「子守唄・わらべうた学会」の会誌を手にする西舘好子さん。「子守唄が無数にあることを知って」と呼びかける=東京都葛飾区の日本子守唄協会で
子どもに向けて歌い継がれてきた子守唄やわらべ歌の歴史や効果を研究し、広く発信する「子守唄・わらべうた学会」が、本格的に活動を始めた。学会の発起人が子どもに聞かせる歌への思いをつづった初の会誌を4月に発行。中心メンバーの思いや、保育にわらべ歌を導入しているこども園の実践例を取材した。 (藤原啓嗣) 「理論づけて子守唄を残そうとするのは『末期』と感じているからかもしれない。日常で当たり前に歌われていたら、誰もそんなことを考えないでしょ」。複雑な思いを明かすのはNPO法人日本子守唄協会(東京都葛飾区)の西舘好子理事長(83)。立命館大の鵜野祐介教授(教育人類学)とともに、2022年に発足した学会の中核を担う。 育児放棄などの問題に胸を痛めた西舘さんは、子守唄を心のよりどころとして生かそうと、まずは2000年にNPOを設立した。全国の子守唄を集めて、コンサートを開催。東日本大震災の避難所でも被災者の心を癒やそうとした。 気がかりは、街中で子守唄を口ずさむ光景が見られなくなったことだ。多くの保護者が見つめるのはスマートフォン。その視線から外れた子どもたちも、無邪気さを失っているように感じた。「保護者や大人との関わりで育まれる空想力やいたずら心がなく、子どもらしさが失われているんじゃないか」と案じる。 学会ではさらに活動を広げ、歴史学や心理学、保育学など複数の学問の観点からの研究を促す。系統立てた『子守唄・わらべうた学』を確立し、各地に散らばって存在する音源や歌詞を網羅するアーカイブを作成して公開。子育てでの実践を狙うワークショップの開催を目指す。 発起人には、ゴリラの研究で知られる山極寿一・総合地球環境学研究所長やレイチェル・カーソン日本協会の上遠恵子理事長、鉛筆画の第一人者、木下晋さんら幅広いジャンルの24人が名を連ねる。鵜野さんは「子守唄・わらべうた学をより広く、そして深めたい」と狙いを語る。 初の会誌では、発起人の18人が子守唄についての持論を展開する。山極さんは、人類の祖先は子守唄で赤子をあやす子育てを進めたので歌う能力が発達した、との進化の推論をつづり、鵜野さんたちの期待に応えている。会誌は今後、春と秋の年2回発行する予定。 各地に残る子守唄の伝承も使命だ。子守唄・わらべ歌は作詞、作曲者が不詳のことが多い。鳥取県立博物館が県内に伝わる子ども向けの歌の歌詞や音声をホームページで公開しているように、活用しやすいアーカイブ作りを目指す。 各地に子守唄やわらべ歌を歌い継ぐ団体があり、学会の本格稼働に熱い視線を注ぐ人も。図書館でわらべ歌の講座を開く埼玉県川口市の「おはなしとおんがくのちいさいおうち」主宰落合美知子さん(78)は「各地の実践団体と学者や学生がつながることで理論が備わり、子どもや保護者に歌が広まればと楽しみです」と話す。 西舘さんは、作家井上ひさしさん(1934~2010年)との結婚生活や自身の子育てを振り返りながら、こう指摘する。「親と子の数だけ子守唄がある。そこには子への愛情など、歌い手の気持ちが豊かに表れている。それが、なくなるのは困ります」◆わらべ歌で仲良くなる 歌声響くこども園、感受性豊かに
静岡県富士宮市の認定こども園「野中こども園」は長年、わらべ歌を保育に取り入れている。4月中旬、園を訪ねると、どこからともなく歌声が聞こえてきた。 「こんちきちん、おやまのおちごさん」。年長クラスの朝の時間、担任の増尾優希さん(28)がわらべ歌を口ずさんだ。園児24人も一緒に元気な声を上げ、列をつくって歩きだした。わらべ歌を歌いながら、列をつくって歩く園児たち=静岡県富士宮市の野中こども園で
2人の園児が手をつないでつくったアーチをくぐり、きりの良いタイミングでアーチ役を交代する。増尾さんは「わらべ歌で遊びに誘って、仲良くなるきっかけになる」と話す。 園庭でタンポポを見つけた職員と園児は「たんぽぽ、たんぽぽ、むこうやまへ」と口ずさみ始めた。歌につられて数人が集まってくる。梅雨の時期には縁側で「あめ、あめやんどくれ」とみんなで声をそろえるという。 副主幹の後藤恵美さん(55)は、職員向けのわらべ歌の研修を開く。年齢や季節に応じた歌を月に20曲は歌えるように、遊びなどの実践例を交えて職員が歌い、体を動かす。園で覚えた子どもが自宅で歌うため、自分も知りたいと問い合わせる保護者も多い。 「わらべ歌は子どもに合った音域で覚えやすい上に、季節や風土、慣習を反映しており子どもの感受性を磨く」。後藤さんはその効果を語る。さらに「手遊びなど体に触れて相手の目を見て歌うことがしやすく、職員も子どもと信頼関係を築きやすい」と言う。 高崎健康福祉大の岡本拡子教授(幼児教育学)は「わらべ歌は日本語のリズムの特徴がよく表れている」と分析する。「あそぼ」「いいよ」といった応答に自然と付く言葉の抑揚が歌の元になっているという。 ピアノがなくても、どこでも歌えて、昼寝の寝かしつけや集合の呼びかけなど使える場面は多い。ただ、核家族化などの影響で、家庭でわらべ歌を歌える人は減っており、その効果を重視する保育所や幼稚園で熱心に歌い継がれているのが現状だ。 岡本さんは「子どもの心を育てる上でも、わらべ歌は大事な役割を果たす。音楽経験の幅を広げるために保育士を養成する学校でわらべ歌とその遊び方を教えることも必要だ」と指摘する。
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