「この方を私たち女性がうまずして何が女性でしょうか」。激戦が伝えられる静岡県知事選の応援で、地元選出の上川陽子外相が発した言葉。即座に撤回されたが、過去にも女性と出産を結び付ける政治家の発言は問題視されてきた。今回も出産の比喩であることは明らかだが、撤回された後も「曲解」「言葉狩り」などとして発言を擁護し、女性への配慮を求める側を批判する言説が、交流サイト(SNS)で広がっている。繰り返される問題の根底にあるものとは。(曽田晋太郎、山田祐一郎)

 上川陽子外相の発言要旨 (知事は)大きな大きな命を預かる仕事であります。その意味で今一歩を踏み出していただいたこの方(候補者)を、私たち女性がうまずして何が女性でしょうか。私も初陣のときに皆さんに「うみの苦しみにあるけれども、ぜひうんでください」と演説で申し上げた。この候補者のことを思うと、その場面が頭によぎる。今日は男性もいらっしゃいますが、うみの苦しみは本当にすごい。でもうまれてくる未来の静岡県、今の静岡県を考えると、私たちは手を緩めてはいけない。

「うまずして」発言を撤回する上川陽子外相

◆「うまずして」発言、批判が上がると早々に撤回

 上川氏の「うまずして」発言は18日、女性支持者らが詰めかけた地元・静岡市での集会で飛び出した。発言が報じられると、野党からは一斉に「女性に対する配慮に欠ける」などの批判が上がった。  収拾は早かった。上川氏は翌19日に取材に応じ、「女性パワーを発揮していただき、知事を誕生させようとの意味で申し上げた」「真意と違う形で受け止められる可能性があるとの指摘を、真摯(しんし)に受け止める」として発言を撤回。同日、岸田文雄首相も「誤解を招く表現は避けるべきだと私も思う」と語った。

◆街の声は…「自民党の認識が表れた」「揚げ足取り的な風潮」

 東京新聞「こちら特報部」は東京・日比谷で、発言要旨を見てもらいながら受け止めを聞いた。3児を育てたという川崎市の女性(78)は「女性初の首相候補として、今の政治家の中では期待していたが、残念。いろんな事情で子どもを産みたくても産めない人がいる中で、配慮が足りない発言だと思う」。東京都江戸川区の女性会社員(24)も「こうした発言をさらっとしてしまうところに、無意識に女性を軽視する、従前からの自民党の認識が表れているのでは」と危ぶむ。

日比谷公園(資料写真)

 他方、3児の父という中央区の男性会社員(35)は「配慮が足りない感じもあるが、メディアに揚げ足取り的な風潮がある。過敏に反応しすぎでは」。八王子市の男性(69)は「応援に熱が入って言ってしまったのでは。そこまで目くじらを立てることではない」と述べ、世田谷区の1歳児の母親(35)は「そこまで気にならないが、影響を考えるべきだった」と話した。

◆所属派閥内でねたみや嫉妬の的に?

 「ポスト岸田」の1人とも目される上川氏は、どんな人物か。衆院静岡1区を地盤とし当選7回の71歳。東京大卒業後、三菱総研研究員を経て米ハーバード大大学院を修了、米上院議員の政策立案スタッフを務めた。少子化・男女共同参画担当相や法相を経て、昨年9月の内閣改造で外相に就いた。2人の娘がいる。  政治ジャーナリストの泉宏氏は「まじめで実務能力が高く、優秀」と評する一方、女性活躍を掲げる政権で幾度も閣僚に就き「(出身派閥の)宏池会内でねたみや嫉妬もある」とする。  岸田首相は上川氏の発言を擁護しなかったが、「総裁再選に執念をにじませる首相にとって、ポスト岸田の芽をつぶそうとする向きもあるのでは」とみる。上川氏がすぐに発言を撤回したのも「本人も次(の総裁選)が、年齢的に首相を狙うラストチャンスと思っているはず。問題が尾を引かないよう、傷を小さくしたのだろう」と推し量る。

岸田首相

◆繰り返される謝罪と撤回

 上川氏の発言に反発が広がった背景には、自民の政治家が過去にも女性と出産を結びつける発言をしては批判され、謝罪、撤回を繰り返してきた経緯がある。  2007年1月に柳沢伯夫厚生労働相(当時)が集会で、女性を「産む機械」と表現し、批判を受けて謝罪した。15年9月には、菅義偉官房長官(当時)がテレビ番組で著名人の結婚に触れ、「結婚を機に、ママさんたちが『一緒に子どもを産みたい』という形で、国家に貢献してくれればいい。たくさん産んでください」と述べ、民間団体が発言撤回を求めてオンライン署名を募る事態に発展した。

柳沢厚労相(当時)の「産む機械」発言に抗議する市民団体の女性たち=2007年1月

19年2月には、麻生太郎財務相(同)が少子高齢化問題について「子どもを産まなかった方が問題」と発言。国会で「不快に思われた方がいるとすればおわび申し上げる」と撤回した。

◆自民支持層が喜びそうな発言?

 今回の上川氏の発言についても「『うまずして』という発言は、子どもを産むことを良しとした前提があり、違和感がある」と受け止めるのは、千葉商科大非常勤講師(ジェンダー論)の坂本洋子氏。「性別役割分業意識が根強いのが、自民党支持層。そういう支持者が喜ぶような発言をしたかったのだろう」とみる。  「答弁では安定した発言の印象がある上川氏だが、地元での選挙応援でリップサービスをし、すぐに撤回したのは発言の問題に気付いたためだろう。外相という立場と影響を考えなかったのか」とし、こう強調する。「戦前、戦中は『産めよ増やせよ』という考え方だった。いまでも産まないことへのネガティブな印象がある中、この発言は不用意だった」  議員連盟を設立するなどし、紛争解決や平和構築の過程で女性が主導的役割を果たす「女性・平和・安全保障(WPS)」推進にも力を入れてきた上川氏。ただ今年1月、麻生氏から「おばさん」「そんなに美しい方とは言わない」と言われた際には「どのような声もありがたく受け止めている」と受け流した。

◆報じたメディアへの批判も

自民党の麻生副総裁

 典型的な「ルッキズム(外見至上主義)」への論評を避けた上川氏の対応。戦史・紛争史研究家の山崎雅弘氏は「女性の人権を真剣に考えているのであれば、麻生氏の暴言に対しても、もっと違う対応を取っていたはずだ」とその資質を問う。「やり過ごしたことで、公益ではなく、党内の立場という私益を優先したということになる」  SNSなどでは「都合の良い切り取りだ」「言葉狩り」と発言を報じたメディアへの批判も上がる。山崎氏は「社会問題化することに対し、このように矮小(わいしょう)化しようとする動きがパターン化しつつある。問題の本質を見ずに(切り取りといった)方法論で擁護し、論点をずらすことは、『おかしい』と声を上げることを萎縮させる」と危ぶむ。  上川氏の発言について、武蔵野美術大の志田陽子教授(憲法学)は「女性政治家が女性有権者に連帯をアピールしたくて、『何が女性か』という表現を使ったのだろう、という解釈もできる。だが今回(不適切という)受け止められ方が広がったのは、それだけ日本社会で女性の負担が深刻ということだ」と問題提起する。  発言の中で上川氏が強調した「うみの苦しみ」についても、「男性でも使われるが、女性の自己犠牲的な生き方を礼賛している、と受け取られても仕方がない」とみる。背景にあるのは、過去に繰り返されてきた保守系の議員らの発言だという。  「今回、ここまで大きな反応を引き起こしたのは、これまで積もり積もった『つけ』を背負わされているということだ。単に『過剰反応』『切り取り』として片付けるのではなく、なぜこのような事態になったのか、政治家や政党は真剣に受け止めてほしい」と訴える。

◆デスクメモ

 「子どもを産まなかった方が問題」という19年の麻生氏の発言。14年にも同趣旨で述べているから本音なのだろう。同じ口で、昨年訪問した台湾では「戦う覚悟」を唱え中国の反発も招いたが、戦う覚悟を促されているのは子どもたちだ。戦争を判断する指導者は決して戦場にはいない(恭) 

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