「人権問題に毅然(きぜん)として対応する」。岸田文雄氏は2021年9月の自民党総裁選で人権に特化した首相補佐官の新設を公約し、組閣にあたって中谷元・元防衛相を据えた。約3年の岸田政権の評価はさまざまだ。しかしこの人権担当の首相補佐官問題は、国際的に日本のイメージを損ねた一つではないか。

首相肝いりのポストではあったが、23年9月の内閣改造時に、わずか2年で姿を消したのだ。賃金・雇用担当が新設され、国民民主党元副代表でパナソニックの女性社員が鳴り物入りで任命されたことで、補佐官5名の枠からはじき出されたともいわれた。

中谷氏は時事通信の取材に、(1)強制労働など企業の人権侵害を防ぐ行動計画策定(2)難民受け入れなど国内制度の検討──の2テーマで省庁横断会議を立ち上げた点を2年間の成果として挙げている。

確かに国会議員が先頭に立つことで、前進した部分はあったろう。しかし「人権」を冠した補佐官ポストをなくすことにより、国際社会に誤ったシグナルを発信してしまったマイナスの方が、はるかに大きかったと思う。

国際機関を取材していて、世界のスタンダードと日本の常識とのギャップを感じるのは、人権に対する意識である。1990年代に担当していた国連欧州本部では、日本の「代用監獄制度」が毎年のように批判を浴びていた。

恥を承知で告白すれば、駆け出しの事件記者時代、被疑者が警察署の留置場に収容され、取り調べを受けていることに何ら疑問を覚えなかった。留置場を「代用監獄」とすることは、連日に及ぶ長時間の取り調べなど、自白強要の違法な取り調べの温床となり得る側面があることなど、規約人権委員会での議論を取材して初めて知った。日本の常識は国際基準からかなりずれていると悟らされた。

人権に関して国際スタンダードなのに、日本には未だ創設されていない組織に「国内人権機関」がある。政府から独立して学者、弁護士、NGOらで構成し、国内の人権侵害の調査・救済、政府や国会への提言、人権教育などを担う独立機関である。「国内人権機関世界連盟」加盟国は既に118カ国に達するが、日本は未加盟だ。2003年の国会に、設立に向けた人権擁護法案が提出されたが、成立しないままで一般には名前さえ知られていない。

日本に国内人権機関が存在していれば、名古屋入管におけるスリランカ女性収容者の死亡問題や、旧ジャニーズ事務所における少年たちへの性加害問題、さらには旧優生保護法下での強制不妊手術の問題などは全く違った展開になっていたはずだ。

「人権」は現代社会を生きるうえでのキーワードだ。日本の人権状況に注がれる国際社会の視線は、われわれが考える以上に厳しいものがあると感じる。人権に関してちぐはぐなメッセージを発した現政権の轍(てつ)を踏まず、ポスト岸田を目指す政治指導者は、国際基準とのギャップを埋める努力をしてほしい。

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