自民党派閥の政治資金パーティー裏金事件を受け、自民党が17日、政治資金規正法改正案を衆院に提出した。より踏み込んだ改正を求める公明党との与党協議は不調に終わり、自民党単独での提出となったものの、これでようやく国会で与野党の議論が動き出すことになる。 ただ、裏金事件が表面化して間もない頃、安倍派所属ながら裏金づくりの実態を暴露して注目を集めた宮沢博行元衆院議員(49)=今年4月に自民党を離党し議員辞職=は、東京新聞のインタビューに「これ(改正案)を通したからといって、自民党の信頼や支持率の回復には直結しない」と断言。宮沢氏が語った古巣への苦言とは。(佐藤裕介)

◆「安倍派幹部は決断のチャンスを逃した」

宮沢博行元衆院議員=東京都内で

宮沢氏は16日、都内で本紙の取材に応じた。

東京地検特捜部による裏金事件の捜査が進んでいた2023年12月、防衛副大臣を務めていた宮沢博行氏は、2022年までの3年間にパーティー券売り上げノルマの超過分140万円のキックバック(還流)を受けたが政治資金収支報告書には記載していなかったと明かした上で、派閥側から「記載しないでいい」との指示があったと記者団に説明。安倍派の裏金づくりの実態調査が始まるきっかけとなった。

宮沢氏は自民党、特に自身が所属した安倍派の裏金事件への対応について「(本来は)年内に収まる話だった。(収支報告書への)不記載を認めて謝罪する。その決断が遅れて、事態が極めて悪化した」との見方を示した。 安倍派の座長だった塩谷立・元文部科学相は2023年11月、記者団からキックバックの慣習について問われ、「そういう話はあったと思う」と言及した。だが、塩谷氏はその日のうちに再び記者団を集め、「事実を確認しているわけではない」と前言を撤回。安倍派の幹部らは、この時点ではキックバックの存在を認めなかった。 宮沢氏は「(塩谷氏がいったんはキックバックを認めた)あの時が最大のチャンスだった。このチャンスを逃したので、決断のチャンスがなくなった」と強調。「(派閥の)幹部が集まって『もう出そう』になるのではなくて、『もう隠そう』というふうになってしまった。あれが最大の間違いだった」と振り返った。 塩谷氏は今年1月になってから、自身の収支報告書の不記載が2018~22年に234万円あったと公表した。3月に出席した衆院政治倫理審査会では、派閥ぐるみの不記載への関与を否定。4月に離党勧告処分を科され、離党した。

◆「菅官房長官なら危機対応力を発揮したはず」

宮沢氏は、党幹部のリーダーシップ欠如にも苦言を呈した。

宮沢博行氏

岸田文雄首相(党総裁)や茂木敏充幹事長らの名前を挙げ、「政権の中枢部門がリーダーシップを発揮せず、傍観者になってしまったのかもしれない」と指摘。安倍晋三政権で豪腕を振るった菅義偉官房長官を引き合いに、「安倍内閣なら多分、菅さんと幹事長が話をして、(安倍派に対して)『出せ』『出して謝れば収まるんだ』っていうことをやった」と推し量った。 菅氏とは、頭髪の薄い自民党衆院議員有志でつくる「日本を明るくする会」を通じて交流があった宮沢氏。菅氏が政権維持のために重視していたのが、不祥事を起こした議員を迅速に更迭することだったという。 「その日のうちにやる。本人にとってはかわいそうだが、その方が傷口が広がらないし、その後の政治人生にとってもプラスになると、菅先生は言っていた」「(菅氏の)あの采配は記憶にとどめておいた方がいい。危機対応力、あれだと思う」 自民党の政治資金規正法改正案は、22日の衆院政治改革特別委員会で審議入りする。だが、裏金事件が2023年11月に表面化してから既に半年が経過。宮沢氏は「自民党の信頼回復(に必要なの)は、決断力とスピード感。ここに重大な欠陥があったわけだから、これを通したからといって、信頼回復や支持率回復には直結しない」と見通した。

宮沢博行(みやざわ・ひろゆき) 1975年、静岡県龍山村(現浜松市)生まれ。東京大法学部卒。静岡県磐田市議を経て、2012年の衆院選に自民党公認で立候補し初当選。防衛副大臣兼内閣府副大臣などを務める。4期目の2024年4月、週刊文春に女性問題を報じられ議員辞職した。



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