国際共同制作番組ができるまで
NHKの国際共同制作番組は、基本的にはそれぞれの制作現場が主体となっています。「これは共同制作に資する企画である」と考えた時点で、展開センターの国際・大型企画グループ内にある私たち事務局が、制作現場を支援するかたちで国際共同制作の実現に向けた道筋と方策を考えていく、という仕組みになっています。
『GALAC』2024年6月号の特集は「“共同制作”新時代」。本記事は同特集からの転載です(上の雑誌表紙画像をクリックするとブックウォーカーのページにジャンプします)国際共同制作には大きく2つの種類があり、NHK企画を海外に展開していく場合と、逆に海外の放送局や制作会社が立ち上げた企画に、NHKとして参加する場合があります。今、私たちが力を入れていきたいと思っているのは前者のほうです。その進め方としては、まず制作現場のプロデューサーやディレクターと一緒に、この企画をどのように海外の放送局や制作会社に向けてプレゼンテーションすべきかという話し合いから始まります。
海外の視聴者は、当然ながら日本の視聴者とは関心も志向も異なりますので、対象となる国や地域の人たちの好奇心を満たし、心を揺さぶるストーリーや語り口は一体どのようなものなのか、といった話し合いを重ね、NHKの内部向けに書いた提案を一度分解して、新たに英語の企画書を起こしていきます。
同時に、プレゼンテーションを行う相手を探していくのですが、そのための場としては6月にフランスで行われる「サニーサイド・オブ・ザ・ドック」というドキュメンタリーを中心とした制作者会議や、10月に行われるMIPCOMというコンテンツ見本市などがあります。こうした国際会議に制作者と一緒に出向いて、プレゼンテーションを行います。世界各地の放送局と打ち合わせをしていくなかで、それぞれの地域のトレンドやニーズを把握し、企画書を修正していくんです。
国際共同制作に参加してくれるパートナーが決まると、そこからは、その地域と日本、両方の視聴者に気を配りながら制作を進めていきます。例えばフランスであれば、もう少し詳しい背景説明が必要だとか、科学番組であればヨーロッパの科学者を登場させられないか、といった具体的な要望が上がってきますので、その意見を番組にどう盛り込むかをさらに相談していきます。
世界の視点を取り入れることで、より多くの視聴者に楽しんでいただける番組にしていくことが私たちの目指すところです。
国際共同制作をする必要性とは何か
国際共同制作となる番組企画は、日本の公共メディアであるからこそ知りえた物語、それゆえに、ぜひとも世界の人々と共有したいと思える物語がほとんどです。日本の科学者による新発見、芸術文化の最高峰、あるいはNHKだけが入手しえた貴重な映像などです。例えば、東日本大震災のような未曾有の災害の記録や、そこから得た知見や学びを世界と共有したいという思いがあります。防災減災の知見だけではなく、復興への物語も含めて、世界と共有することで助かる人たちがいるのではないかという思いが取り組む原動力となることもあります。
NHKだけがアクセスできたものの例としては、2013年にNHKスペシャルで放送した「世界初撮影!深海の超巨大イカ」があります。NHKエンタープライズ自然科学部の制作チームが長年取材を続けていくなかで、どうやら小笠原諸島周辺にダイオウイカが生息しているらしいという情報を入手しました。ダイオウイカは特にヨーロッパでは伝説の生き物とされていたもので、生きた姿で撮影できれば世界の人々も驚くだろうと、国際共同制作を呼びかけたケースです。その後も「深海」を舞台にした冒険は「ディープオーシャン」シリーズとして今に続いています。深海で撮影するためにNHKが開発したさまざまな撮影機材やノウハウを世界と共有していくことも、国際共同制作を進めるモチベーションの一つになっています。
日本の体験を世界へという例では、東日本大震災の直後にNHKスペシャル「メルトダウン〜福島第一原発、あのとき何が」を制作しました。世界中が関心を持っている出来事についてNHKが入手しえた最新情報を正しく世界に発信するということも国際共同制作が持つ役割の一つです。長期的な視点に立った被災地の復興を世界に伝えていくこともしています。
その時々の世界共通の関心事、あるいは時代を超えた人類共通のテーマを、国際共同制作のドキュメンタリーで数多く手がけてきました。それは地球や宇宙、人類史、恐竜、あるいは戦争などさまざまです。
そういった人類の普遍的なテーマに取り組んできた一方で、世界の人たちがまだ知らない日本固有の物語というのもあって、例えば私自身がプロデューサーとして2022年に手がけたノーナレスペシャル「わたしの小学校」は、ニューヨークと東京に拠点を置くプロダクションと共同制作しました。ドキュメンタリー監督の山崎エマさんがNHKカメラマンとタッグを組み、日本の公立小学校を1年間にわたって撮影し、児童たちがどのように成長を遂げていくかを記録した物語です。
コロナ禍で、先生たちが小学校をどう切り盛りしていたのか、そのなかで子どもたちがどのように学び、共同生活を歩んでいったのかを中心に描いています。コロナ禍の小学校では、さまざまな授業や特別活動のうち、何を残して何を中止するのか、自由と制限のバランスをどう取るのか、教育の本質を見つめ直す検討が重ねられ、結果として日本の教育の強みと課題が浮き彫りになったと感じています。先生たちと子どもたちのひたむきな姿を通して、世界の人たちが教育について話し会う機会になればとの思いから、この物語を世界に出していった経緯があります。この番組にはフランステレビジョンとフィンランド公共放送も共同制作に参加し、関心の高さを実感しています。
国際共同制作というと、大型番組のイメージがあると思いますが、今後も、日本のインディペンデントの制作者の方たちが紡ぐこうした物語を、NHKがパートナーとなって世界に届けていきたいと考えています。
国際共同制作のメリット
NHKは、もちろん日本の視聴者のために番組を作っているので、それだけでは海外の視聴者には物足りない、あるいは基礎的な知識が違うためにもう少し補足が必要だというような場合があります。そのようなとき、海外の放送局の要望を取り入れながら一緒に作っていくことができる、言ってみれば「カスタマイズできる」というところが、国際共同制作の大きなメリットだと思います。共同制作パートナーがどのような枠で放送したいのかという要素もあります。例えば深夜のドキュメンタリー枠なのか、あるいはプライムタイムの家族向け情報バラエティなのか、相手が最大の効果を生み出せるよう、アイデアを出し合いながら作っていくこともできます。
番組そのものの「カスタマイズ」だけでなく、放送前の広報や放送後の展開についても協力し合えるのが、国際共同制作の醍醐味です。完成番組の購入ですと、権利が限られているため、映像そのものに大幅な編集を加えることが難しいわけですが、共同制作であれば、例えばミニ番組を作って放送前にキャンペーンをやったり、放送とあわせてイベント展開をしたいので、そのためのクリップを作ったりといったことが可能になるんです。特に番組のPRの仕方については、私たちにとって参考になることが多いです。メディア関係者やインフルエンサーを集めたプレミア上映会を開いたり、最近では番組と連動したVRコンテンツを作るなど、ドキュメンタリーを“バズらせる”ための仕掛けや展開は、世界が先を行っていると感じます。
一例をあげると、東京五輪に向けて2019年に「フロム・ザ・スカイ 空から見た日本」という空撮ドキュメンタリーシリーズを、フランスの制作会社と制作したのですが、フランスは東京五輪への関心を集めるために5分のミニ番組を作りたいとか、カンヌのMIPDOCでプレミア上映会をしたいとか、さらには放送後にイマーシブ展示の二次展開をしたいとか、さまざまなアイデアを共有してくれました。
「フロム・ザ・スカイ」では、日本の自然や風土を違った目で見てみたいとも思いました。そこでフランス人の撮影監督に入ってもらい、NHKのディレクターやカメラマンとの合同チームを結成して、空撮も含めた絵作りを担当してもらいました。それは私たちが普段作るものとはひと味違う仕上がりで、日本人がつい見逃してしまうような路地裏や田んぼのあぜ道も、彼らの目にはすごく新鮮に映るので、国際共同制作ならではの日本の風景を映像に残せたと思います。同じ空撮でもシネマチックな手触りの映像になりました。今回はフランス人の撮影監督でしたが、企画によっては作曲家とか編集者とか、各国の才能を持ち寄って制作できるところに国際共同制作の面白みがあると思います。
国際共同制作によってもたらされる「気づき」の大切さ
一方で、難しさもあります。言葉や文化の違いは当然ありますし、特に映像文化の違いは大きいと感じます。突きつめていくと、何をリアルと感じるかということに違いがある気がします。三脚を立て、撮影者の気配を消したスタティックな映像にして、視聴者を没入させる手法がリアルだという人もいれば、むしろ担ぎ(のカメラ)で撮って、さも自分がその場の取材に同行しているかのように感じさせるほうがリアルだという人もいます。NHKには長年培ってきた撮影の手法やノウハウがありますが、海外の制作者との感覚や感性の違いを理解しあい、擦り合わせていくところが難しいところでもあり、またそれがうまくいったときには、お互いにとって素晴らしいものができたという満足感にも繋がるんです。制作者にとっては、新しい表現手法を手に入れたような喜びが双方に生まれるんですね。
違いをもう一つ挙げるなら、編集です。構成の仕方という点では、日本流の起承転結なのか、欧米の三部構成なのかという違いがあります。ナレーションがある場合、日本語は主語から始まって(文章の結論にあたる)述語が最後にくるので、カット尻の余韻を意識した編集のテンポが生まれます。英語のナレーションであれば、文章の主旨に該当する動詞が早めにくるので、おのずと編集の切れ味みたいなものが違ってくるんですね。実際に共同制作をやっていると、「そういうロジックで編集しているんだ」という気づきにも繋がり、制作者にとっては国際共同制作のメリットだとも思いますね。
これからの国際共同制作の潮流
最近ではDE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)についても、国際共同制作を通じて学んでいます。特にアメリカやヨーロッパの放送局との場合、求められるDE&Iのスタンダードがあり、映像に映らない部分であっても配慮すべき点を把握していなければ、制作者として信頼を得られなくなってきています。ダイバーシティはもちろん、今はいかに環境負荷をかけずに制作していくかというのもテーマになってきました。
ダイバーシティと申し上げたのは、ジェンダーバランスやLGBTQに関する取り上げ方といったことだけでなく、やはり多様な声を多様な視点で伝えるという多元性が世界の潮流になっていると思うからです。例えば欧米の制作者がアジアにきて現地の物語を撮り、それを本国で放送するというようなことだけでなく、アジアの制作者の視点で自国の物語を語ってもらおうという機運が年々高まってきています。制作する側の多様性ですね。日本の物語を発信していくうえで一つのチャンスだと思っています。
それは、グローバル配信プラットフォームができたことによって、世界中の人たちが多様なコンテンツにアクセスできるようになり、自分の知らない文化や物語があることに気づき始めたことの表れでもあると思うんです。
2022年には、世界の公共メディア10局が連携をして国際共同制作に取り組む「Global Docs」というスキームが立ち上がっています。これは世界共通の課題に公共放送1局だけで取り組んでいくのはもったいない、みんなでアイデアと才能と制作資金を持ち寄って、世界中に届くものを一緒に作りましょうという、フランステレビジョンの呼びかけで始まったものです。NHKも参加していますが、今年から来年にかけて、1作目の国際共同制作番組が仕上がってくる予定です。
昨年末にNHK BSで放送が始まった「フロンティア」という番組があります。これは科学や宇宙、歴史、芸術などさまざまな分野を切り拓く“開拓者”たちへの取材を通して、今まで見たことのない、一歩先の新しい世界をお見せしますというコンセプトのドキュメンタリー枠なのですが、そのうち年間何本かを国際共同制作にしたいと考えています。共同制作を実現するためには企画段階から多くの作業と時間を要するのですが、その分、世界最高水準のコンテンツを生み出すことができます。「フロンティア」からどのような国際共同制作が誕生するのか、ぜひ楽しみにしていてください。(談)
インタビュー・構成/GALAC編集部
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