サブタイトルからもわかるとおり、『鬼時短――電通で「残業60%減、成果はアップ」を実現した8鉄則』(小柳はじめ著、東洋経済新報社)の著者は、電通に30年以上勤務してきた実績を持つ人物。その過程においては、多くの企業の「時短」に取り組んできたようだ。
『鬼時短――電通で「残業60%減、成果はアップ」を実現した8鉄則』(東洋経済新報社)。書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします最初は、4年間グループ会社に出向したとき。そこで利益率を向上させつつも、残業時間を大幅に短縮したのだそうだ。次いで電通本社帰任後に労働環境改革プロジェクトに参加した際には、2年間で残業時間が60%も減っていくさまを目のあたりにしたという。
つまりそうして得たノウハウに基づく本書は、経営陣や経営陣をサポートする方々が、真剣に「時短」を考えるきっかけとなるようにとの思いから書かれたものなのである。
4年前に独立した著者は現在、コンサルタントとして企業に「時短から始める企業改革」のアドバイスを行っているというが、特筆すべきはその手法だ。時短のコンサルというと難しそうにも思えてしまうけれども、それどころか非常にシンプルなのである。
① 時短は「社員のムダな動きをやめさせる」ことではない② 時短は「会社が社員に強いているムダをなくす」ことである
③ 時短は「会社から社員への最高のもてなし(リスペクト)」である
(「はじめに 経営者のみなさん、いまこそ『時短』すべきです」より)
このように、まったく難しそうではない。にもかかわらず、これらを貫けば劇的な「時短」が達成できるというのである。だとすればその結果、会社のあり方自体もよりよい方向へと変わっていくことだろう。
ただし、これはよくあるたぐいの「ノウハウ本」ではない。著者は本書を通じ、「ノウハウを活かす」ために必要な経営者の「覚悟」を読者とともに考えていこうとしているのだ。
ところで著者は冒頭で、経営陣がどれだけ必死に時短を呼びかけたとしても、社員がとる態度は「面従腹背」でしかないと指摘している。つまり表面的には従うように見せかけながらも、心の底では反対しているということだ。
たしかに思いつきで「改革」を口にしたがる経営陣の姿を日常的に見せつけられていたのでは、そうなってしまったとしても無理はない。しかし、だとしたら具体的にどうすればいいのだろうか? この点について、著者は興味深い主張をしている。
「これまで会社がムリに押しつけてきたムダな業務を、リストアップしてわれわれに教えてください」(120〜121ページより)トップによるこのセリフこそが、従来の業務を改めていく「時短改革」というプロジェクトの成否を左右するというのだ。
時短が必要な状況になったのはすべて、会社が無関心だったのが悪い。工場と異なりオフィスのプロセス構築を、すべて現場に丸投げしてきた経営陣の責任である。その認識に立って時短改革を進めていくという姿勢を一貫させなければいけません。(121ページより)「ムダがあるとすれば、それは会社が現場に押しつけてきたものだけである」というステートメントを揺るがすことなく、時短推進側にも徹底させることが重要だということである。
「なんの業務に何時間使っているか?」をリストアップ
現状を肯定したその先にあるべきステップは、「現状の徹底把握」という大きな一歩を踏み出すこと。「なんの業務のどの工程に、それぞれ何時間を使っていますか?」という調査を実施するわけである。なお、その際には設問の立て方が重要なポイントになるようだ。
① 「ムダな業務」をリストアップさせるのではなく、現状のすべての業務について、各業務にどれだけの時間がかかっているかだけを調査する。つまり「必要か、ムダか」という評価はいっさい入れずに、調査を進める② 業務単位ではなく、その業務を構成する「工程」単位に分解する
③ 期間は「月間」を基準とする。ただし、四半期に1回や年に1回しか行われないような業務に関しては、それぞれ別途把握する
(122〜123ページより)
上記の①については先述したので、②「業務を工程に分解する」についての説明を確認してみよう。
ここでは例として「会議用の資料作成」という業務が挙げられているのだが、この場合は「会議の資料作成(という業務)にどのくらいの時間をかけていますか」と聞くのではなく、「会議の資料作成を5工程に分けたとすると、各工程にどれほどの時間をかけていますか」と質問するべきだという。
業務は多くの場合、複数の工程から成り立っている。結果的に業務の時間を短縮したいわけだが、そのためには1つひとつの工程の所要時間を減らすしかない。
そのため、時短対象の業務を工程単位で見ることが重要なのである。
工場改革と同じ視点を持つ
かつて工場の生産管理を徹底する際には当然のことだったこの考え方が、経営者にも当てはまるということだ。すなわち、工場改革と同じ視点をもってオフィスの時短を図ろうとしている姿勢自体が、社員の納得を得るカギになるというわけである。当然ながらそれはメーカーに限らず、工場部門がない企業にもいえること。
(例)会議用の資料作成業務工程① 議題に沿って情報を収集する……2時間
工程② 資料にまとめる内容を考える……2時間
工程③ パワーポイントで20枚のプレゼン資料を作成……3時間
工程④ 管理職への事前説明とそれによる手直し……1時間
工程⑤ 会議の参加者30名分の資料を印刷しホチキスで留めて会議室の机上に配布……1時間
※以上、トータル9時間
(124ページより)
このように各工程に何時間かかっているかを、業務ごとにリストアップしてもらうのである。ただし、業務をどのような工程に分解するかを社員個々人に任せると、てんでんばらばらになって集計すらできなくなってしまう。そこで業務を次のように分類し(あくまで一例だが)、それぞれについて会社としての統一の工程一覧を提示するといいようだ。
業務a:全社で広く行われるもの。たとえば「会議の資料作成」「経費の仮払い精算申請」業務b:特定の部門内で広く行われる業務。たとえば広告制作部門における「テレビCM撮影」
業務c:部門を超えて、管理職や専門職が行う業務。たとえば「人事査定」
業務d:汎用性がない業務
(124ページより)
この業務a、b、cは会社側で一元的に工程の一覧表を作成し、それを配布して記入してもらうといいそうだ。
ただしこの工程一覧表をつくる際には、聞き取り調査を徹底する必要がある。そこで、各部門や各専門職の「主」のもとに経営者が足を運んで頭を下げたことが活きてくる。
「主」たちの全面的な協力があれば、多くの社員が納得する調査票ができあがり、記入もスムーズになる。しかも調査が会社からの押しつけではなく、その設計に「主」が参加しているとわかれば、現場の人々も調査に協力的になってくれるに違いない。
著者によれば、この調査票の作成には少なくとも2カ月ほどの時間が必要となるようだ。当然のことながら、そこは時短してはならないポイントだが、とはいえ2カ月以上かけるべきでもないという。調査票づくりに凝りすぎると、工程のレベルがどんどん細かく立っていき、調査の目的を見失ってしまうからだ。
つまりは調査する工程のレベルを細分化しすぎないことが重要で、そのためにも2カ月で終わらせるのが理想的だということである。
各業務工程を「棚卸し」する
調査票ができあがったら、次は「工程の棚卸し」、すなわち調査票への回答である。この回答作業には2営業日程度、場合によっては2週間程度の時間が必要とされるため、社員から「時短をしようと呼びかけておきながら、余計な仕事を増やすなんておかしいじゃないか」と不満や疑問が出るかもしれない。
しかし、その集計結果を目の当たりにすれば、必ず社員の意識は変わるはずだと著者は強調している。だからこそ、それを信じて回答を促すべきだろう。
著者が籍を置いていた電通では、会社が不退転の覚悟で全社員6000人以上の調査を断行したという。その過程においては不満や疑問が各部門から上がり、事務局に対してもさまざまな意見が寄せられたようだ。
だが1カ月後にどうにかほとんどすべての社員の工程の棚卸しが終わり、その結果が明らかにされると、社内の空気は大きく変わったそうだ。
自分たちが「業務」の名のもとに、知的作業のために活用していると信じてきた時間の多くが、じつはたんなる「作業」に費やされていたことがわかったからです。(128ページより)ご紹介してきたのは本書が提唱する「時短」メソッドの一部に過ぎないが、それでもこうした地道なプロセスがいかに重要かはおわかりいただけるのではないだろうか?
先に触れたように、時短をしようとなると「時短のノウハウ本」が勧めるような手段に頼ってしまいがちだ。たしかにそれらもムダではないだろうし、一時的には改善される部分もあるかもしれない。しかし、やはりそうた手段は結局のところ付け焼き刃でしかない。
しっかりと、本当の意味での時短を推進したいのであれば、本書のような視点を持って臨むことが重要なのではないだろうか?
鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。