プロ野球の観客動員が好調である。コロナ禍の3年もの間、観客動員は制限され応援も禁止されて、不自由な思いをしてきたファンの反動という部分があったと思われる。またコロナ禍の間にネットなどでプロ野球を知った新たなファンの動員もあったようだ。
ゴールデンウィーク明けの5月7日の時点で、プロ野球全体の1試合当たりの平均観客動員数は3万610人。昨年が2万9219人だから4.8%の増加。セ・リーグは3万3954人、昨年が3万2913人だから3.2%増、パ・リーグは2万7266人、昨年2万5525人だから6.8%増。特にパ・リーグの増加が著しい。
過去最多はコロナ直前の2019年で、プロ野球全体で3万928人、セは3万4655人、パは2万7202人だった。パはすでに2019年を上回っているが、プロ野球は梅雨の時期を過ぎて夏休みに入ると例年増加するから、このままいけばNPB全体でも過去最多の動員になる可能性もある。
「観客動員」のビジネス的な意味
プロ野球の「観客動員」とは、ビジネス的に見てどういう意味があるのだろうか?
1つは当然ながら「入場料収入」だ。プロ野球興行の基本であり、観客がたくさん入ってこそ興行は成り立つ。
京セラドーム大阪(写真:筆者撮影)近年目立つのは入場料金の「ダイナミックプライシング」の動きだ。これまでは、公式戦の料金は席種ごとに一律だった。
しかし最近は、人気カードや土日祝日などは価格を高く設定するなど、入場料金を柔軟に設定するのが一般的になっている。コロナ禍以降、特に顕著なので、観客動員増も相まって入場料収入は増加しているだろう。
もう1つ、観客動員が増加すると、場内の物販や飲食などの売り上げもアップする。今や多くの球場で場内の物販、飲食ビジネスも球団が仕切っているから、これによる売り上げ増も非常に大きい。
さらに見逃せないのが「スポンサー」だ。今の球場にはさまざまな企業が看板を掲示している。また試合中にも多くのスポットCMが流れるが、これらもほとんどの球場で「球団仕切り」になっている。スポンサーは年間契約だが、これに加え試合ごとに「冠スポンサー」がつくことも多い。
スポンサーにとって、重要なのは「球場にたくさん観客が来るか」だ。多くの観客が来て、スポンサー企業の看板を目にしてくれれば、スポンサードした意味があるわけだ。
スポンサー収入が大きな収益の柱に
かつて、プロ野球の最大の収入源は「テレビの放映権」だった。高い視聴率を稼いだ巨人戦の放映権で、プロ野球は回っていた。しかし今や、プロ野球にとってスポンサー収入は入場料収入と並ぶ収益の柱になっている。
ジェット風船が再開されたマツダスタジアム(写真:筆者撮影)野球場での広告掲示は、スポンサードする企業にとっては「ターゲット層が絞り込みやすい」というメリットがある。球場に来るのは「スポーツ好き」な「若年から壮年層」が中心で、居住エリアは「球場近隣の地域」が多いからだ。だから球場広告にはナショナルスポンサーに加えて、地域企業の名前も多い。
観客動員が増えれば、スポンサーの広告の露出も増える。だから球団の担当者も強気の営業ができるのだ。「うちのスポンサーの多くは、コロナ禍で観客が入らないときもついてくれたから、観客が入ったからといって急に強気にはなれないけど、そろそろ新しいお客も見つけていかないと」と球団営業担当者は言う。
このようにプロ野球の観客動員は「球団の営業状態」をダイレクトに示す非常に重要な指標になっているのだ。
東京ドーム(写真:筆者撮影)しかし昔はそうではなかった。観客動員は今も昔も「主催球団発表」ではあるが、かつては、実数ではなく、球団が恣意的な数字を発表していた。昭和、平成初期のプロ野球を知っているオールドファンは、東京ドームの巨人戦が連日「5万6000人」の発表になっていたのを覚えているのではないか?
しかし同じ東京ドームで行われる日本シリーズでは、観客動員は「実数発表」になるので「4万6153人」などペナントレースよりもはるかに少ない数字になっていた。日本シリーズのチケットはほぼ売り切れるから、空席などあるはずもない。当時の巨人は1万人近くも「さばを読んでいた」わけだ。
不人気だったパ・リーグの球団でも…
それは巨人だけでなく全球団で同様で、不人気だったパ・リーグなどは「あまり少ないのはみっともない」と考えたのか、最低でも1000人と発表している球団もあった。
球団発表では端数は発表しないことが多いので、観客動員の数字の末尾2桁くらいまでは「0=丸い数字」になっていたものだ。
大阪球場や日生球場などで行われた当時のパ・リーグの試合をよく見にいったが、それこそ「1人、2人、3人」と数えられるほどしか観客が入っていない日も多かった。「明日の新聞発表は、また1000人やな」と仲間と話したのを覚えている。
1954年から3年だけパ・リーグに存在した高橋ユニオンズは、新興だけに極めて不人気だったが、オーナーの孫から「当時の売り上げ伝票を調べていたら『有料入場者数29人』という日がありましたよ」と聞いたことがある。この日でも球団発表は350人だった。
1990年代、読売ジャイアンツが発表する観客動員は毎年主催65試合前後で350万人を優に超していた。これはMLBの最多動員のロサンゼルス・ドジャースの主催81試合での325万人を上回っていた。日米野球で来日したMLB関係者の中には東京ドームを見て「そんな馬鹿な数字になるはずないじゃないか」という人もいた。
なぜこんないい加減な入場者数の発表がまかり通っていたのか? それはプロ野球の経営が「親会社恃み」だったからだ。
もともと収支が釣り合うことなど期待していない。有名選手と契約して各地を転戦すれば赤字が出て当たり前。最終的には赤字分を親会社が補填する。
1954年の国税庁通達で、プロ野球球団の赤字を親会社が補填した場合、これを「広告費扱いする」ことになっていたから、親会社の懐もそれほど痛まなかったのだ。
従来のプロ野球経営モデルは限界を迎えていた
ほっともっとフィールド神戸(写真:筆者撮影)しかしそれでも赤字が続けば、球団経営は苦しくなる。2004年に起こった近鉄とオリックスの合併に端を発する「球界再編」は、これまでのプロ野球経営モデルの限界を意味していた。
古田敦也選手会長率いるプロ野球選手会は、「1リーグ10球団」体制になることを阻止するため、ストライキに打って出たが、同時に「球団経営の実態を公開してほしい」と要求した。
このこともあって2004年まで球団の恣意的な発表だった「観客動員数」が、2005年から「実数発表」に統一されたのだ。
恣意的な発表だった2004年の巨人の観客動員は主催69試合で377万4500人だったが、実数発表になった2005年には主催73試合で292万2093人と激減した。
しかし実数発表になったことで、球団、NPBの最新の「経営状態」がわかるようになった。ビジネス的に透明性と健全性が増したと言えるだろう。
巨人と阪神では動員力で少し差がつきつつある
今季の観客動員から、各球団の傾向を見ていこう。(%)は球場のキャパから割り出した動員率。昨%は昨年対比。
阪神 4万1371人(99.9%)昨+0.7%巨人 3万9676人(93.4%)昨+4.0%
ソフトバンク 3万6344人(96.5%)昨+1.8%
中日 3万2749人(89.9%)昨+8.0%
DeNA 3万2633人(95.8%)昨+1.6%
オリックス 2万9867人(82.9%)昨+10.4%
広島 2万8852人(87.4%)昨+1.1%
日本ハム 2万7271人(77.9%)昨+2.9%
ヤクルト 2万7249人(90.5%)昨-0.7%
ロッテ 2万6259人(87.2%)昨+4.8%
楽天 2万2953人(73.4%)昨+21.7%
西武 2万1852人(70.8%)昨+9.0%
阪神は甲子園、京セラドーム大阪でのすべての試合でほぼ満員になった。動員率は99.9%、これ以上は入らない状態になりつつある。
これに対し東京ドームなどで試合をした巨人は93.4%、これでも大きな数字だが、チケットサイトでは巨人戦は席さえ選ばなければ、直前まで購入できることもある。巨人と阪神では動員力で少し差がつきつつある。
横浜スタジアム(写真:筆者撮影)ソフトバンクは巨人を上回る96.5%、ファンクラブを中心としたネット販売が多いのが特色だ。
最近は「閑古鳥が鳴いている」と言われた中日も観客動員が上昇傾向にある。動員は9割に近付いている。
DeNAはコロナ禍の間にウィング席を増設したが、動員率は95.8%に達した。5月6日にはMLBから復帰した筒香嘉智が劇的な逆転本塁打を打ったが、これからチケットをとるのがさらに困難になるだろう。
驚くのがオリックスだ。筆者は京セラドーム大阪ができたときから通っているが、イチローがいた時代でもこんなには観客が入らなかった。第2本拠地のほっともっとフィールド神戸では、2万人が入れば御の字だったが、4月30日、5月1日の試合はともに3万人が詰めかけた。
日本ハムは動員率が劇的に改善
エスコンフィールドHOKKAIDO(写真:筆者撮影)対照的に「カープ女子」ブームでチケットがなかなか取れなかった広島は、昨年あたりからチケットがとりやすくなっている。内野席の一部を自由席にしているが、席が早くに埋まって立ち見になることもあるなど、評判は良くないようだ。
エスコンフィールドHOKKAIDOに本拠地を移転した日本ハムは、動員率77.9%と他球団に比べれば見劣りするが、札幌ドーム最終の2022年は43.6%(64試合118万248人)、コロナ前の2019年でも66.7%(58試合163万5667人)であり、動員率が劇的に改善している。この球場は、夏休みに全国から観客を集める。昨年も夏以降に動員が大幅に伸びたので、今後の進展が期待できる。
ヤクルトは唯一、平均観客動員が昨年を割り込んでいる。リーグ連覇の後、昨年5位に低迷したのが響いたか。球場の老朽化も問題だろう。
ロッテは、コロナ禍以降、上昇傾向が続いている。応援団が牽引する部分が大きいようだ。
楽天生命パーク(写真:筆者撮影)昨年中盤まで、1万人台の動員だった楽天だが、球団がマーケティングを強化したこともあり、大幅に観客が伸びている。しかしここも球場の老朽化が目立ち、他球団に比べれば見劣りがするのが課題だろう。
西武も昨年から観客動員を増やしているが、この球場は夏場の高温がネックになりつつある。
動員率が9割を超えた球団のその先
動員率が9割を超えた球団は、飽和状態に近づいていると言える。ダイナミックプライシングなどでチケット代金を上げたり、球場内物販を強化して客単価を上げることだろうが、巨人のように新球場を模索する球団も出てくるだろう。
観客動員が7~8割の球団はまだ伸びしろがある。観客に快適な時間を提供して、いかにリピーターを作っていくかが課題ではあろう。
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