海上自衛隊の潜水艦の修理を巡り、接待疑惑の舞台となった川崎重工業の神戸工場。 潜水艦の乗組員だった海自OBはかつて、ある下請け企業の社員が「川崎重工業」のヘルメットをかぶって修理作業をするのを見た。 下請け企業でなければ分解できない部品もあり、作業は会社の垣根を越えて進んだという。「川重のような元請けの大企業だけでは防衛産業は成り立たない。下請け、孫請け企業が生命線だ」
◆防衛特需の恩恵は大企業から下請けまで
中小企業の防衛産業への参入を促すため今年1月に防衛装備庁が開いた企業展の参加者ら=東京都新宿区で
防衛産業は今、防衛費増額を追い風に特需に沸いている。 2023年度、防衛装備品の契約額トップの三菱重工は1.6兆円と前年比4.5倍増、ナンバー2の川崎重工も3886億円と前年度から倍増した。 防衛装備品には、部品メーカーまで含めると戦闘機で1100社、戦車で1300社、護衛艦で8300社が関わる。特需の恩恵は、川重のような「プライム企業」と呼ばれる大企業だけでなく下請け企業にまで及んでいる。◆同じような部品でも「もうけは民間向けの倍以上」
自衛隊の戦車や航空機、潜水艦向けに部品を納めている関東地方のメーカー役員の男性は、「10年ほど前は自衛隊関連の仕事が少なくなって大変だった。防衛予算が増額されてから、見積もりが高めでも通るようになった」と話す。 このメーカーの場合、同じような部品でも防衛装備向けは民間よりも高い単価で卸している。利益率は30%に達し、民間向けの倍以上のもうけがあるという。◆取扱業者限られ、市場原理が働きにくく
防衛装備品は特注品で厳しい品質管理も求められる。取り扱う業者も限られ、市場原理が働きにくい。メーカーの役員は「民間向けよりも強気で価格交渉ができる」と打ち明ける。 戦車のエンジン部品を製造する関東地方の別メーカーの男性幹部も、「少数の調達品向けに毎回、特注の部品を製造する。スケールメリットが働かない分、販売価格は高くしている」と言う。◆部品調達の価格算出に防衛省は介在せず
防衛装備品の価格は、主に「原価計算方式」という方法で算出する。下請けから仕入れる部品代や人件費など元請け企業が積み上げた製造原価に、防衛省側が一定の利益を上乗せする。 防衛装備品は市場価格が存在しない上に、下請けからの部品調達には防衛省側が介在しない。結果として、全体の価格がブラックボックスとなっている。◆「実効的なコスト管理ない」財務省指摘
財務省の2021年の調査によると、三菱重工業や川重の航空機やヘリコプターでは、国産部品価格が約10年間で最大3倍に高騰していた。財務省は「(部品の調達は)プライム企業任せとなり、実効的なコスト管理がなされていない可能性がある」と指摘する。 過去には、受注企業が原価を水増し請求する不正もたびたび起きている。三菱電機が2001~11年で計495億円、島津製作所が08~12年で計216億円の返還を求められた。◆企業の撤退相次ぎ、防衛省は利益率をアップ
近年、防衛産業から撤退する企業が相次いだため、防衛省は2023年10月、原価計算に用いる企業の利益率を変更。防衛予算の増額を背景に、従来の8%程度から最大15%にまで引き上げた。 ただし、装備品のコスト管理を巡る課題は積み残されたままだ。 直後に開かれた財政制度等審議会(財務相の諮問機関)では、委員から防衛省側に対し、原価チェックの徹底を求める意見が上がった。 防衛調達に詳しいジャーナリストの清谷信一氏は「今の原価計算はいい加減で、利益率の引き上げは競争力の低いメーカーを食わせるためだけのバラマキでしかない。予算の使い方としては最悪だ」と批判する。今年5月下旬、防衛装備庁が企業向けに開いた支援金制度の説明会=名古屋市で
◆「接待しても、余りあるほどもうかる仕事」証明
川重の接待疑惑では、下請けとの架空取引で作った裏金をプールし、海自の乗組員への接待の原資に充てたとされる。過払いの有無についても防衛省は調査を進めている。 「潜水艦修理の予算額は妥当だったのか」。軍事評論家の前田哲男氏は、防衛省に請求する費用に接待費が上乗せさせていないか、疑いの目を向ける。 「確かなことは、潜水艦事業は予算権限もない乗組員を接待しても余りあるほどもうかる仕事だったということだ。官民のなれ合い、もたれ合いの極みじゃないか」 ◇ <連載:防衛特需の裏で 43兆円の行方>8月30日に公表された防衛省の2025年度予算案の概算要求額は、過去最大の8兆5千億円に達した。川重による接待疑惑は、防衛特需に沸く裏で官民が癒着を深め、不正へと発展しかねない危うさを突き付ける。私たちの税金は適切に執行されているのか。43兆円へと肥大化する防衛費を6回にわたって検証する。(この連載は加藤豊大が担当します)
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