自主夜間中学で日本語を学ぶワラキラ・ピーターさん=名古屋市北区で2024年4月20日、永海俊撮影

 やっと、と言うべきだろう。さまざまな事情で十分な義務教育を受けられなかった人の受け皿となる公立夜間中学が来春、愛知県内に2校開設される。同県は、2020年の国勢調査で義務教育未修了者が全都道府県中2番目に多かったにもかかわらず、これまで一校もなかった。入学希望者が殺到するのか、それとも……。開設まで1年を切り、関係者の間で期待と不安が交錯している。【永海俊】

在留外国人・不登校中学生多い県

 「数学が好き。将来は公認会計士になりたい」。アフリカ・ウガンダ国籍のワラキラ・ピーターさん(16)=同県稲沢市=は、そう言って目を輝かせた。

 先に日本へ来て働いていた母やおじを頼って昨秋、来日した。日本の学齢は超過しているが、学制の違いから本国の中学は卒業していない。高校進学を見据え、家族は来春、公立夜間中学に入学させ、中学卒業資格を得させたい考えだ。

 来日後は名古屋市の自主夜間中学「はじめの一歩教室」で学んできた。ウガンダと日本のどちらで働きたいかを問うと、迷わず答えた。「日本。労働環境がいいから」

 愛知県は、在留外国人が東京都に次いで多く、本国や日本で中学を卒業できていない子どもも少なくない。不登校の中学生の数は全国3位だ。子どもの頃に十分な教育を受けられなかった高齢者らを含め、夜間中学での学び直しのニーズは高いとみられている。

 来春に設置されるのは、豊橋市内の県立1校と名古屋市内の市立1校。26年春にはさらに県立3校が開設される。だが、東京都(既設8校)や大阪府(同11校)など他の大都市部と比べれば、大きく出遅れている。

役割終える「中学夜間学級」

 その理由の一つに、愛知県教育・スポーツ振興財団が運営する「中学夜間学級」の存在がある。1950~60年代に名古屋市にあった夜間中学2校が生徒の減少で廃校になった後、同市に誕生した。

 ただ、夜間中学が週5日なのに対し、中学夜間学級は週3日。入学にあたっては一定の日本語力が求められており、急増する外国人への対応に限界があるとも指摘されていた。この春、最後の新入生を迎え、来年度いっぱいで役割を終える。

 はじめの一歩教室代表の笹山悦子さん(66)は、署名活動などを通じて公立夜間中学の設置を行政に働きかけてきた。「学びたくても学べなかった人たちの権利を保障する場として公立夜間中学は必要だ。一人一人が抱える事情に丁寧に寄り添う存在になってほしい」と期待する。

学ぶニーズ つかみ切れぬ行政

 開校に向けては課題も多い。

 「インターネットの翻訳機能が発達し、日本語が分からないままでも困らないという子どもも増えている。将来の夢を実現する上で、なぜ勉強が大事なのかをきちんと伝える必要がある」

 そう話すのは、ブラジル国籍で豊橋市在住の佐々木ファビアノさん(34)だ。同市を拠点に外国人や不登校の子らの学習支援をしているNPO法人「いまから」で、通訳の仕事をしている。親たちに学ぶ意義を理解してもらえるかもポイントだという。

 しかし現状では、学ぶ意思のある外国人がそもそもどこにいるのかという情報を行政がつかみ切れていない。愛知では近年、多国籍化が急速に進み、外国人コミュニティーとの意思疎通を難しくしている。同NPOの井手佑典理事長(40)は「もっと県などがさまざまな団体とのつながりを強め、それぞれの情報を一つにまとめるべきだ」と主張する。

 県と名古屋市は、ホームページに夜間中学の情報を掲載している。夏からは入学希望者への説明会を始める。だが、ただ待っているだけでは、潜在的なニーズを実際の応募に結びつけられない可能性がある。県の担当者は「関係団体などと協力し、夜間中学の開設をくまなく周知していきたい」と話す。

教員スキル向上「走りながら」

 一方、そうした外国人を含む多様な生徒に教えることにも難しさがある。

外国人生徒らを相手に夜間中学の模擬授業を披露する関本保孝さん(右)=名古屋市中村区で2024年4月27日、永海俊撮影

 名古屋市内で4月下旬、笹山さんたちの企画で夜間中学のあり方を考える「模擬授業体験会」が開かれた。市の担当者らも見守る中、経験豊富な3人の講師がゲームの要素も取り入れながら、外国人生徒との対話を重視した授業を披露した。

 そのうち公立夜間中学の教員を36年間務めた関本保孝さん(70)は「クラスには平仮名も分からない人、少し会話ができる人などいろいろいる。そうしたレベルに応じ、生徒を分けて指導すれば学ぶ側は安心できる」と提言した。

 クラスには不登校経験者や高齢者らもおり、一緒に教えるにはスキルが求められる。だが、教員人事が決まるのは開校目前の来年3月だ。研修を実施するとすれば、県、名古屋市とも配属後にならざるを得ないという。

 市の担当者は「走りながら職員も学んでいく」と厳しい表情を見せた。

公立夜間中学

 戦後の混乱の中で学校に通えない子どもに義務教育の機会を提供しようと、公立中学の夜間学級として設置が始まった。国は各都道府県と政令市に最低1校設置するよう促しており、今年4月現在で31都道府県・政令市に計53校ある。東海3県は現在ゼロで、来春に愛知県のほか、三重県に1校開設される。

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