12日の告示に向けて活気づく自民党総裁選。ただ顔ぶれをみれば出馬表明した8人のうち5人は、親などが国会議員の世襲議員。小泉進次郎氏が記者会見で「改革」を56回連呼し、元首相の父をほうふつとさせたことが話題だが、地盤のみならず人脈や非課税の政治資金といった特権を引き継ぎながら、国民の期待に応える政治改革はできるのか。(中川紘希、木原育子)

自民党総裁選への立候補を表明し記者会見する小泉進次郎元環境相=6日、東京都千代田区で(中村千春撮影)

◆「純一郎氏にあやかる狙い」

 小泉進次郎氏が6日に行った総裁選の出馬会見。注目されたのは、父・純一郎元首相が好んで使った「聖域なき改革」「三位一体」というフレーズの踏襲だ。  もっとも改革の中身は、ライドシェア全面解禁や解雇規制の見直しなど。三位一体も政治資金の透明化や党・国会改革を指し、地方への税源移譲を表した純一郎氏の訴えとは異なる。  政治ジャーナリストの安積明子氏は「純一郎氏にあやかろうとする狙いがあったのではないか。端的な言葉で言い切る姿勢も、父親を意識していた。ただ独自性はなく、国民生活に身近な政策でもないので、聞く人にわくわく感を抱かせられなかった」とみる。

自民党総裁選への立候補を表明し、記者会見する小泉進次郎元環境相=6日、東京都千代田区で(中村千春撮影)

◆地元で「親ばかをご容赦」

 記者からは「世襲が日本のダイナミズム(活力)を失わせている。改革できるのか」との質問も。進次郎氏は「(初当選した)15年前から言われてきた指摘だ。退路を断つ覚悟を示すため、重複立候補せず公明党の推薦も受けずにやってきた」と応じ、組織に頼らない選挙をしてきたとアピール。「世襲で批判された時期もあれば、持ち上げられた時期もある。ずっと続くだろう」とも述べた。  「世襲の批判を受け止めまい進する」という進次郎氏だが、その恩恵は受けてきた。2008年に政界引退を表明した純一郎氏は、「親ばかをご容赦」と地元・神奈川県横須賀市の講演会で述べて、進次郎氏を後継者として指名。衆院神奈川11区の地盤を譲った。  純一郎氏が代表を務めた「東泉会」の同年分の政治資金収支報告書によると、東泉会は進次郎氏の資金管理団体「泉進会」と「小泉進次郎同志会」に計400万円を寄付している。政治団体の寄付は非課税で、当時の報道で「資金も世襲」と批判された。

◆石破氏、河野氏、林氏、加藤氏も…

 2009年の衆院選で進次郎氏は28歳の若さで初当選。その後は8割前後の得票率と、他候補を寄せ付けない圧倒的な強さを誇り、環境相などを経て現在5期目だ。

河野太郎氏㊧と石破茂氏(佐藤哲紀撮影)

 選挙の強さを背景に、今回の総裁選に出馬を表明している世襲議員は、進次郎氏だけではない。石破茂氏、河野太郎氏、林芳正氏も国会議員の父から地盤を引き継いだ。加藤勝信氏は妻の父、出馬に意欲を示す野田聖子氏は祖父が国会議員。2001年以降の自民の首相を見ても、菅義偉氏を除き、純一郎氏、安倍晋三氏、福田康夫氏、麻生太郎氏、岸田文雄氏はいずれも世襲議員だ。

加藤勝信氏㊧と林芳正氏(佐藤哲紀撮影)

 なぜこんなに多いのか。  岩井奉信日本大名誉教授(政治学)は「世襲議員は資金と組織を引き継ぎ知名度もあって当選しやすい。地元の支援者回りに時間をさかなくていいので、政策などで党の中で存在感を出せ、出世レースにも有利。その積み重ねが、今の総裁選の顔ぶれになっている」としてこう批判する。「勝ちやすい世襲議員が候補者に選ばれ、個人の能力や適性は二の次になる。議員の多様性がなくなり、あまり健全とはいえない」

◆「岸田3世から小泉4世になっていくわけですよね」

 自民党総裁選の顔ぶれの華やかな家系や経歴を「金魚」に見立てて、「金魚たちに立ち向かっていく『どじょう』でありたい」と対抗心をあらわにしたのは、立憲民主党代表選に立候補した野田佳彦氏だ。  7日の討論会でも、総裁選で有力視される小泉進次郎氏について「岸田3世から小泉4世になっていくわけですよね」と皮肉たっぷり。国会議員が自身の親族に政治団体や資金を引き継ぐことを禁じる、立民の世襲制限案をアピールした。  世襲や優遇の問題は岸田政権でもたびたび浮上してきた。昨年4月の衆院山口2区補選で、岸信夫元防衛相の後継者として出馬した長男の信千世氏は、公式サイトに華麗なる家系図を載せ、ひんしゅくを買った。

岸田首相(左)と首相官邸に入る長男の翔太郎氏。政務担当秘書官をのちに更迭された=2023年5月11日、東京・永田町で(朝倉豊撮影)

 岸田首相の長男で首相秘書官だった翔太郎氏も訪欧の際、公用車で名所巡りや土産購入をしていたことが発覚。首相公邸に親族を招いた忘年会で記念撮影する公私混同の不適切行為も分かり、昨年6月に更迭された。

◆与党に返り咲いたとたん、うやむやに

 もっとも自民党でも「世襲制限」が議論された時期はある。野党に転落した2009年衆院選を前に、配偶者や3親等内の親族は、同一選挙区で公認しないといった内容だったが、党改革実行本部の最終報告では公募手続きを経れば公認に道を残すなどした。政治アナリストの伊藤惇夫氏は「自民が与党に返り咲いたとたん、うやむやになった」と振り返る。  1993年の政治改革で導入した小選挙区制の狙いは「政党中心の政治」「二大政党による政権交代可能な政治構造」。手本にした英国のように、政党が候補者の選挙区を決めれば世襲はなくなるはずだったが、結果的に政党は強力な権限を持たず「小選挙区で当選し続けた議員は、その選挙区の『殿』になる。そして『殿』の後には『若殿』を、と逆に世襲の流れが強くなってしまった」と伊藤氏は嘆く。  その英国は、貴族議員の1割を占める世襲貴族議員を排除する貴族院(上院)の改革を進めている。早稲田大の高安健将教授(比較政治)は「日本の比喩的な世襲と違い、英国の世襲貴族議員は、中世からの爵位の身分を指す。保守党政権では議題にもならなかったが、労働党政権になって機運が高まった」と語る。

投票箱に一票を投じる(資料写真)

◆選挙制度がアンフェア

 翻って日本を見れば、前回2021年衆院選の自民党の候補者のうち、国会議員を親族が受け継ぐ「世襲」候補は3割を占める。「たまたま親も政治家だったという偶然とは懸け離れた状況。知った名前だと親近感があるのかもしれないが、世襲も含め選挙制度が圧倒的に現職有利になっているのはアンフェアで、根源的な問題」と話す。  元農林水産省の官僚で、キヤノングローバル戦略研究所の山下一仁研究主幹は「親が農家だと農業をしなくても相続で農地を取得できる。非農家出身者は農業をやりたくても農地を取得しにくいのと似ている」と例える。「米国のように各党の候補者選びに予備選挙を導入してはどうか。公募制と異なり透明性も高まる。議員も必死で政策を勉強し、質も上がる」と提案する。

◆台湾では世襲がネガティブ

 立命館大の山本圭准教授(政治思想)は「世襲の多さは、選挙においていかにフェアな競争が阻害されているかを物語る。台湾のように世襲がネガティブな印象で不利な所もあると聞くが、日本は世襲の方が名門のブランド感や安心感を生み出す。厳しい目でみるよう、有権者自身が問われている」と指摘する。  前出の岩井氏は「選挙区が、政治家個人の財産のようになっていることが問題だ」とみる。政党が候補者の出身地などではなく能力に応じて選挙区を選び、資金も平等に交付する仕組みに変える必要があるという。「政治資金の引き継ぎを規制するという意見もあるが、抜け道は出てくる。政治家と選挙区を分離することが根本的な解決になるのでは」と述べた。

◆デスクメモ

 2009年衆院選。横須賀を歩いた特報部ルポでも「あれだけ改革を叫んでいた純一郎さんが後を継がせるのは旧態依然」と市民は批判していた。小泉家の世襲は4代で116年。職業選択の自由はあるが世襲に固く守られたいすに座れず泣く人もいる。チャンスは平等であるべきだ。(恭) 

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