の物語』を書きたかった」

田内学(以下、田内):『三千円の使いかた』という書名が、すごく秀逸だな、と。確かに3000円の使い方で人生って変わってきますよね。そして中身を読んだら、まさにそういう「身近なお金」の話が描かれていました。

原田ひ香(以下、原田):ありがとうございます。

田内:この本には4人の女性を軸に、登場人物たちのお金との向き合い方が細やかに描かれていますよね。「お金」の本って、ビジネス書でもすごく売れているものがありますが、基本的に「お金はあればあるほどいい」というところからスタートしている。「お金の使い方」を説く場合も「どれだけうまく切り詰めるか」という話に終始しています。

でも『三千円の使いかた』では単なる節約ではなく、何のため、誰のため、何をするため――など個々の生き方や暮らし方の視点から描かれているのが素晴らしいと思いました。「お金の増やし方」ばかり考える世の中になっていますけど、本当は「どう使うのか」のほうが、よほど大事ですから。

原田:文芸書にも「お金」をテーマにしたものはありますけど、たいていは「男性作家が書いた経済小説」だったんですね。銀行とかマネーロンダリングとか……。

田内:ハゲタカファンドが出てきたり。

原田:もちろん、そういうのも面白いんですけど、もっと細々した100円、1000円レベルの「家計」の話を描いたものはあまりなかったんです。私自身、もともと雑誌の節約テーマ号を読むのが好きだったり、いろんなマネ活に興味があるので、そういうところを小説にできないかなと思ったのが始まりでした。

田内:それにしても、お金まわりのことをよくご存じですよね。登場人物の1人・真帆がクレジットカードのポイ活をやっていたり、真帆の祖母が銀行の金利キャンペーンを賢く活用していたり。原田さんご自身、証券会社で働いていたとか金融系のご経験があるわけではないですよね?

女子大で習った「1年で100万円貯める方法」

原田:ぜんぜんないですね。20代のころは丸の内で秘書をしていました。当時は貯金をしていたんですけど、その元になったのが、まさに本にも出てくる「1カ月に8万円ずつ貯める」っていう話なんです。

田内:「8×12」の話! あれは実話だったんですか。

『三千円の使いかた』(中央公論新社)。書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします

原田:はい。女子大生時代に大学の先生に教えてもらいました。「1カ月に8万円ずつ貯める。年2回のボーナスは2万円ずつだけ貯金に回して、あとは全部使っていい。すると12カ月で100万円になります」と。

実はこの先があって、「将来、結婚するとき、この貯金のことを相手に話してはいけない」という話だったんです。

田内:ほう、その真意は?

原田:ひょっとしたら結婚相手がとんでもない暴力男だったり、実はすごい借金があったりするかもしれない。そうなったときに数百万円の貯金があれば、子どもがいたとしても、その手を引いて家を出られるでしょう、と。もう30年くらい前の女子大での話ですけど。

田内:すごい話ですね。この貯金術、原田さんは実際に実践されたんですか?

原田:はい、社会人1年目に100万円を貯めました。すでに銀行の金利が下がっていたので、もう少し効率的に増やしたいなと思って、当時、利回りが一番よくて安全だったMMFに預けてみました。

だから金融系の勤務経験があるとか、バリバリ自分で勉強して投資してきたとかではないんですけど、20代のころから何となく投資していて多少は知っているかな、くらいの感じですね。

田内:『きみのお金は誰のため』には、主人公・優斗と一緒にボスに教わる金融会社勤務の女性・七海が出てくるんですけど、実は最初、七海を主人公にしようと思っていたんです。

でも『三千円の使いかた』を読み返して、それは無理だと思い直しました。ここまで細やかに女性の心情を描くことは僕にはできないな、と。男性として、夫の立場からこの本を読んで勉強しようと思いましたね。奥さんはこういうふうに考えるんだ、とか……。いろいろと学べるところ、共感できるところがありました。

田内「『お金』の本当の意味を伝えたかった」

原田:私も『きみのお金は誰のため』、すごくおもしろく読ませていただきました。前半は、田内さんの投影であるボスの教えを、自分にも照らし合わせながら時間をかけて読みました。後半に入ると畳み掛けるように小説の要素が強くなっていって、一気に読んでしまいました。

田内:ありがとうございます。

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原田:私はお金とは「労働と労働を交換するときの単位として、今のところもっとも優れたもの」と考えています。

たとえば植木屋さんに庭木を手入れしてもらうとする。そこで私が本の原稿を持って行って、「これでお願いします」って言っても植木屋さんは困ってしまいます。でも同じ原稿を出版社に持っていけば、それを本にして売ってもらえて、出版社にも私にもお金が入る。そのお金があれば、植木屋さんに庭木の手入れもしてもらえます。

こうして、自分にはできないことをやってもらえる感謝をお金で示せるし、そのお金が入った植木屋さんもありがたいと思ってくれる。こういう循環で世の中は成り立っているという捉え方が、すごくいいなと思ったんです。

田内:お金の使い方やお金の意味について、原田さんがおっしゃったようなことを、皮膚感覚として直感的に理解している人は実は多いんじゃないかと思います。ところが、そこに僕がもともといたような金融の世界の人たちが出てくると、そういう皮膚感覚や直感が否定されて、「経済とは」「金融とは」みたいな大上段に構えた話になってしまう。

するとそちらのほうが偉そうだし、大事に聞こえてしまいそうなんだけど、違う。お金は人と人の間を移動しているだけであって、その移動によって、どう幸せになるかを考えることが、本来、大切なんだ――ということを「お金の専門家」として証明したくて、僕はこの本を書きました。小説の形を取ったのも、それが一番伝わりやすいと思ったからなんです。

対談は終始、和やかな雰囲気で行われた(撮影:尾形文繁)

原田:田内さんにぜひ伺いたことがあります。ありがたいことに『三千円の使いかた』をたくさんの人に読んでもらって、学校の先生からインタビューを受けたり、生徒さんの前でお話ししたりする機会が増えました。

お金の専門家ではないなりにお応えしてきたつもりなんですけど、ある学校のインタビューで、最後の最後に「お金って大切なの? と子どもに聞かれたら、どう答えるんですか?」と質問されたんですね。ちょっと否定的なニュアンスもあったものだから、つい「大切に決まってるじゃないですか!」と食い気味に答えてしまったんです。

もっとちゃんと考えて丁寧に答えるべきところ、そこで時間切れになってしまったのが心残りで……。田内さんも、あちこち講演などに呼ばれていると思いますけど、どんなことをお話しされていますか?

きれいごとでなく、最後は「愛」である

田内:1つ記憶に残っているのは、「お金、仲間、愛、どれが一番大事?」という話をしたことですね。

中学校と高校で同じ話をしたんですけど、どちらとも最初に、この問いを生徒たちに投げかけてみたんです。そうしたら中学生は「お金」が4割、「仲間」が4割、「愛」が2割。高校生は「お金」が5割、「仲間」が3割、「愛」が2割でした。

原田:おもしろいですね。そこからどう話を展開されたのか、気になります。

田内:基本的には『きみのお金は誰のため』に書いたことと同じなんですど……、

◆お金でいろいろなものが手に入っているように感じているかもしれないけど、本当は、そのお金の向こう側には人がいて、その人たちが頭や手を自分のために働かせてくれるから、自分は望むものを手に入れられる。◆昔はお金というものがなくて、家族や仲間の中で助け合っていた。それだとできることに限りがあるが、お金という道具が登場してからは、知らない人にも助けてもらえるようになった。こうしてお金を介在させた助け合いができるようになったことで、人間の社会は拡大した。◆お金というものができたおかげで、僕たちは知らない人にも助けてもらって生きられるようになった。でも元をたどれば、家族や仲間が助け合いの原点。知らない人に助けてもらうときに必要なお金はもちろん大切だけど、やっぱり、根本にある家族の愛、仲間の絆が一番大切。そこをおろそかにして、お金のことばっかり考えてはいけない。

――という社会の構造の話をしました。

だから、知らない人に助けてもらうためには「お金が大切」。原田さんのおっしゃったことはその通りなんです。

だけど、それは家族や仲間での助け合いを補うもの。お金ばかりを追い求めて、家族や仲間を失う人の話をよく聞きますが、それでは本末転倒だと僕は思います。

経済というと「お金のためのお金の話」になりがちですが、経済とは、もともと人と人との助け合いが根っこにあるもの。本当は「人のためのお金の話」をしなくちゃいけないんです。

原田:知らない人に助けてもらう、そのための道具がお金なんですね。『きみのお金は誰のため』も、お金の話なんだけど、終盤では愛の物語になっていって、なんだかすごくホッとしました。

田内:この本の主人公が住んでいる地域では、住んでいる人たちの交流や支え合いが成立しています。できるだけ商店街で買って、時には少しまけてもらったりと損得勘定だけじゃない関係性がある。

それが都会では、損得勘定ばかりの人間関係になりがちです。すると相手の立場で考えることもできなくなっていく。そのなかでも唯一、相手を思って行動することができるのは、「愛」を感じる相手がいるときです。そんな思いも込めて、最後は「愛」なんだ、という物語にしました。

お互いの本の感想を語り合った田内氏(左)と原田氏(右)(撮影:尾形文繁)

後編の対談記事はこちらから(後編は婦人公論.jpに掲載)
【後編】お金の意味とは?マネー小説のベストセラー作家2人が語る「いくらお金を積んでも、やってくれる人がいなかったら叶わない」

(構成:福島結実子)

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