(写真:: Kazpon/PIXTA)

「高望みはしません。年収500万円くらいの普通の男でいいです」

かつて婚活女性のこんな言葉が切り取られて炎上したことがありました。その理由は、「年収500万円の男」が決して「普通ではない」からです。20〜30代の未婚男性の年収分布を2022年就業構造基本調査から見ると、年収500万円以上は12.5%に過ぎません。「普通」どころか上位1割に該当するわけです。

深刻な少子化の原因はほぼ婚姻数の減少で説明できるのですが、その婚姻数の減少に拍車をかけているのが、未婚の若者を取り巻く経済環境であり、特に、こうした男女の相手への希望条件と現実の乖離が結婚のマッチング不全を引き起こしています。

女性が求める男性の年収、実際の年収

具体的に、どれくらいの乖離があるのか見てみましょう。2019年内閣府「少子化社会対策に関する意識調査」において、20〜30代未婚男女がそれぞれ結婚相手に求める希望年収を調査しています。それと、2022年就業構造基本調査の20〜30代有業未婚男女の年収分布とを照合してみました。なお、希望年収において「年収は気にしない」と回答した分は除外して割合を出しています。

男性が求める女性の年収と実際の年収は多少の差こそあれ、ほぼ希望が実態に即していますが、女性が求める男性の年収と実際の年収とは大きく乖離していることがわかります。希望年収は400万円台が27%、続いて500万円台が22%。500万円以上を希望する割合は43%にもなります。「年収500万が普通」という感覚は、この未婚女性が希望する結婚相手の年収の世界線があるからです。

しかし、前述した通り、実際500万円以上稼ぐ未婚男性は1割程度に過ぎず、500万円以上の相手を望む未婚女性43%のうち、その目的を達成できるのは、ごくわずかです。

ちなみに、それぞれの希望年収と実際の年収の中央値を比べてみると、女性の場合は、求められる年収中央値305万円に対して実際の年収中央値290万円とその差は15万円程度と微差です。が、男性の場合は、求められる年収中央値475万円に対し実際の年収中央値317万円で、その差は158万円もあります。

これだけ乖離があるのだから婚姻数が減るのも道理です。特に、出生に直結する話でいえば、20代の婚姻数の減少が深刻です。29歳までの婚姻数(初婚+再婚)は10年間で男性で37%減、女性で39%減です。

結婚における女性の「上方婚志向」

こうした現実をふまえて「婚活女性も相手の希望年収を下げよう」という声もあがるのですが、実際当の婚活女性にしてみれば、夫となる相手の年収は、結婚後の生活のベースとなるものであり、また、結婚した後、出産・子育てステージに入った場合に、退職や休業を余儀なくされて、夫の一馬力にならざるを得ない可能性も考慮すれば、そこは譲れないポイントでしょう。

それでなくても2015年以降、「結婚と出産のインフレ」が顕著になり、「お金がなければ結婚も出産もできない」という状況に陥っているからです。(参照→日本の若者が結婚しなくなった「本当の理由」)

これを、結婚における女性の「上方婚志向」と言います。上方婚とは、女性が結婚相手に対して自分より収入が上の相手を求めるという志向です。
別に、圧倒的なお金持ちの男性を希望するという非現実的な「玉の輿」願望ではなく、結婚後の経済生活や子育て等を考えた際に、「せめて自分の年収よりも高い男性と結婚したい」というきわめて現実的な要求です。

では、実際に20代で結婚した夫婦の上方婚・同類婚・下方婚の割合はどれくらいでしょうか。

国の基幹統計では、婚姻した時点の夫婦のそれぞれの年収調査統計はありませんので、就業構造基本調査より、妻の年齢29歳以下の子の無い夫婦のみ世帯を疑似的に結婚間もない夫婦とみなしてデータを見てみましょう。

妻の年収を軸として、それより夫のほうが年収の高い「上方婚」と夫婦が同額の「同類婚」、および夫の年収が妻を下回る「下方婚」とに分けてまとめると、2022年時点で上方婚70%、同類婚20%、下方婚10%でした。

妻の年収別に上方婚の割合を見ると…

さらに詳細に、妻の年収別の割合を見ると以下の通りです。比較のために2012年と2022年で比べてみます。

まず、2012年で見ると、妻が無業および扶養内就業と思われる150万未満の場合は、当然ながら9割以上が上方婚となりますが、妻の年収があがるごとに上方婚の割合は減り、妻年収400万円台で上方婚率は29%ともっとも低くなります。しかし、妻の年収が500万よりあがればまた上方婚率もあがるというVの字型となり、妻の年収が700万円以上の場合は、上方婚率も75%に達します。

それが2022年になると、Vの字型ではなく、妻の年収があがればあがるほど上方婚率は下がる傾向になっています。これだけを見てしまうとこの10年で「上方婚」は減っているかのように錯覚してしまいますが、これは各年収単位での構成比であり、実数ではありません。

20代での結婚の年収ボリュームゾーンは300万〜400万円台です。妻年収300万円台の上方婚率は、2012年の47%から2022年は66%へと大きく増えています。また、妻400万円台においても同29%から39%へと増えています。つまり、妻の上方婚はそのボリューム層である中間層において増えていることを意味します。

これを夫の視点から見ると、結婚相手として選ばれる年収のハードルが中間層においてあがっていることになります。

キャリアを積むと相手に求める年収条件もあがる

具体的に、上方婚をした20代妻の年収別にどれくらい自分より稼いでいる夫と結婚しているのかを2022年就業構造基本調査から計算したものが以下になります。

無業の場合で470万円、扶養内150万円未満の場合で自分よりプラス364万円、もっとも低くて妻の年収400万〜500万の場合で自分よりプラス200万円となっています。そして、600万円以上稼ぐ妻の場合は夫の経済力も高くプラス360万円です。

これらのプラス額を夫の年収にあてはめると、同類婚や下方婚をあわせた全体の夫の平均年収よりすべてにおいて高い年収が求められます。上方婚の場合、300万円台の妻は550万円の年収がある夫と結婚しているのです。

こうして見ると、「年収500万円は普通」というのは、結婚できた女性にとってはその通りなのでしょう。しかし、これから結婚しようとしている未婚女性も同様にそれが可能かというとそうはなりません。

要するに、「夫500万円以上」とマッチングした女性だけが結婚できていて、婚活市場からその年収層は早々に完売してしまいます。婚活にいそしむ未婚女性は、それでも「500万円以上」を求めてさまよいますが、市場にはもう残っていない。

さらに、見合う相手がいないからと、出てくるまで待とうとしても、皮肉にも女性がキャリアを積めば積むほど自身の年収もあがります。そうなるとさらに相手に求める年収条件も自動的に上方スライドします。結局いつまでたっても条件に見合う相手は見つからない。まさに「上方婚志向の無限地獄」に陥ります。だからこそ全体の婚姻数が激減しているわけです。

20代夫婦の子無しと子有りの夫の年収構造の違いを見ると一目瞭然です。まだ子の無い夫婦の場合は、最頻値こそ10年間で300万円台から400万円台へと上昇しましたが、全体数はほぼ一緒です。しかし、子のいる夫婦で見ると、夫年収500万円以上は10年前と子のいる世帯数はまったく減っていませんが、それ以下の層、特に夫年収150〜400万円のかつてのボリュームゾーンだけが大きく減少しています。

いうなれば、夫の年収400万円未満の中間層だけが結婚できなくなっており、年収の高い層だけが結婚をして子どもを持てるようになってしまっているわけです。

問題の本質は「結婚したいのにできない」人々

繰り返しますが、「結婚したいなら相手の年収条件を下げなさい」と言ったところであまり意味はありません。結婚相談所などに入って相談しても、多分同様のことを仲人さんに言われることと思いますが、「自分より稼げない男性と無理に下方婚するくらいなら別に独身のままでいい」となるだけです。

こうしたことが結果として「金を稼げない男と金を稼ぐ女には結婚相手がいない」という現実を生み、婚姻数はますます減っていくのでしょう。

もちろん全員が結婚すべきであるというつもりも毛頭ありません。「結婚しない」という個人の選択的非婚の自由は尊重されるべきでしょう。しかし、選択的非婚が増えたとはいってもせいぜい2割程度であり、実は問題の本質は「結婚したいのにできない」という不本意未婚が男女とも4割以上存在するということのほうです。(参照→「不本意未婚」結婚したいのにできない若者の真実)

こうした若者の不本意未婚が増えていることが20代男女の中間層の婚姻約4割減と直結しているのですが、そこには「希望と現実の大きな乖離によるマッチング不全」が立ちはだかっているのです。

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