厚生年金に加入する会社員などが死亡した際に20代~50代の配偶者が受け取る「遺族厚生年金」を巡り、厚生労働省が見直し案を示した。子どもがいない場合に女性の側に手厚い現行の給付を見直し、男女とも5年間の有期給付とするものだが、不安の声も広がる。20年間かけて段階的に改正するとしたが、制度の男女差をなくしていくのなら、男女の賃金格差の是正など社会の変革も必要だ。(木原育子、森本智之)

◆部会の委員は「申し分ない内容」「制度のアップデートを」

 7月30日、社会保障審議会の年金部会。厚労省が示した遺族年金制度の見直し案について、委員からは「申し分ない内容」「男女差がある制度はアップデートが必要」とおおかた賛同が示された。同性パートナーを「事実上婚姻関係と同様」とした今年3月の最高裁判決を踏まえ、検討を求める声もあった。  どう変わるのか。遺族年金には子どもがいることが前提の「遺族基礎年金」もあるが、今回見直しの対象となったのは、配偶者と死別した60歳未満の男女のうち、18歳未満の子どもがいないケースで受け取る「遺族厚生年金」だ。

遺族厚生年金の見直し案が示された厚生労働省社会保障審議会年金部会=7月30日、東京都内で

◆現行の想定「家計の担い手は男性」の前提

 男性が家計の主な担い手と想定された現行制度では、会社員などの夫を亡くした妻が30歳未満の場合は5年間だけ支給され、30歳以上は夫が支払ってきた年金に基づく老齢厚生年金の4分の3を生涯受給できる。一方で、夫は、妻の死亡時に55歳以上でないと受け取れない仕組み。2022年度末の受給者数は夫が約9万4000人に対し妻は560万人近くと、圧倒的に女性の制度利用が多かった。

◆背景に共働き世帯の増加→「男女差をなくす」

 そんな中、共働きが増え、専業主婦も減ったとして浮上したのが見直し案だ。男女差をなくすため、共に5年間の有期給付とするのが主眼で、男性は60歳未満の全員が一律で5年間の受給対象になるとした。  女性の場合は有期の給付対象をまず現在の30歳未満から40歳未満に引き上げ、その後20年かけて60歳未満まで段階的に上げる。このため、実質的に今回の案が影響するのは40歳未満とされた。夫の死亡時に40~64歳の妻に支給される61万2000円(24年度)の中高齢寡婦加算も廃止の方針だ。

社会保障審議会年金部会に提出された、遺族年金制度の見直しをめぐる資料

 確かに女性の就業率は向上している。制度が創設された1985年、出産・育児期にあたる30~34歳女性の就業率は50%だったが、2020年は80%を超えた。23年の男女の賃金格差も40歳未満ではおおむね80%の範囲に収まるという。厚労省の関森勝・年金制度調整専門官は「若い世代ほど男女差は縮まる。実情に合わせ、制度上も整えていく必要がある」と強調する。

◆「夫に先立たれたら終わり」

 ただ、見直しの方針が報じられると、たちまち国民の間に不安の声が広がった。X(旧ツイッター)では「専業主婦は旦那に先立たれたら終わり」「国民への給付を減らしたいだけ」などと批判が吹き荒れた。  年金部会で年内に議論をまとめ、関連法案を国会に提出するが、部会では複数の委員が「大変多くの国民からの関心や懸念が寄せられている。改正案の意図をしっかり説明する必要があるのではないか」などと言及。厚労省の担当者は「心配される方もいると聞くが、現行の受給者の打ち切りはしない」「丁寧に説明を尽くす」と述べた。

社会保障審議会年金部会に提出された見直し案では、遺族厚生年金の給付対象を狭める考え方が示された

◆夫が闘病中、子は大学生「どうしたら…」

 遺族厚生年金の給付期間を5年に限定する代わりに、金額を現行よりも引き上げるなど3項目の「配慮措置」を検討することも公表し、国民に理解を求める姿勢を示した。  複雑なのは、子どもが18歳以上になった場合も制度上は「子どもがいない」とみなされ、今回の見直し対象となることだ。がん闘病中の夫を持つ妻は「ニュースを聞いて、不安で胸が締め付けられた。大学生の子どももおり、今から一番お金がかかる。どうしたらいいのか」と混乱する。別のシングルマザーの女性は「子育て罰を感じる。今後、お金は必要になるが、雇ってもらえず困っている」と就労の困難をこぼした。

◆「低い方に合わせるやり方」

 配偶者を亡くしたひとり親が集う「エミナル」を運営する一般社団法人「ひとり親支援協会」が20年に行った試算では、17歳の子どもがいる39歳の親がパートナーと死別した場合、女性は2395万円を受け取れる一方、男性は137万円しか得られない。  今回の案で男性にとっては対象が広がったわけだが、代表理事の今井智洋さん(37)は「確かに遺族厚生年金の男女差は長年課題だった。ただ、それは低い方に合わせるのではなく、女性に手厚い制度に、男性側も加えてほしいとの要望だった」と首をひねる。パートナーを亡くせば、性別に関わりなく精神的に落ち込み、生活も一変する。「男女平等という名目で公的支援を削ったということに過ぎない」と訴えた。

◆自力が前提…でも女性の賃金、40代後半は男性の71%

 厚労省はこれまで、遺族厚生年金の受給対象として専業主婦を想定してきた。夫と死別しても1人で生計を立てることは困難だから、年金で生活を保障するという発想だ。それが働く女性の増加などを踏まえ、当座の「生活を再建することを目的」とした一時的な支援とあらためた。夫が亡くなった後は、自力で生活することが前提となる。  一方、以前と比べて縮小したとはいえ、男女の賃金格差は残っている。厚労省の資料によると、23年の30代前半の女性の賃金は男性の約86%、30代後半は約80%、40代前半は74%、40代後半は71%になっている。  制度の男女差を是正するならば、こうした賃金格差も解消されていないとおかしいのではないか。部会後に「こちら特報部」が尋ねると、厚労省の若林健吾年金課長は「たまごが先か、ニワトリが先かではないが」と前置きしつつ、「男女の就労環境や賃金格差を見極めてから制度を見直すべきだという指摘もあるが、制度の将来像を示した上で、時間をかけて改正にしっかり臨む考え方もある」と述べた。

◆「防衛費増の中、年金予算削減が目的か」

厚生労働省

 竹信三恵子・和光大名誉教授(労働社会学)は「社会保障は実際に生じている格差に合わせて設計される。その格差が是正されていないのになくすのはおかしい」と批判する。  「夫が亡くなって30歳以上は今度から自分でなんとかしてくださいね、と言われてもこの年代で働いている女性はパートなど非正規が多い。そもそも求人も非正規が多く、自立は難しいだろう。女性がまともな給料をもらえる労働市場をつくり格差を埋めるのが先で、順序が逆だ」と指摘。「なぜ今の状況で見直すのか。生活予算を削って防衛費を増やす流れが続いているが、その一環で、年金予算の削減が目的ではないのか」といぶかる。

◆「社会が変わるきっかけに」

 岩田正美日本女子大名誉教授(社会福祉学)は「所得保証をするこの年金が女性の社会進出を阻害してきた面もある。社会が変わるきっかけにすべきだ」と今回の制度見直しの動きを受け止める。一方で、男女の賃金格差は依然として大きく、男女が同じように働いて生活できる社会へと変わっていく過渡期にあるとみる。「現実に、この年金が夫に死なれた妻の生活を支えてきた。中年期以降では5年の間に十分な賃金を得るような仕事につくのは難しいだろう。それをどう解決していくのかを示さないと、納得できない人も少なくないと思う」と問題提起した。

◆デスクメモ

 遺族年金の男女差を「是正」する―。今回「はて?」と違和感をもったのはこの一報だ。制度が女性に手厚いのは女性の就労の困難の裏返しであり、私の同世代の多くも子育てしながら非正規で働いている。立場の違いで分断されず、残された家族に必要な給付が届く制度を求めたい。(恭) 

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