自民党総裁選で党の有力者の一人、麻生太郎副総裁が河野太郎デジタル相を支持すると明らかにした。その河野氏といえば、金看板だった脱原発を棚上げし、派閥や裏金問題を巡る甘さも鮮明になった。かつての異端児はどこへやら、浮かぶのは「いつもの自民っぽさ」。そうまでする同氏、そうさせる党って何なのか。「自民化する河野氏」が意味するものを考えた。(中川紘希、山田雄之)

◆「原発ゼロ」派だったのにどんどん推進派寄りに

記者会見で自民党総裁選への立候補を表明する河野デジタル相(佐藤哲紀撮影)

 「同じ釜の飯を食って育ってきた河野太郎を同志として応援したい」  27日に横浜市内であった麻生派の研修会。派閥を率いる麻生氏はそう述べ、同派の河野氏を支持する方針を明らかにした。ただ「縛り上げるつもりはない」とも述べており、一本化までは求めなかった。  3度目の総裁選挑戦となる河野氏。前日の26日にあった出馬会見で問われたのは原発への姿勢だった。  2011年の東京電力福島第1原発事故後、超党派の議員連盟「原発ゼロの会」(現在は「原発ゼロ・再エネ100の会」)の設立発起人となり、共同代表に就任。しかし21年9月の前回総裁選前には「再稼働が現実的」と発言していた。

「原発ゼロの会」で記者会見する河野氏(中)。当時は脱原発の急先鋒だった

 今回の出馬会見でも「データセンターとAIなどの需要で電力需要はかなり跳ね上がる」として「(原発の)リプレース(建て替え)も選択肢」と口にした。

◆「エネルギー政策の信念より、政局を優先させた」のでは

 疑問を投げかけたのが、新潟国際情報大の佐々木寛教授(政治学)。電力需要予測は人口減や省エネの技術革新でも上下するとし「論理の飛躍がある」と指摘。「脱原発と直接言わなくても『将来的に再生エネルギーの100%を目指す』などと主張できる。それも出てこないのは腰砕けではないか」と訴える。  その河野氏が脱原発を棚上げするのは、自民で主流派を占める原発推進議員の支持を得るための迎合と捉え「国の骨格をなすエネルギー政策の信念より、政局を優先させた」と嘆く。

◆「派閥」にも甘い姿勢を隠さず

 会見で問われたのは派閥のあり方もだった。

河野太郎氏が籍を置く派閥のトップ麻生太郎氏=8月2日、佐藤哲紀撮影

 河野氏が籍を置く麻生派は派閥解散を見送った。そんな中で同氏は「政治資金パーティーはやらないということになり、この問題はなくなってきた。党の指針で派閥による人事はやらないということになっている。指針が守られるところをみんなで確認することが大事」と述べる程度だった。  学習院大の野中尚人教授(政治学)は派閥の問題に厳しい目を向ける。  「内向きのロジックが強く、国民に対する説明責任を果たさない。派閥政治そのものの自民党政治は、結局意思決定のプロセスを隠し、国会で議論せず、文書の破棄までする」と語り、「個々の議員も派閥に忠誠を誓えば能力がなくてもポストが得られる。国民が何を求めているかを考えない」と批判する。  それでも派閥に甘い姿勢を取る河野氏について「唯一派閥として残る麻生派に頼ろうとしている」とみる。ただ「極めて中途半端な戦略。派閥改革で徹底的に踏み込むような対応が必要だったはず。うまくいかないだろう」と話す。

◆「裏金返金案」も安倍派議員への助け舟にすぎないのか

自民党代議士会に臨む(左から)茂木幹事長、麻生副総裁、岸田首相

 会見では裏金問題についても問われた。河野氏は「不記載と同じ金額を返還していただくことでけじめとする」と述べ、けじめをつけた議員は次期衆院選で公認する意向を示した。  神戸学院大の上脇博之教授(憲法学)は「目新しさのある主張で自身の存在感を出しつつ、安倍派の議員に助け舟を出そうとしているのでは」と河野氏の思惑を読み解く。  「河野氏は裏金問題を解決し、国民の信頼を本気で得ようとしていない」  そう語る上脇氏は、河野氏が先の国会で政治資金規正法が改正される前に具体的な改革案を示さなかったと振り返る。  「多数派に押し切られ、却下された案を総裁選でもう一度掲げるなら理解できる」としつつ「今になって唐突に何か主張されてもあきれるばかりだ」と話す。  河野氏の発言には安倍派から反発の声が出ているが「裏金を防ぐための法改正をしなかった党。対立は茶番で論評に値しない」と一蹴した。

◆前回総裁選では決選投票には進んだが、「議員票」が伸び悩む

 では、河野氏が置かれた立場はどうなのか。  前回総裁選では、1回目の投票で1票差の2位に。決選投票で現首相の岸田文雄氏に敗れた。敗因は議員票。そもそも1回目の投票で岸田氏に加え、高市早苗氏にも後塵(こうじん)を拝していた。

前回の総裁選を終え、手を取り合う岸田文雄氏(中)ら

 最近は国民の目も厳しくなっている。  共同通信社の今月17〜19日の世論調査によると、次の総裁にふさわしいのは石破茂氏が25.3%でトップ。小泉進次郎氏、高市氏に続き、河野氏は9.7%の4位。前回総裁選前の調査では31.9%でトップに位置していた。  政治ジャーナリストの泉宏氏は「デジタル相としてマイナ保険証の相次ぐトラブルへの対応も強引で、世間の批判の表れだろう」と人気低下を分析。今回の総裁選に関しては「現状では、惜しかった前回よりも逆風の中での戦いになる」と断言する。

◆なぜ迎合する? 権力のイスに座るには…

 当の河野氏は「いつもの自民っぽさ」や「各所への迎合」が強くにじむ。  単に「集票」というだけではなく、「61歳とまだ若く、次回、次々回の総裁選への出馬も視野に入っている。将来を見据えると、ひどい負け方はできない」と泉氏は推察し、麻生氏への迎合は「麻生派を離れたら、そもそもの推薦人が集まらないだろう」とみる。  ただ迎合と批判されるべきは、河野氏に限らない。  19日にあった小林鷹之氏の出馬会見には、裏金問題の「震源地」と目される安倍派から11人が同席。小林氏は「正式処分をされていない議員は、適材適所の人事を行うことが大切」と述べ、安倍派の役職起用の再開にも言及した。

自民党本部=東京・永田町で、本社ヘリ「あさづる」から

 石破氏は24日の出馬会見で「(裏金議員が)公認にふさわしいかどうかの議論は徹底的に行われるべきだ」と打ち出したが、翌25日には「新体制で決めること」と軌道修正した。  政治ジャーナリストの野上忠興氏は「権力闘争は結局、数の勝負。過激な発言で票が得られないのはまずいと打算が働く」と語り、「みんな同じ穴のムジナだ」と突き放す。

◆「総裁になる過程で、独自の主張は封じ込められる」自民党

 重要な課題で本来の主張を後退させてまでトップを目指す政治家はどうか。  野上氏は「岸田氏が典型例。トップに立ちたい、人事などの権力を握りたいだけで、自らの主張を後退させた」と解説する。改憲に慎重な宏池会を率いたが、保守派の歓心を買うためか、今月には自衛隊明記に関する論点整理を指示した。誰かの顔色をうかがうばかりになれば、政策のブレや利益誘導が生じかねない。  野上氏は「国民の信頼回復なんて、本当は議員の頭の中にはない。誰が総裁になろうが、国民の自民党離れは加速する」と見通す。  中央大の山崎望教授(政治理論)は自民党の体質に疑問を投げかける。総裁選に出馬表明した議員たちの姿勢に触れ「総裁になろうとする過程で、古い自民党にすがらなければならず、独自の主張は封じ込められて自民化していく。誰が総裁になっても刷新は難しい。党内の自浄能力が乏しい表れだ」と訴える。

◆デスクメモ

 河野氏には落胆する。脱原発の訴えは何だったのか。事故が起こればどれだけの苦悩をもたらすか、目の当たりにしなかったか。何を差し置いても総裁の座が大切か。ただこちらにも非が。彼は自民党議員。結局は党の呪縛から逃れられない。期待する政治家はきちんと選ばねば。(榊) 

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