石破茂内閣が1日、発足した。石破首相は同日夜の記者会見で「ルールを守る政治に」「人権が守られる社会に」と述べた。しかし、ルールや人権という観点から、登用に疑問の声が上がっている閣僚もいる。理念に沿った適材適所の人事がなされているだろうか。(太田理英子、森本智之)

◆パリ五輪めぐる強硬なSNS投稿が再燃

 「人権感覚ゼロ」「これが法相って怖すぎる」。牧原秀樹衆院議員(53)の法相就任が報じられて以来、交流サイト(SNS)では批判や疑問の声が相次ぎ、「#牧原秀樹を落選させよう」とのハッシュタグ(検索目印)を付けた投稿も目立つ。  公式サイトによると、牧原氏は東大法学部在学中に司法試験に合格し、日本、米ニューヨーク州の両方で弁護士登録している。

法相就任が報じられて以来、SNSで批判や義慰問の声が相次ぐ牧原秀樹衆院議員=1日、首相官邸で(平野皓士朗撮影)

 経歴だけなら法相にふさわしそうだが、なぜ適性が疑われるのか。原因は牧原氏が過去に自身のSNSで書き込んだ投稿内容だ。  「選手に誹謗(ひぼう)中傷した人は全員逮捕すべきだ」「支障が出る場合は法律も変えていきたい」。パリ五輪の出場選手への誹謗中傷が問題になっていた8月、こんな強硬な意見を投稿した。

◆嫌いなものは「対案なき悪口と批判」

 公式サイトでは嫌いなものに「対案なき悪口と批判」を挙げ、これまでも複数人が死亡したあおり運転事件で「死刑でもやむを得ないくらい」と投稿するなど、しばしば激しい処罰感情をあらわにしてきたが—。  「弁護士資格をかざす政治家としてあるまじき発言」と話すのは、甲南大の渡辺修名誉教授(刑事訴訟法)。「弁護士であれば逮捕が重大な権利侵害を伴う強制捜査だと認識しているはず。『全員逮捕』発言は、裁判官の厳格な司法審査を経る令状主義の原理や、刑罰はやむを得ないときにのみ適用すべきとする刑罰の謙抑主義を無視している」と断じる。

「誹謗中傷した人は全員逮捕すべきだ」と主張する牧原氏のX

 法相には国の刑罰制度や捜査全般の運用改善、国際水準を見据えた立法改革など、「大所高所からの政治判断とリーダーシップが求められ、基本的人権の尊重を揺るがすことは許されない」と強調。牧原氏の過去の投稿からは厳罰化や捜査権限の強化に傾いた発信が見られるとし、「再審制度改革など、冤罪(えんざい)防止に向けた取り組みに遅れが出ないか」と懸念する。

◆ウィシュマさん遺族側弁護団に懲戒請求主張も

 法務省が所管する入管行政を巡る投稿で物議をかもしたことも。名古屋出入国在留管理局で収容中にスリランカ人女性のウィシュマ・サンダマリさんが死亡した問題で、昨年4月、遺族側弁護団が施設の監視カメラ映像を公開したことに対し「入管難民法改正反対という『政治的意図』を持っている方々が政治利用しようとしてないか。懲戒請求対象になってもおかしくない」と主張。弁護団への圧力だと批判を招いた。

就任会見に臨む牧原秀樹法相=2日、東京・霞が関の法務省で

 弁護団の児玉晃一弁護士は、牧原氏の就任に「まさかと思った」とがくぜんとした様子。弁護士法では、弁護士の使命を「社会秩序の維持及び法律制度の改善に努力しなければならない」と定める。冤罪被害を訴える受刑者の弁護団が再審法改正を求めて活動するように、「弁護士が社会活動に関与するのは当たり前のことだと理解できていない」とあきれる。  牧原氏が別の投稿で「『サヨク』と見える人は日本人を装った工作員の可能性がある」と書き込んだことも踏まえ、「ネットのうわさ話を信じて偏見をあらわにするなど軽率で、入管行政のトップとして危険だ」と指摘する。

◆就任会見では「一個人としての投稿」とかわしたが…

 牧原氏は2日の就任記者会見で「全員逮捕」発言の趣旨を問われ、「心配するあまり、(誹謗中傷を)止めたいという思いだった」と釈明し、あくまで「一個人としての投稿」と強調した。  2005年初当選で現在5期目の牧原氏。永田町では衆院当選5回以上は、「入閣適齢期」と言われるが、牧原氏は選挙に強いわけではない。出馬した埼玉5区では立憲民主党の枝野幸男元代表に苦杯をなめ続け、全て比例復活での議席獲得だった。

こども政策相に決まり、首相官邸に入る三原じゅん子氏=1日、東京・永田町で(平野皓士朗撮影)

 過去に言動が物議をかもした新閣僚は他にもいる。三原じゅん子・こども政策担当相は19年6月の参院本会議で、安倍晋三首相(当時)の問責決議案を提出した野党に対し「安倍総理に感謝こそすれ、全くの常識外れ。愚か者の所業とのそしりは免れません。恥を知りなさい」と非難。だが「品格を欠いた下品なパフォーマンス」などと逆に批判を浴びた。  同年11月にも、SNSに「政権を握っているのは総理大臣だけ」と書き込み、「独裁政権を望んでいるのか」とざわつかせた。

◆入閣できたのは「論功行賞」だから

 こうした問題発言議員はなぜ入閣できたのか。牧原氏について、政治ジャーナリストの泉宏氏は「ひと言で言えば論功行賞」と指摘する。  牧原氏は総裁選で上川陽子氏の推薦人代表を務めた。泉氏によると、上川氏の出馬により、高市氏の女性票が食われて分散し、石破氏が有利になった。こうした点を踏まえ「石破氏本人か、周辺が牧原氏の起用を進言したのではないか。牧原氏は選挙に弱いので、大臣にすることで手助けしてやろうという思惑もあるかも」とみる。

初閣議後、記念撮影に臨む石破茂首相(前列中央)と閣僚ら=1日、首相官邸で(平野皓士朗撮影)

 とはいえ、派閥の裏金や旧統一教会の問題を受け、次の衆院選でも自民党は苦戦する可能性がある。泉氏は「もし現職閣僚の牧原氏が比例復活もできなければ、政権には大きなダメージ。時限爆弾になりかねない」とまで指摘する。  牧原氏入閣の報道があると、立憲民主党の小沢一郎氏が即座に反応。牧原氏が、電車の人身事故について「電車が遅れると本当に困りますよね」と述べた過去のSNS投稿に対し「国民の生命や安全を守る立場の国会議員が、こんなことを言ったらおしまい」と批判した。衆院選に向け野党はさらに批判を強める可能性がある。

◆「ちゃんと身体検査して決めたのか」の疑問が

 三原氏の登用はどうか。同氏は党内では今回副総裁となった菅義偉氏に近く、法政大大学院の白鳥浩教授(政治学)は「菅氏への秋波だろう」と解説する。その上で「今回は、論功行賞などでポストを与えていく中で、全体としてちゃんと身体検査し、検討してポストを決めたのかなという印象がある」といぶかった。  法相といえば、22年に葉梨康弘氏が「法相は死刑(執行)のはんこを押す。ニュースのトップになるのはそういうときだけという地味な役職」と失言し、更迭された。白鳥氏は「牧原氏の発言は法相としての人権感覚を問われ、葉梨氏の時のようになってもおかしくない」と問題視した。

過去にもトップの人権感覚が問われてきた法務省

 牧原氏に限らず、登用した石破氏の政権全体が人権感覚に疑問を持たれる事態になりつつある。  神奈川大の大川千寿教授(現代日本政治)も「牧原氏の身体検査がどこまでできていたのか」と疑義を呈しつつ、牧原氏の問題発言が複数に上ることを踏まえて別の見方も示した。  「石破氏は党内基盤が弱い中で、閣僚に起用する人材が限られていた。もし今回、牧原氏の過去の発言を知った上で石破氏が任命していたとすれば、ある種、政権の苦境を表していると言えるのではないか」

◆デスクメモ

 再審無罪となった袴田事件、ずさんな捜査が明らかになった大川原化工機事件など、冤罪のニュースが頭にあるなら、軽々しく「逮捕しろ」と言えないはずだ。「人質司法」への不信感の拡大を意識していないのか。「一個人の投稿」で済ませられるような軽い発言とはとても思えない。(北) 

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。