人間の体は蚊柱のようなもの
小泉 以前にも一度対談したことがありますよね。
福岡 ええ。あの対談は『エッジエフェクト(界面作用) 福岡伸一対談集』(朝日新聞出版)という本に収録されましたね。
小泉 あっ、『エッジエフェクト』、そうだ、そうだ。そのときに人間は蚊柱みたいだというお話が出て、それは納得がいくというお話をしたんですよね。
福岡 そうです。人間の体はかちっとした個体みたいに思われているけれど、じつはたえまなく入れ替わっているんです。蚊柱のようなものです。蚊柱は柱みたいに見えますが、柱ではない。出ていく蚊がいれば入ってくる蚊もいて常に入れ替わっているんですね。
人間の体もじつは環境から絶えずエネルギーが流れ込んできて、やがてまたそれがどんどん環境に戻っていくということを繰り返しています。
消化器の上皮細胞などはすごい速度で入れ替わっていて、2、3日で新しい細胞と古い細胞が入れ替わります。ウンチの主成分の一つはそういった古い細胞で、じつは自分自身(笑)。
小泉 そうか。そういうお話だったので、それはすごいなと。私はいつも自分自身に辻褄が合ってないと思ってたんですよ。
福岡 一貫性がないという意味ですか。
小泉 はい。昨日は「明日、ここに行こう」と思っていたけれど、今日起きたら「私、行きたくない」みたいに感じることがあって……。みんなはどうして行けるんだろうと思ってたんですよね。
なので福岡先生に「毎日、違う自分だ」っていわれて、「そうか、それはすごく生きやすくなるぞ」と思ったんです(笑)。
福岡 そうなんですよ。だから、昨日の私と今日の私では、細胞レベルでは違うし、数カ月たつと、もうかなり違っている。
一年前に私をつくっていた物質は、いま、ほとんど残っていない。骨とか歯みたいにかちっとしているところでも中身がすごい速度で入れ替わっているので別人といっていいわけですね。
だから、久しぶりに会った人に「お久しぶりですね、まったくお変わりありませんね」などというけれど、生物学的には間違っているんです。
小泉 お変わりはあるんですね(笑)。
福岡 お変わりはありまくりですね(笑)。だから、約束なんか守らなくていいんです。
小泉 あはは(笑)。実際のところは、私も約束したらできるかぎりその場所に行こうとは思いますよ。
でも、行きたくないと感じることがおかしなことではないと思えるだけで、気が晴れます。
「動的平衡」と新陳代謝
福岡 先日、元プロボクサーの村田諒太さんと対談しまして、その際に「動的平衡って、新陳代謝と同じことですか?」と訊かれました。
で、それは違いますと答えたんです。単に入れ替わっているんじゃないんですね。古いものがいらなくなったから捨てられる、古い細胞が死んで新しい細胞ができるという、そういう、単なるチェンジじゃないんだと。
生命体は率先して、先回りして壊しているわけです。放っておくと壊れてしまうものを先回りして壊すことで崩壊を逃れている。
「エントロピー増大の法則」という難しい言葉があります。簡単にいうと、万物はすべて、放っておくと拡散し、無秩序な方向に進み、その逆はないという法則。
無生物はただそれに従っているだけなんだけれど、生命体は率先して自らの一部を壊すことで、その法則に抗っている。
あらゆるものを、まだできたてほやほやで使えるにもかかわらず、どんどん壊して新しくつくり変えているんですね。
それが私の生命論で、動的平衡の理論です。
小泉 よくわかります。
福岡 小泉さんって、自己模倣をしないで、いつも変わりますよね。アイドル時代も他のアイドルが聖子ちゃんカットなのに、いきなり短くしたり、刈り上げたりとか。
常に自分のイメージを率先して破壊しています。そういう生き方の基本みたいなものは子どものころに身についたんですか。
小泉 そうですね。私の家族は両親と3人姉妹という構成で、私が一番下なんです。当時の私はあんまり自分の意志がなかったし、母のいうことを一番聞く子どもだったから、服なんかは母のいうとおりに着ていて、着せ替え人形みたいな……。
福岡 いつもミニスカートを、裾をすごく短くしてはかされていたと何かに書いてありましたね。
小泉 そうです、そうです。お洋服はほとんどおさがりだったんですけど、ただ、姉が着ていた服を私が着たときにもっと似合うようにするにはどうしたらいいかなとか、そんなふうに考えることが多かったです。
両親も、人と同じでいることがいいことだという考えではなかったですね。
「アイドルってどういう意味よ?」
福岡 ご両親の影響も大きいのですね。
小泉 そうですね。そういえば、こんなことがありました。
小さいときにすごく流行った筆箱があったんです。人気キャラクターの絵が描いてある筆箱でした。みんなが持っているからすごく欲しくなっちゃって、母に「買って」とお願いしたんです。
そうしたら、母は「どうしてこれが欲しいの?」って訊ねるんです。「だって、みんなが持っててかわいいんだもん」っていったら、今度は「みんなが持っているから欲しいの?」と訊いてくる。
「とにかく、欲しいの!」みたいに答えて、無理やり買ってもらったんですけど、すぐに飽きたんですよ。それで、なるほど、親はそういうことをいっていたんだなと理解して。
それからは自分が心からかわいいと思うものを一生懸命探すようになりました。
福岡 なるほど。
小泉 考えることは子どものころから好きで、例えば、アイドルという仕事についても……。
福岡 15歳からアイドルになったわけですよね。
小泉 はい。でも、アイドルになって少ししたら、「みんな、アイドル、アイドルっていってるけど、ちょっと待って。アイドルってどういう意味よ?」って考えるわけです。
それで、辞書を引くとアイドルの項目には「偶像」って書いてある。今度は「偶像ってどういうこと」みたいな感じで……。
福岡 偶像を破壊すべきだっていうことになったわけだ。
小泉 そうです。アイドルが偶像という意味ならば、アイドルは別に厳密なジャンルではないんだなと。
「アイドルって、かわいいお洋服を着て、こんな感じのポップスを歌って、こんな感じ」みたいなイメージにみんなとらわれすぎてないかと思って。
そういうところから自由になったら、もうこっちのもんじゃないかという感じで(笑)。さまざまなジャンルの音楽をやってみるとか、いろんなタイプのお洋服を着るとか、そんな発想にどんどんつながるんです。
だから、一度捉えた言葉に対して、自分が自分のルールを決めていくみたいなことがすごく好きで……、ずっと好きなのかもしれません。
福岡 イメージを壊してから、新しいものを創造していますよね。まさに「動的平衡」ですね。
動的平衡に気づいたきっかけ
福岡 福岡ハカセが最初に「動的平衡」に気がついたのは、少年時代にさかのぼるんです。そのときはまだ「動的平衡」という言葉は考えていなかったんですけどね。
そのころ、どちらかというと私は内向的な少年で、人間の友だちがいなくて、虫が友だちでした。夏休みの自由研究は、チョウを見つけてきて、それを育てることをやっていました。
チョウって、小さな卵をミカンとかサンショウみたいな柑橘系などの葉っぱに産みつけるわけです。卵からかえった幼虫はそれを黙々と食べて育っていく。
その幼虫はだんだん大きくなるんですけど、ある程度丸々と太ったら、サナギになりますね。でも、サナギのなかで何が起きているのかというのを少年時代のハカセは知りたかった。
それで残酷なんだけど、開けて調べてみたら、真っ黒などろどろの液体となって溶けている状態でした。もう、幼虫がいったん完全に破壊されちゃってるの。
小泉 へえ、それは考えたこともなかったです。
先回りして壊してから新しいものをつくる
福岡 いま考えると申し訳ないけれど、サナギを開けちゃうと、死んじゃうんです。もちろん開けないことがほとんどですよ。
開けずに待っていると、その真っ黒などろどろの状態のなかからあんなきれいなチョウが生まれるんです。それで、創造に先立つ破壊があるということが自然なんだなっていうことを何となく感じたわけ。
そうした経験から、生物学を勉強したいなと思ったんですけれども、大学に入ってみると「チョウとかきれいな昆虫とかを追いかけている場合じゃありません」という状況でした。
かわりに、分子生物学の潮流が満ちてきた時代だったのでそっちのほうに入っていっちゃったんです。
『新版 動的平衡ダイアローグ: 9人の先駆者と織りなす「知の対話集」』(小学館新書)。書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプしますこれは細胞のなかの遺伝子とかタンパク質というミクロなレベルでデジタル的に生命を解析する学問なんですね。
遺伝子のことについては、その後、20年ぐらいでヒトゲノム計画というのが完成されて、遺伝子を端から端まで全部解析して、そこには細胞のなかで使われているタンパク質、2万種類ぐらいの設計図が全部描きこまれているということがわかったんです。
でも、生命のことについて何がわかったかというと「何もわからないっていうこと」がわかったんです。
そこでやっぱり、生命というのを考えるときに大事なことは何かなといったら、破壊することというか、先回りして壊して、その後で新しいものをつくるところにあるんじゃないかなって。
だから、単に入れ替わるという話じゃないんですね。
小泉 新陳代謝という意味での入れ替わりということではないんですね。
福岡 ええ。もっと積極的なものだということですね。
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