連載<平和国家の現在地>③  「これまで買いたたかれてきたのに、手のひらを返したかのようだ」  護衛艦用の船舶機器を納品してきた大阪市の企業幹部は、政府の手厚い対応ぶりに驚きを隠さない。

5月下旬、名古屋市で開かれた防衛装備庁による説明会=中沢穣撮影

◆企業支援の政府説明会、4~7月だけで全国で10回超

 5月下旬、名古屋市の複合施設に入る会議室で、防衛装備庁が、防衛産業を支援する制度の説明会を開いていた。同庁の担当者が、中小企業関係者ら60人余りに向けて繰り返す。「必要な経費を国が直接支払う制度です。一社でも多く利用してもらいたい」。同様の説明会は4~7月だけで全国で10回以上開かれる。  この制度は昨年10月施行の防衛産業強化法に基づく。企業の事業撤退や原材料の調達困難などで防衛品などの生産が難しくなる事態を防ぐため、政府が企業に対し、工作機械の更新や原材料の国産化などに必要な費用を支払う。税金を直接使い、防衛産業を支える仕組みを整えた形だ。2023年度は36件、約99億円が認定され、2024年度はさらに増える見込みだ。

◆「かなりいい」「設備更新したい」

 冒頭の企業幹部は「防衛関係の仕事はやめようと思っていたけど、ホンマに(経費が)出るならかなりいいですね」と話す。大阪ではすでに同様の説明会が終わっていたため、この日は名古屋までわざわざ足を運んだという。  船舶用エンジンの部品を製造する広島県の金属加工業者は「大きな発注があり、現在の設備ではとても対応できない。(防衛産業強化法に基づく)制度を利用してみようかと思う」と関心を示す。航空機の部品を製造する岐阜県の業者も「これまで低迷してきたが、今春から動きが活発になってオーバーフローになりそう。この制度を使って設備を更新し、省力化を進めたい」と語った。

◆撤退や事業譲渡、20年で100社以上…成長見込めず縮小

 手厚い支援の背景には、防衛産業の現状への危機感がある。コマツや横河電機などの大手を含め、防衛関連事業からの撤退や事業譲渡に踏み切った企業は約20年間で100社以上。長年、納入先が自衛隊に限られて成長が見込めず、利益率も低く抑えられてきたためだ。

次期戦闘機のイメージ(防衛省のホームページより)。イギリス・イタリアとの共同開発や輸出解禁が決まり、国内の防衛産業にも期待が高まる

 しかし岸田政権は「防衛産業は防衛力そのもの」と位置付け、防衛産業には追い風が吹く。2022年改定の安全保障関連3文書で、2023年度から5年間の防衛費を43兆円に大幅に増やした。さらに自衛隊が戦闘を継続する能力(継戦能力)を重視し、武器弾薬の補給態勢の確保を急いでいる。

東京・市ケ谷の防衛省と防衛装備庁

 防衛産業は需要増に沸く。三菱重工業は2023年度決算で防衛・宇宙事業の受注高が前年度比で3倍以上の1兆8781億円となった。5月8日の記者会見で小沢寿人最高財務責任者(CFO)は「防衛力強化の方針のもと、複数の大型案件を受注した」と話した。受注したのは、敵の射程圏外から攻撃可能なスタンド・オフ防衛能力に関する案件を含む。防衛費増額が、好調な決算に反映された形だ。

◆防衛産業の強化、実はアメリカの意向

 こうした防衛産業の強化は、米国の戦略にも合致する。米国防総省は今年1月、初の「国家防衛産業戦略」をまとめた。ロシアの侵攻を受けるウクライナへの武器支援を巡って「防衛産業基盤の課題について多くの教訓があった」と言及した上で、同盟国との協力拡大が必要と訴えた。  「米国のグローバルパートナー」(岸田文雄首相)と言い切る日本への期待は大きい。4月の日米首脳会談後の共同声明では、防衛関連の需要を満たすため「(日米)それぞれの産業基盤を活用する」と言及した。

防衛産業の強化を進める岸田文雄首相

 日本での米艦船整備やミサイル共同生産、供給網強化などが話し合いの対象となる。首脳会談の成果に基づき、6月にはさっそく「日米防衛産業協力・取得・維持整備定期協議(DICAS=ダイキャス)」の初会合が開かれた。日本と米国が共同で開発や生産を進める双方向の関係が強まりつつある。  拓殖大の佐藤丙午(へいご)教授(安全保障論)は「米国の防衛産業は労働力不足が指摘されており、生産力不足を補完する役割を日本に求めている」と話す。防衛産業協力は、岸田政権が進める日米安保強化の一環でもある。佐藤教授は「米国の防衛産業と一体となれば、日本企業は利益を確保できるだろう。一方で米国の防衛生産システムの一部に組み込まれるという話であり、米国の防衛政策に大きく影響されることになる」と指摘する。(中沢穣)

 日本の防衛産業 市場規模は約3兆円で、日本の工業生産額全体の1%弱に相当する。「プライム企業」と呼ばれる三菱重工業や川崎重工業、三菱電機、IHIなど大手の下に、部品などを供給する多数の下請け企業が連なる。戦闘機で約1100社、戦車で約1300社、護衛艦は約8300社が関わっているとされる。

   ◇  ◇ 連載<平和国家の現在地>  集団的自衛権の行使を容認する解釈改憲から10年。日米の軍事的一体化で専守防衛は形骸化し、防衛力強化を目的とした自衛隊施設の建設や防衛産業の育成などが進んでいる。「平和国家」を標榜(ひょうぼう)するこの国で何が起きているのか。現場の動きと背景を伝える。
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