異例の決選投票を経て11日に誕生した第2次石破茂内閣だが、「国防族」が目立つ性格は変わらない。9日の自衛隊70周年記念観閲式でも「防衛力強化」を強調した石破首相。すでに沖縄県の離島では、「台湾有事」を理由に自衛隊増強や軍事の日米一体化が進んでいる。「防衛力強化」のかけ声のもと島々では何が起こっているのか。(安藤恭子、木原育子、山田祐一郎)

◆沖縄県外の人もリアルを知って

 「与那国は米軍と自衛隊に囲われてしまった。2022年秋から戦車が学校にも近い公道を走るようになり、これは島を追い出されると思った。避難計画が示され、いよいよ現実のものとなっている」

基地機能増強が進む与那国島のリアルを語る山田和幸さん=横浜市内で

 横浜市内で9日に開かれた講演会で、沖縄・与那国島に住む山田和幸さん(72)が島の様子をこう伝えた。  山田さんは佐賀県出身の元高校教師。17年に同島に移住して畑づくりをし、日米の軍事拠点化が進む島の様子を交流サイト(SNS)で発信しながら与那国の再生を考えている。今年10月末から、東北、関東、関西の13カ所を回って実情を伝える講演行脚をスタート。「もっと沖縄以外の人にもリアルに知ってもらいたい」との思いからだ。

◆人口の2割は自衛隊員と家族に

 台湾有事などを想定した自衛隊の南西シフトとして、与那国島には16年に陸上自衛隊与那国駐屯地が開設され沿岸監視隊を配備。今年は電子戦部隊が発足し、ミサイル部隊を置く計画なども持ち上がる。

与那国島の様子を日々発信する山田和幸さんのフェイスブック投稿

 駐屯地ができる前に1500人ほどだった与那国島の人口は約1700人に増え、今年3月時点でその2割は自衛隊員と家族が占める。山田さんは「隊員たちは数年で島を去る。地域に根差した住民は減り、作り手のいない水田が荒れ、島の祭祀(さいし)もできなくなる」。  昨年からは有事の際の島外避難が住民の話題に上るようになった。国は先島諸島5市町村計12万人を想定し、九州や山口の8県で受け入れる構想を発表。宮古島市(約5万3000人)は福岡など4県、石垣市(約4万8000人)は山口など3県が分担。竹富町(約4000人)は長崎県、多良間村(約1000人)は熊本県が担う。

◆6日以内に避難完了…空論では

 与那国町は佐賀県が避難先。沖縄県によると、5市町村は地区ごとに住民をバスで空港に運び、対象県に集落ごとに避難する。6日以内に全住民の避難が完了する構想には、「机上の空論」との疑念も根強い。  山田さんは「国策で、住み慣れた土地から引きはがされる。ひとたび離れれば、恐らくもう戻れない」と島民の声を代弁する。  講演では「与那国に秘められた希望を見いだしたい」とも訴えた。

◆首相の訓示は「あおっているよう」

 山田さんの住む地域には、違いある人々を緩やかに束ねるという意味の「まるんな」との言葉がある。実ったイネを一本のワラでサッと束ねてきつく縛らない。農作業から生まれた考え方だ。「国が島に持ち込む『抑止力』は、不信と排除に基づく。『まるんな』の心とは相いれない」  同じ9日に石破茂首相は、陸上自衛隊朝霞訓練場(埼玉)で開かれた防衛省・自衛隊70周年記念観閲式に出席。「わが国が戦後最も厳しく複雑な安全保障環境に直面する」と訓示し隊員を鼓舞した。

11日、皇居での認証式を終えた石破首相(平野皓士朗撮影)

 山田さんは言う。「意識的に戦いをあおっているようで、現実とのチグハグ感が否めない。装備すればするほど、偶発的な戦いの危険度が高まる。一度始めると終わりはない。偶発的な終わりはないからだ。現実を見てほしい」  石破氏が自衛隊員の前で、防衛力の抜本的強化を「着実に実現する」と表明した一方、自衛隊では不安な事故も起きている。

◆最大規模の訓練さなかに事故

 10月27日、訓練中の陸上自衛隊の輸送機V22オスプレイが与那国駐屯地(沖縄県)で離陸しようとした際に左翼が地面と接触し、機体を損傷した。島に住む自衛隊員や家族とも近所付き合いがあるという山田さんは「危険なオスプレイを飛ばしてほしくない。任務で隊員に搭乗を命じないよう、自衛隊にも求めたい」と講演会で語った。また事故が午前11時半すぎに発生していたにもかかわらず、発表まで8時間以上たっていた。29日の会見で中谷元・防衛相が記者から「その日の選挙の投票箱が閉まるのを待って発表したのか」とただされる場面もあった。

陸上自衛隊のV22オスプレイ(資料写真)

 陸自オスプレイの事故は、10月23日〜11月1日に行われた日米共同統合演習「キーン・ソード25」の中で起きた。統合演習は、1986年から始まり、2年に1度行われる実動訓練は今回が17回目となる。防衛省の発表によると、自衛隊は約3万3000人と艦艇約30隻、航空機約250機、米軍は約1万2000人と艦艇約10隻、航空機約120機が参加した。  「過去最大の規模だ。特に沖縄、九州地域を中心に台湾有事を想定した性格が明確化した」と話すのは軍事ジャーナリストの小西誠さんだ。演習内容は「対艦戦闘」や「水陸両用作戦」「島しょ防衛」など前回2022年と比べてもより目的が具体的となった。政府が有事の際に自衛隊や海上保安庁が使うことを想定した「特定利用空港・港湾」の指定を進めているのを受け、今回の演習でも民間空港や港湾が使用された。「新石垣空港では米軍の高機動ロケット砲システム(ハイマース)を移送する訓練も行われた。規模と合わせてより実戦的だ」と有事の際の先島諸島の前線化に懸念を示す。

◆「外交努力を尽くすべきなのに」

 実戦的な演習を繰り返すことによって周辺の国々を刺激することを小西さんは懸念する。「ウクライナ侵攻は、国境付近でのロシアの演習から戦争に発展した。演習自体が政治的、軍事的威嚇になり、偶発的な危機を生みかねない」。その上で現状を「いまの軍事主導の流れは、政権がコントロールできる範囲を超えてしまっている」と危ぶむ。

陸自の与那国駐屯地

 米海軍は指針で「27年までに中国との戦争が起きる可能性」に言及する。軍事評論家の前田哲男さんも「今回の演習は、中国の脅威に備える姿勢が明らかだ」と強調する。「安全保障に関しては本来、憲法にのっとった解決方法を模索しなければならない。そのための外交努力を尽くすべきだ。だが安倍政権、岸田政権で国会審議を経ずに進められてきた日米同盟強化の動きが、今回の演習で総動員されている」

◆防衛費膨張こそが「平和を遠ざける」

 安倍政権の安全保障法制で集団的自衛権の行使を容認し、岸田政権での安保関連3文書の改定で敵基地攻撃能力の保有が認められるようになった。さらなる「防衛力強化」を強調する石破政権に向けられる視線は厳しい。

基地機能増強が進む与那国島のリアルを語る山田和幸さん=横浜市内で

 宮古島で基地反対の市民団体の共同代表を担う清水早子さん(75)は「訓練は短期間だけ行うのではなく常態化している」と訴える。「内容も、離島の戦闘で負傷者が出たことを想定した訓練や遺体収容袋の配備など、私たちの暮らす島々が実際に戦場になることを見越したものになっている。外交的な動きは全く聞こえてこないし見えない」という。膨らみ続ける防衛費こそが「平和」を遠ざけていると感じている。「福祉や教育に回せば少しは暮らしやすくなるのに」と嘆いた。

◆デスクメモ

 軍は国民を守らない—。東京大空襲の被災者や、地上戦で多くの犠牲が出た沖縄の戦争体験者たちは繰り返す。当時の人々には「諸国民の公正と信義」を信頼して戦争放棄を決めた日本国憲法こそがリアルな「防衛」だった。軍拡の果てに恐怖の連鎖は止まるか。原点に立ち戻りたい。(洋) 

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