現職の小池百合子氏が3選を果たした東京都知事選。当落を目指さない候補が乱立した汚点とともに、都民の安定、継続志向をあらためて印象付けた。東京一極集中で独り勝ちの巨大都市は、自民党派閥裏金事件で高まった「政治不信」をどう受け止めたのか。カオス(混沌)な選挙が生まれた世相とは―。(木原育子、岸本拓也)  都知事選から一夜明けた8日、東京・丸の内。56人が立候補し、「掲示板ジャック」も起きた選挙戦を外国人はどう見たのか。

都庁近くの掲示場に張られたポスター=東京都新宿区で

 英紙ガーディアン東京特派員のジャスティン・マッカリーさん(55)は「支持政党や候補者のポスターを有権者が自分の家の窓に張ることはあるが、日本のような掲示板は英国にはない」と話す。「結局、顔と政党とキャッチフレーズといった印象だけで、候補者を選ぶことにつながる。意味がないのでは」

◆世界各国の選挙で「理解に苦しむことが起きている」

 出張で東京を訪れていたフランス人のマルコ・フィヨルさん(46)は立候補者の多さに度肝を抜かれた。「フランスでも変な人が選挙に出ることはあるが、ここまではない」と話した。都知事選があった7日は、フランス国民議会選挙の決選投票の日。「いまだになぜマクロン大統領が解散したのかさっぱりわからない」と首をすくめつつ、「世界のさまざまな都市で選挙があるが、それぞれでいろいろ理解に苦しむことが起きている」と語った。  一方、ロシア人の女性(48)は「どんな人材だろうと実際に選挙に出ることができるのはいいことでは。ロシアの選挙は、選挙という名前で呼んでいるだけで、作られた選挙。そもそも自由も平等もないのです」と言葉少なだ。

◆「東京をどんな街にしたいか、もっと聞きたかった」

 政策論争もいまひとつ深まらなかった印象だ。「都市のあり方を考える選挙になればと見守っていたが…」と残念がるのは、在日スイス商工会議所のアンドレ・ツィメルマンさん(70)。「外苑の再開発問題の是非を訴えた人はいたが、議論の中心にならなかった。東京は古きものを壊し、何でも新しくしすぎだ。便利さと引き換えに、歴史やアイデンティティーを自ら手放し、味わいのない街に変えている。東京をどんな街にしたいか、もっと聞きたかった」

支援者らとポーズをとる石丸伸二氏=7日、東京都新宿区で

 驚きを持って迎えられた広島県安芸高田市の前市長石丸伸二氏の躍進について、米国出身の放送プロデューサーのデーブ・スペクター氏は「相当顔を売れた。六本木ヒルズの昼間利用者数に相当する人口2万6000人ほどの市の市長が善戦した」と評価する。同時に「単純に蓮舫氏の失敗ともいえる。無所属で出馬し立憲民主党を捨てたように映った。なのに選挙中も笑顔を作り過ぎて違和感を持った人もいたのでは」と分析した。  国際ジャーナリストの春名幹男氏は、小池知事が初当選した2016年の半年後に生まれた米トランプ政権が、対立候補をネットで中傷し続けた点を指摘。「日本でも、ネットの影響が選挙を左右するようになった。候補者の政策を吟味するところまでは進んでいないが、ネット民の支持を得ることが選挙に影響を与えることが示された」とし、こう続ける。  「掲示板は自治体が設置するため、ジャックも公的に認められているように映る。フランスも決選投票で国民が考え直した。決選投票方式も含め、公選法のあり方を抜本的に見直すことが必要だ」

◆歴代の都知事、1995年以降は著名人がずらり

 戦後、直接選挙で選ばれた都知事は、小池氏で9人目。当初は初代知事の安井誠一郎氏や、4期務めた鈴木俊一氏など官僚出身者が主流だった。潮目が変わったのが非自民連立政権の誕生で「55年体制」が崩壊した後の1995年選挙。「無党派ブーム」で、放送作家の青島幸男氏が与野党相乗り候補を破った。

花束を振る初登庁の青島幸男都知事=1995年4月、東京・西新宿の都庁で

 その後は、芥川賞作家の石原慎太郎氏や、作家の猪瀬直樹氏、国際政治学者の舛添要一氏といった著名人の当選が目立つように。小池氏を含め、都知事選は知名度が鍵を握る「人気投票」の様相を呈し、国政政党の支援の有無が必ずしも勝利に結び付かなくなった。  政治ジャーナリストの泉宏氏は「いまや有権者の半数に迫る巨大な無党派層がいる都知事選は、ほかの選挙と全く違う。ほんの少しの風で、得票が100万変わることもある」と話す。  「一口に東京と言っても、離島から郊外、都心部で有権者の関心は異なる。国政の対立の構図を都政に持ち込んでも、リンクするときと、しないときがある。今回、蓮舫氏は保革対決にしたが、保守でも革新でもなく既成政党は全部駄目だと訴えた石丸氏が批判票の受け皿になった。都知事選ならではの怖さだ」

2007年の都知事選で当選を確実にし、万歳して喜ぶ石原慎太郎氏=東京都港区で

◆豊かさゆえに「現状維持」を選択か

 東京の特殊性はそれだけではない。千葉県在住の文筆家・古谷経衡氏は、東京の「豊かさ」が、多くの有権者に現状維持を選択させたとみる。「日本全体が相対的に貧しくなっている中で、東京には今も人口が流入し、平均収入も多い。東京に住んで働くと、人口減少や少子高齢化、地方財政といった問題は結局、人ごと。現職を交代させようという危機感は生まれない」  企業からの法人事業税など税収も潤沢。子育て支援策などで思い切った政策も打て、さらに東京一極集中を加速させる。小池氏らが打ち出した保育園の第1子無償化の公約について、地方からは「悔しいけど、後追いはできない」(栃木県の福田富一知事)といった怨嗟(えんさ)の声も上がったが、広がる地方との格差は大きな争点にならなかった。  「都知事選で、東京から出ていこうとは言いにくい。例えば、文化庁が京都に移転したが、さらに重要な官公庁の地方移転を進めて、東京への一極集中を少しでも是正することが必要だ」と古谷氏は指摘する。

◆注目を集めれば経済的利益、選挙が稼ぎ場に

 過激な選挙ポスターなど問題行為も目立った選挙戦。注目を集めれば、SNSでの広告収入といった経済的利益につながる「アテンションエコノミー(関心経済)」が選挙にも広がり、注目度の高い都知事選は格好の標的に。国民民主党の玉木雄一郎代表は「『選挙エコノミー』みたいなものが生まれている」と問題視する。  自民党派閥の政治資金パーティーを巡る裏金事件はどう影響したのか。既存政党への不信感は、政党の支援を受けない石丸氏が次点に入ったことに表れた。一方、自民党は、同時に行われた都議補選で2勝6敗と負け越した。だが小池氏は自民党の支援は受けつつも、幹部と一緒に街頭演説しない「ステルス戦略」で、自民批判が自らに向くのをかわした。公務を理由に街頭演説や公開討論などへの参加も控え気味だった。

◆現職が争点から逃げた選挙…政治不信を増幅

 淑徳大客員教授の金子勝氏は、こうした戦略が政治への不信や無力感を増幅すると批判する。「徹底的に議論を避け、都民には候補者の政策的な対立点がよく見えない選挙になった。青島氏が当選したときでさえ、『世界都市博をやめる』というシングルイシューではあったが、争点はあった。現職が争点や議論から逃げる選挙を許したメディアの責任を含め、反省が必要だ」

◆デスクメモ

 満員電車はなくならない。マンションはどんどん建つ。カフェは満席。観光客も続々—。人が増え続けている実感を多くの都民は感じているだろう。活力の源泉である一方、過密都市の地震災害の危険が叫ばれ、訓練が繰り返される。アクセルとブレーキを同時に踏むような苦しさだ。(本) 

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