会社で「つながり」のある人のほうが生産性が高い
――孤独が社会に与える影響について、どのような事例があるのでしょうか。
アメリカの調査会社ギャラップが世界中の労働者を対象に調査を行っていて、少なくとも1500万人の労働者を対象にした調査があります。
あらゆる年齢層、文化、男性、女性、すべてを対象とした調査で、「職場に友人はいるか」つまり、職場に個人的なことを相談できる人がいるか、と聞いたところ、「友人がいる」と答えた人は全体のわずか30%でした。言い換えれば、7割の人は職場に自分の人生について話せる人がいないのです。
しかし、職場に友人がいる30%の労働者は、上司や同僚から評価されると、仕事のクオリティがあがり、職場でよりハッピーになります。仕事場でのケガも減るし、その会社を辞める可能性も低くなります。
――つまり、生産性が上がる、ということでしょうか。
そう言えます。もう1つは、職場に友人がいない人に「仕事にどの程度従事していると感じますか?」と聞くと、12人に1人しか 「仕事に従事している」と回答しませんでした。残りの11人は、「自分の仕事にはあまり関心がない」と答えているのです。
企業のリーダーの多くは職場での社交的な人間関係は生産性を妨げると考えていますが、実はまったく逆なのです。職場に友人がいたり、きちんとした交友関係があると人々はより生産的になるのです。
ロバート・ウォールディンガー教授は、「アメリカでは何が真実なのかを理解できない人が出てきている」と語った(撮影:ヒダキトモコ)――孤独が社会に与える影響はほかにありますか。
孤独によって人は予防可能な病気になりやすく、早死にしやすいことがわかっています。脳の疾患も起こしやすい。こうした身体的な影響に加えて、社会的という面では、アメリカでは二極化が非常に深刻な状況にあります。
人々はSNSに流れてきたものしか見ず、何が真実で何が現実なのかが、今のアメリカでは人によって違うものになっています。例えば、アメリカにはジョー・バイデンが合法的にアメリカの大統領ではない、と考えている人が何百万人もいます。
考えの違う人たちがお互いに話をするのが望ましいのに、状況は悪化するばかりです。社会的孤立はこうした状況に拍車をかけると考えられます。
孤独はあらゆるレベルでの対策が必要
――イギリスには孤独死担当相がいて、日本でもこの4月から孤独・孤立対策推進法が施行されました。孤独はもはや政府が手をつけないといけない問題なのでしょうか。
個人、家族、そして地域社会、あらゆるレベルで対処する必要があるものと言えます。私たちが1つ知っているのは、物理的な環境を変えると、人々が互いに交ざり合い、語り合い、友人を作る可能性を高められるということです。
例えば企業では、経営陣が、社員などが友人を作れるような環境を整え、文化を変える努力をしなければいけません。同じように、政府は都市や町に、人々が楽しく安全に集えるスペースを作る、といったことができるのではないでしょうか。
――アメリカの連邦政府や州政府、市政府は孤独対策をしているのですか。
アメリカには公衆衛生局長官という役職があり、現在はヴィヴェック・マーシーが務めていますが、在任中に国民の健康のため1つ重要テーマを選びます。マーシーは孤独と社会的孤立を選びました。そして、彼は昨年、非常に優れた報告書を発表しました。
題して『Our Epidemic of Loneliness and Isolation(孤独と孤立の蔓延)』。彼はまず孤独の問題に目を向け、次にその解決策を提案しています。
――こうして孤独について取り上げると、Xやネット上で大きな議論が巻き起こります。人といることが苦手だったり、1人でいるほうが落ち着くという人もいて、「孤独=悪」という考えを押し付けられることに抵抗があり、それも理解ができます。
生物学的には人はそれぞれ違った気質を持って生まれてきます。内向的な人もいれば、外向的な人もいる。内向的な人は人生に必要な人数が少ない。そして実際、多くの人が周りにいることは非常にストレスになるのです。
一方、外向的な人は多くの人を必要とします。彼らは人からエネルギーを得るのです。どちらかが健全ということはありません。ただ私たちが知っているのは、誰もが少なくとも1人か2人の信頼できる人を必要としているということです。どんなに内向的であっても、です。
内向的な人に悪いところは何1つない
――誰もが家族や友人、職場の仲間をたくさん作って、仲良くしなければいけないということではないのですね。
内向的な人は、自分には何か悪いところがあると思い込むことがありますが、そんなことはありません。彼らに悪いところは何1つないのです。
友達が少ないから不幸になるのではないか、不健康になるのではないか、と心配しているのならばそんなことはまったくありません。ほとんどの内向的な人たちは今のままでとても幸せなのです。
――そうは言っても、過去の経験やトラウマから人と親密な関係を築くことを恐れている人は少なくないと思います。まず一歩踏み出すにはどうしたら?
まず、初対面の人に声をかけること。初対面の人と話すことへの恐れを克服するには、「ちょっとした勇気」が必要だということを知ることでしょう。
この経験は誰にとっても必要なことですが、特に過去の経験に基づいて怖がる理由がある人には必要です。そして大事なのは、これが毎回うまくいくとは思わないことです。
言わば野球で打席に立つようなものです。毎回、ボールを打ち返せるとは限らないように、初対面の人から毎回ポジティブな反応が返ってくるとも限りません。しかし、何度かは好意的な反応が返ってきます。
友人を作る最も簡単な方法は、自分が楽しいと思うこと、あるいは、自分が気にかけていることをほかの人と一緒にやることです。
気候変動防止のためのボランティアでもいいですし、サッカーでもいい。何度も何度も同じグループの人たちと会うことで、会話を始められる可能性が高くなることはわかっています。全員とは友人になれないけれど、何人かとは友情が生まれるかもしれません。
「1人ディズニー」「1人焼肉」は問題か
――日本は「おひとりさま天国」と言われていて、1人でご飯を食べたり、ディズニーランドに行ったり、旅行に行ったりすることは珍しくなく、これ自体が非常に大きな市場です。幸福学の観点からすると、これは懸念すべき状況なのでしょうか……。
『グッド・ライフ 幸せになるのに、遅すぎることはない 』(辰巳出版)書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします。アメリカと日本の文化は異なるため、正直わかりません。
おそらく1人でディズニーランドに行く人たちは、日々ほかの人々とつながりを感じているかもしれません。1人でディズニーランドに行くけれども、普段は友達、あるいや姉妹とつながっていて、それがあるから大丈夫、ということかもしれない。
ただ、一方で誰ともつながらないことを美化する風潮はよくありません。
人間は社会的な動物として進化してきたからです。人間は何百万年も前から、人とつながり、安心・安全を確保することで生き残ってきたわけですから。進化の目標が遺伝子を伝えることだとしたら、つながっている人々のほうが生き残れる可能性が高くなります。
実際、ほとんどの人にとって1人でいることはストレスがかかります。私たちの研究では、人は1人でいるときほど熟睡ができないことがわかっています。繰り返しになりますが、人とつながらないことを美化する風潮は危険です。
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