厳しさを増す東アジアの安全保障環境や米中対立が続く状況下で、石破氏は対米・対韓重視の岸田外交を基本的に踏襲するが、インド太平洋戦略では、アジア版NATO(北大西洋条約機構)創設や日米地位協定見直しなど独自のアプローチを加味する。
何事も「そもそも論」「こうあるべき論」が思考回路に組み込まれた石破氏は、原理主義的傾向が強い政治家。今後、根本的な論拠に立ち返る原理思考と、対処すべき現実として立ち現れる状況のはざまで、対米・対中関係の戦略的バランス力が問われる。
アジア版NATOへの野心
外交安保政策に関連して、まず注目されるのは2点。石破氏がかねて提唱していたアジア版NATO構想がその一つだ。
米国が同盟国(日本、韓国、豪州、フィリピン)と個別につながる「ハブ・アンド・スポーク型」安全保障の時代から、米国の力が相対的に低下していく中で米国の同盟国や同志国同士の有機的連携を強化する「ネットワーク型」安全保障への移行の重要性を、石破氏は説いてきた。現存する日米・米韓・米比・ANZUS(米、豪、ニュージーランド)各同盟に加えて、日米韓体制や日米豪印4カ国の協力枠組み「Quad(クアッド)」を同盟の質にまで高めようとする野心的な集団安全保障構想だ。
しかし、言うは易し行うは難し。自身が究極的に想定する集団安全保障(同盟)の中核的概念は「義務」、その意味するところはすなわちアジアの同盟国が攻撃を受けた場合、自動的に「同盟国」と共に戦わなければならない「自動参戦」を指す。
となれば、日本の場合、集団的自衛権を越えたものになるだけに、自衛隊の海外派兵につながり現行法の枠内で収まり切れないとの論点が表面化する。総裁当選当日のインタビューでこの点を詰められた石破氏は、「派兵とかいうのではなく、そのシステムの中でお互いが助け合う義務を負うこと、それがいかに安全保障に寄与するか、それが法的にどうなのかをきちんと詰めていく必要がある」(テレビ朝日「報道ステーション」)と述べるのにとどめ、明言を避けたが、同時に「今回、ウクライナをNATOが助けなかったのは、ウクライナがNATO加盟国でなかったからだ」と強調した。
その言葉の裏には、<自分の国は自分たちで守る><しかし一国で守れない時に備えて同盟を結ぶ><それでだめな時には二国間で守るよりも集団で守る>——「その方が強いに決まっている」との強い思いがある。まずは、国民の覚醒を促す一方で、「今日のウクライナは明日のアジア」と言っているだけの政官界や安保コミュニティーへのいら立ちがあるように見える。
日米地位協定見直しと対米リスク
党総裁選で注目されたもう1点は、日米地位協定の見直し問題。9月17日、石破氏は那覇市の演説会で、自身が防衛庁長官だった2004年、米軍ヘリが沖縄国際大学に墜落した事故に言及、「すべての対応(は米軍が行い)、残骸は米軍が回収していった。これが主権国家なのか」と指摘し、「私は地位協定の見直しに着手する」と表明した。また、新総裁初の記者会見では、「沖縄県連から地位協定見直しの要望が出ている以上、(総裁として)等閑視できない」と述べた上で、力を込めた。
「米国領土に自衛隊の訓練基地を置くことは極めて有効だ」。それはすなわち、軍の前方展開のためではなく、陸上自衛隊、航空自衛隊が米国の広大な基地で訓練すれば練度が上がり、日米同盟の強化に役立つ。結局、その際には「在米自衛隊地位協定」を結ぶ必要性が出て来るため、在日米軍と「同一、対等」の地位協定を結び合うことになる(「文芸春秋」10月号)というわけだ。
石破氏の持論からすれば、日米地位協定は日米安保条約と一体で、突き詰めれば、地位協定の問題は集団的自衛権の問題、憲法の問題になるという。集団的自衛権が全面的に行使できないからこそ、日米安保体制は非対称双務性を是正できず、日米安保条約は非対称的なものとして依然として存在し続ける。だから、在日米軍の規模を縮小したいなら、集団的自衛権の全面的行使を認め、条約を対称的なものとして主張しなければならないと説く。
石破氏は会見の中で、「米側に対して、いつ提起するのか」との記者の質問には「いつまでにということは、今は申し上げる状況にない」と明言を避けた。そこには、決選投票の際、自身に旧岸田派票を入れてもらうのと引き換えに交わした岸田氏との〝密約〟(「地位協定見直しに即着手することはない」)があったため、と言われる。
地位協定見直しを本気でやり切るには、多くの時間と併せて巨大な政治的エネルギーを要する。石破氏が、「真の独立国」にふさわしい「対等の日米安保になるべき」という原理思考に安易に陥り、先を急げば、米側の警戒感は高まることになるだろう。
2008年8月、防衛相の離任式を終え、栄誉礼を受ける石破氏=防衛省(共同)
対中外交―改善基調に戻せるか
新首相にとって喫緊の課題となる対中外交は、さらに危うさが付きまとう。
懸案の一つ、原発処理水に絡めた中国の日本産水産物輸入禁止問題は、段階的な輸入再開に向けて調整を開始することで合意したものの、中国広東省深圳市で日本人男児が刺殺され、日中間には、国民レベルで険悪な空気が流れる。
男児刺殺事件が発生したのは9月18日、満州事変の発端となった旧日本軍による(1931年)の記念日。反日感情が高まりやすい日に無防備の男児が刺殺されたこの事件を、中国側は「捜査中」「偶発的な事件」としてすり抜けようとする意図が明らかに感じられる。
日中関係は昨年11月の岸田首相と習近平国家主席の首脳会談以降、改善基調にあったが、今回の事件が完全に水を差した格好だ。総裁選で石破氏は9月15日、「日本産水産物の禁輸問題での合意とは別物。輸入再開したからウヤムヤにしていいことには全然ならない」(NHK日曜討論)と、言うべきことは言うとの姿勢を鮮明にしたが、中国側は石破氏が8月に台湾を訪問、頼清徳総統と会談したことをも捉えて、石破氏に警戒を強めている。
その石破の訪台中、永田町に衝撃が走った。岸田首相が総裁選への不出馬を表明(8月14日)、ポスト岸田選びが事実上始まると、政治的空隙を突いて中国の軍事的挑発行動は激しさを増した。
日中友好議員連盟の二階俊博会長(元自民党幹事長)が訪中する前日の8月26日、中国軍Y9情報収集機が長崎県男女群島沖上空に飛来、日本領空を初めて侵犯した。次いで、中国が「国恥の日」とする9月18日、中国海軍の空母「遼寧」が初めて日本の接続水域(沖縄県与那国島―西表島間)に進入。同じ日には、北朝鮮が短距離弾道ミサイル数発を発射した事案も確認された。また、中ロ両国の艦艇が日本周辺を共同で航行する動きもあり、9月23日には、ロシア軍哨戒機が北海道礼文島北方で3回にわたり日本領空を侵犯した。
東アジアの安全保障環境は、確実に厳しさを増している。こうした中、外務省は、まず東南アジア諸国連合(ASEAN)関連首脳会議(10月9日~11日、ラオス)への新首相出席に向けて日程調整に入った。同会議には中国の李強首相も出席する予定で、男児刺殺事件以後初めて、日中首脳級の会談が開かれる可能性がある。
さらに新首相は、11月中旬のAPEC(アジア太平洋経済協力会議)リマ首脳会議とG20(20カ国・地域)リオデジャネイロ首脳会議に出席する意向で、その際に習近平との初の日中首脳会談開催を実現したい考えだ。中国側としては、不動産不況を機に経済が停滞した現状において対中不信を取り除き、日本の経済力をなお活用する狙いがある。これに対して、中国対応に筋を通す石破氏がどのように中国と向き合うのか注目される。
秋葉NSS局長の去就も焦点
石破外交は、対米・対韓関係で安定飛行にあった岸田前政権からバトンをスムーズに受け継いだ。しかし、持論の実現に向けて前のめりになり過ぎ、石破氏に原理主義的傾向が出てきた場合には、外務省や防衛省との間で政策をめぐって〝小競り合い〟が起きそうだ。
加えて、解散・総選挙のタイミングやその結末、11月5日投票の米大統領選ではトランプ前大統領の再登場もあり得るなど、国内外には先読みできぬファクターがいくつもある。このため、自身を支える即戦力の陣容を早急に固める必要性が出て来る。例えば、閣僚ポストとしては、外相、防衛相、経済安全保障相に誰を起用するのか、また、安倍、菅、岸田各政権の中枢で外交安保政策の舞台回しを担って政官の接点で無類の調整力を発揮、今や唯一無二の存在とさえ見なされている国家安全保障局(NSS)の秋葉剛男局長の去就なども、今後の石破外交の成否を占うポイントとなる。
【参考文献】石破茂『保守政治家』(講談社)、同『異論正論』(新潮新書)、同『政策至上主義』(新潮新書)
鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。