サイバー攻撃の兆候を捉えて事前に対処する「能動的サイバー防御」を巡り、政府は今国会への関連法案提出を見送る方針を固めた。複数の政府・与党関係者が30日、明らかにした。憲法が保障する「通信の秘密」との整合性などの議論が進んでいないためだ。
能動的サイバー防御は、サイバー攻撃による被害を未然に防ぐため、平時の通信を監視。攻撃の予兆を検知すれば、相手方のサーバーに侵入し、無力化を図る。防御対象は、政府機関や電力、金融、港湾・空港などの重要インフラを想定する。
中国や北朝鮮、ロシアなどによるサイバー攻撃に対する懸念が高まり、政府は2022年末に改定した国家安全保障戦略に導入方針を明記した。
導入に当たって、「通信の秘密」の保護をうたう憲法など現行法との整合性が焦点。法整備には、承諾なくデータへアクセスすることを禁じた不正アクセス禁止法や電気通信事業法などの改正が必要で、適用例外規定を設ける方向で調整していた。政府関係者は「『通信の秘密』に関する正面からの議論を避け、論理を組み立ててきた」と語る。
しかし、内閣法制局は法案提出に向けて「『通信の秘密』の議論にきちんと向き合う必要がある」と、要件の厳格化などを指摘。内閣府幹部は「内閣法制局が清水の舞台から飛び降りなければ、早期の法整備は厳しい」との見通しを示した。政府は論点整理のため、5月にも憲法学や情報通信分野の有識者による会議を立ち上げる予定だったが、流動的となっている。
岸田文雄首相は4月19日の参院本会議で、「検討を要する事項が多岐にわたるが、可能な限り早期に法案を示せるよう検討を加速する」と強調したが、自民党内では政府の対応が遅いことにいらだちの声も出ている。党デジタル社会推進本部は、早期の法整備を強く求める提言を発表。「サイバー空間は今や『常時有事』だ。関係者からの危惧や懸念はピークに達しつつある」と危機感をあらわにした。
日本維新の会や国民民主党も、それぞれ導入を明記した法案を国会に提出した。いずれも、▽国民の権利制限の必要最小限化▽国民の理解増進―を盛り込んだ。
首相官邸に入る岸田文雄首相=30日午前、首相官邸
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