苗1本でお米は茶わん1杯分、3本植えて1日分

 生きものの声と風や水の音がシンクロする谷津田。NPO「SOSA PROJECT」(千葉県匝瑳市)の田んぼで米作りに取り組む90組は田植えをおおむね終えた。私も早朝や日暮れ前の計6時間で2畝(約200平方メートル)を手植え。か細い苗を水中の泥底にそっと差し込むと、土の中から気泡が出て、ポッと水面で弾(はじ)けて波紋が広がる。  1本植えると、お米は茶わん1杯分。3本で1日分、100本で1カ月分、1200本で1年分になる。秋には1年食うのに十分な70キロの新米になって、安心と自信が舞い降りる。  泥に足をつけて、時折空を見上げ、感謝する。無心になり、いつしか妄想が始まる。  誰もが半自給する世界になったら! 食糧難の途上国から輸入を減らし、彼らが自給できる農地に戻せる。皆がおいしい食にありつける。心身の病は減り、健康寿命が延びる。できることが増え、出費が減り、勤めなくとも小さなナリワイで暮らせる人が増える。過度な競争とお金への依存が減り、人は自立して自信を取り戻し、子どもは粋な大人を身近に見て育ち、都会への集中が減る。街にも農地が生まれ、半自給する人とナリワイが勃興する。  妄想は続く。各地でナリワイを巡る地域経済が回り出し、大量搾取・大量生産・大量消費・大量廃棄から脱却。エネルギーの地産地消も増え、火力発電や原発は減ってゆく。石油などの資源や食料の海外依存が減り、長距離物流も、CO2排出も、資源争奪の戦争紛争も減る。世界中の山・里・海・川が回復し、生き物たちが命を謳歌(おうか)し、空気がおいしくなる。人口やGDPが減っても、笑みと幸せが世界にあふれる。  ところが現実は、企業が政治家にカネを渡し、政治家はその企業を優遇。利益が増えても働く人の給料は上がらず、投資と消費をあおられて、便利とモノが増えても、時間と笑顔が減っていく。  誰もが半自給的暮らしへ。その妄想を実現するために、1本ずつ苗を植え続けて20年。多くの人の背中をローカルへと押してきた。小さな波紋が確実に世界に広がっている。 <高坂勝(こうさかまさる) 脱「経済成長」、環境、幸せの融合をローカルから実践。53歳>  ※次回は6月22日


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