動けない現代人のための「心の勢い」の作り方とは(写真:プラナ/PIXTA)「やらなければいけないとわかっているのに、なかなかやる気になれない――」

日常生活のなかでそんな思いを抱え、悩み続けている方は決して少なくないはずだ。ある意味でそれは昔から続く、ビジネスパーソンの悩みの定番であるともいえるかもしれない。

現代人はさらに動けなくなっている

『クヨクヨしない すぐやる人になる 「心の勢い」の作り方』(書影をクリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします。紙版はこちら、電子版はこちら。楽天サイトの紙版はこちら、電子版はこちら)

『クヨクヨしない すぐやる人になる 「心の勢い」の作り方』(川野泰周、恩田勲 著、東洋経済新報社)の著者によれば、現代人はさらに「動けなくなっている」のだという。どういうことだろうか?

……と書き始めたばかりではあるのだが、本論に進む前にまずは本書についての2つの特徴に触れておかねばならない。

1つ目は、本書の成り立ちだ。これは、禅僧である精神科医の川野泰周氏、経営コンサルタントの恩田勲氏と、それぞれまったく異なるバックグラウンドを持つ2人によって書かれているのである。

注目すべきは、何度も議論を重ねてきたという両者が、「人と会って話すことにハードルを感じる人」が増えていると指摘している点だ。

ビジネスの現場をよく知る恩田は、それを肌で感じています。例えば、新人研修の休憩中のこと。若者たちは、隣に座っている同期と親睦を深めようとせず、スマホを眺めています。グループワークを始めても、「〇〇さん、この作業をお願いします」「私は〇〇さんの意見について、こう思います」などといったやりとりができず、やむなく研修講師が介入することも、しばしばです。(「まえがき」より)クリニックに勤務する川野も患者さんの変化を実感しています。以前から対人不安(対人緊張)を抱える患者さんは少なくありませんでしたが、最近特に多く受診されるようになったと感じます。コロナ禍がある程度落ち着いたのは喜ばしいこと。しかし、リモートワークが終わり、通勤が再開したことで、人と関わるシーンが増え始めました。そこに、対人不安を有する患者さんは強いストレスを抱えているのです。(「まえがき」より)

2つ目の特徴は、こうした状態から抜け出すことを目指す本書が、「マインドフルネス」と「モメンタム」の観点から書かれているということ。

「マインドフルネス」と「モメンタム」

もはやすっかりおなじみだと思うが、マインドフルネスは、「瞑想」などを通じて「いま、この瞬間」に意識を向けようという概念。そうすることで、脳の疲れが癒やされ、心のモヤモヤやイライラが晴れるなど、心を落ち着かせることができるわけである。

川野氏と恩田氏は、そんなマインドフルネスを「人生を健やかに生きていくための、叡智のかたまり」であると考えているそうだ。

一方の「モメンタム」は、「パッとしない状態」から心を引っ張り上げ、さらに活力を与えるような心的エネルギーのことを指すという。「心を落ち着かせる」のがマインドフルネスなら、「心を勢いづかせる」のがモメンタムだということ。要するに、これらは「2つでひとつ」のものだと考えられる。

だが、なにかと有名なマインドフルネスにくらべ、モメンタムはいまひとつ認知度が低いような気がしなくもない。そこで、ここでは有名なマインドフルネスはとりあえず置いておき、モメンタムについての考え方を確認してみることにしよう。

足りないのは「やる気」より「勢い」

本来、モメンタムは物理学における運動量や推進力を示すことが多い。また投資の世界では、「モメンタムが上向きだ」「モメンタムが弱まっている」など、相場の勢いを指したりもする。あるいは日常生活において、「勢いでなにかをした」際に使われるケースもあるかもしれない。

とはいえ厄介なのは、その一方に「すぐ動けない自分」がいることも少なくないという事実である。しかもそれは「だから自分はダメなんだ」というような思いにつながりやすいため、動けない自分を認めたと同時に気分が落ち込んでしまう可能性もあるだろう。

でも、私たちはこうも思うのです。やる気があってもなお、やる気に火をつける「着火剤」を、私たちの心は必要としています。着火剤がなければ心の勢いは生まれず、電話一つかけるのだって苦労します。逆に、心に勢いがあれば、さまざまな理由で行動をためらいがちな私たちを、前へ前へとプッシュしてくれるでしょう。それは、仕事や人生を大きく好転させる力になるに違いありません。(25ページより)

ちなみにモメンタムの効果にいち早く注目したのは海外のビジネス界であり、たとえば生成AI「ChatGPT」を開発したアメリカの起業家、サム・アルトマンもそのひとり。彼は投資家として数百社ものスタートアップを目にしてきた経験に基づき、「スタートアップに最も大切なのは、モメンタムだ」と断言しているというのだ。

つまりそれは、斬新なアイデアや投資家から集めた資金よりも重要だということになる。

大企業のようにヒト・モノ・カネに恵まれていなくても、失敗するリスクがあってもなお、まず、動いてみる。動き続けるなかで少しずつ成果を得て、学び、力を蓄えながら、道なき道を開拓していく。
そんなスタートアップの精神は、モメンタムに由来する。サム・アルトマンは、そう言いたかったのではないでしょうか。(25〜26ページより)

だとすればモメンタムは、人生を切り拓く力であるともいえそうだ。

モメンタムが「やる気」に火をつける

気持ちが乗らないとか、ネガティブな思いが邪魔をするとか、集中力を維持できないとか、私たちが行動を先延ばししたくなる要因も多種多様。

そんなとき、「モチベーションが上がらない」という表現は非常に便利な逃げ道になってくれるが(というのは冗談だけれど)、それは動けない原因が自分の心のなかにあるという事実の証明にもなってしまうだろう。自分でも気づいているからこそ、「自分はやる気に欠ける」と自分の心を責めたくなってしまうのかもしれない。

でも、人間の脳の仕組みを知ると、「動けない」のは「やる気」の問題ではないことがわかります。というのも、私たちは、「やる気があるから、行動する」だけではありません。「行動するから、やる気が出る」のです。
楽しいから笑うのではなく、「笑っているうちに楽しくなる」。
走りたいから走るのではなく、「走っているうちに、もっと走りたくなる」。
これが人間の脳の仕組みです。(27ページより)

この仕組みのカギを握るのは、「幸せホルモン」として知られるドーパミンだという。脳内で生成される神経伝達物質の一種であるドーパミンは、報酬や快楽、やる気に関係する物質だが、注目すべきは「なんらかの行動に伴って分泌される」ということ。端的にいえば、じっとしているうちはドーパミンが分泌されにくく、やる気も生まれないわけだ。

そんなところからも、「やる気が出るのは、行動したあとのこと」であるということがわかる。だから、頭のなかを変えたいのであれば、行動するべきだということなのだろう。

ただし、行動といっても大層なことをしなければならないわけではなく、「ほんのちょっと」でかまわないようだ。

・「今日は大掃除をするぞ!」と思うと腰があがりませんが、「机の上だけでいい」と思えば始めやすい。「たった1分でも」と決めて動き始めるとドーパミンが分泌され、気分が乗ってきた結果、5分、10分と続けられることも少なくありません。
・「面倒な書類を作成しないといけないのに、手がつかない」ときは、あえて仕事から離れて身体を動かしましょう。体操するのも手ですが、椅子に座ったまま、呼吸に意識を向けるのも効果的です。(28ページより)

このような「ほんのちょっと」の行動が、やる気に火をつけ、心の勢いをつけるということ。その結果、「面倒な気持ちが消えて、動けた」というような実感を得ることができ、その積み重ねがモメンタムを高めてくれるわけである。

立ち上がるだけで、モメンタムは上がる

体と心は表裏一体。行動と感情は、密接に関係しています。むしろ、行動から感情が生まれるのだという考え方が、モメンタムの基本。「やる気があるから行動する」のではなく「行動するからやる気が出る」のです。同じように、「おかしいから笑う」のではなく、「笑うからおかしくなる」のです。これは脳科学でも実証済み。たとえそれがウソの笑いでも、笑っているうちに、本当におかしい気持ちになってきます。(30ページより)

だからこそ、モメンタムを発動させるためには、「なんでもよいので行動する」ことが重要なのだという。

たとえば「会社に行きたくない……」とベッドのなかで悶々とし続けたとしても、「会社に行きたい」という気持ちが芽生えるはずはない。しかし、ただ「立ち上がる」だけならできるかもしれない。それが重要で、つまり「立ち上がる」だけでも心は動き始めるというのだ。

行動科学の手法にも、これを利用したものがあります。パソコンを使わせず、参加者全員を立たせて討議をするのです。すると全員の集中度が高まり、討議が活性化。まして、うたた寝をする人などいません。(31ページより)

あらゆるシチュエーションで、「行き詰まったら動く」ことを意識してほしいと著者が主張するのは、こうした理由があるから。なお、立ち上がるだけでなく、背伸びをする、歩き回る、ラジオ体操をする、軽くジョギングするなどの行動も、モメンタムの発動に効果的だそうだ。

ヨガの秘術「火の呼吸」を行う

加えて「呼吸」も、モメンタムに影響するようだ。たとえばここでは、モメンタムを高めるために使える呼吸法のひとつとして、クンダリーニヨガに伝わる呼吸法「火の呼吸」の簡易版が紹介されている。

背筋を伸ばして、「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」と息を短く、強く吐いてください。わかりやすく「ハッハッハッ、ハッハッハッ、ハッハッハッハッハッハッハッ」と、三三七拍子にしても結構です。
火の呼吸をすると激しい運動をした後のように心拍数が上がるため、アスリートのトレーニングにも取り入れられています。(32ページより)

とはいえ、もちろんアスリートと同じことをする必要はなく、多くても5〜10回にとどめておくべき。やりすぎると酸素過多による過呼吸を起こす恐れもあるので、特に心臓の欠陥系に不安がある方は控えたほうがいいようだ。あくまで無理のない範囲で、ということ。

なぜ、呼吸がモメンタムに影響するのかというと、自律神経が関わっているからです。火の呼吸は交感神経に作用します。交感神経とは身体が活動的になるときに優位になる神経のこと。モメンタムに着火させるための呼吸ともいえます。(32ページより)

冒頭でも触れたように、著者の2人が提唱しているのは、マインドフルネスで心を落ち着かせ、モメンタムで心を勢いづけることである。自動車に当てはめて考えるなら、きちんとチューンナップしたうえでエンジンをかけ、適切な環境でぐっとアクセルを踏み込むようなイメージだろうか?

という比喩が適切であるかどうかは別としても、そもそもマインドフルネスのルーツである禅には、「心を落ち着かせる」要素だけでなく、「心を勢いづける」モメンタムの要素が多分に含まれているのだという。

だとすれば、たしかに本書で解説されている概念は「動けない自分」をなんとかするための起爆剤になってくれるかもしれない。

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