2023年8月、X(旧ツイッター)のイーロン・マスク会長が特定のアカウントからの連絡などを遮断するブロック機能を廃止すると表明したところ、ネット上で動揺が広がった。「ブロック機能がなくなったら6000〜7000のブロック済みプロモーションアカウントが一気に開放されてしまう」との書き込みもあった。
若者との接点づくりを狙って、多くの企業がSNS(交流サイト)などの公式アカウントを通じて自社商品・サービスを訴求している。だが、企業による広告宣伝だと分かると見る気を失い、ためらわずにアカウントをブロックする若者は多い。かといってSNSは手放せないから、ブロック済みのアカウントが数千単位に積み上がる。
こうした若者の広告アレルギーは「現代病の一つ」との声もあり、動画共有サービスのユーチューブは月額1280円、年間1万2800円で広告なしに動画を楽しめるプランを提供する。「広告スキップ」に課金ができる時代、企業のアカウントがフォロワー数や閲覧数で苦戦するのも無理はない。
広告アレルギーを回避し、若者に刺さる広告宣伝手法として注目されているのが「縦型ショートドラマ」だ。
1話が数分程度で、カメラを縦向きにして撮影するのが特徴。中国発の動画共有アプリTikTok(ティックトック)をはじめ、ユーチューブや画像共有アプリのインスタグラムなどで視聴できる。複数の動画を連続して見ると、動画と動画の間で広告が挟まれるが、1つの動画の途中で広告が配信されることは原則としてない。
TikTokドラマの視聴、地上波の1.5倍
テレビ局も縦型ショートドラマに参入している。日本テレビ放送網は23年3月、ティックトックに縦型ショートドラマ専用アカウントを開設した。背景には、若者の視聴率低下と広告収入の減少がある。ティックトックのアカウントでは協賛企業とのショートドラマも配信している。事業を担当する井上直也氏は「今後は縦型と横型(テレビ放送)で連携することも考えている」とし、新たな収益源に育てる。
日テレはZ世代をターゲットにしており、協賛動画も含めて平均再生回数は300万回。地上波ドラマは1話の平均到達人数(リーチ人数)が110.6万人であるのに対し、縦型ショートドラマは1話平均のZ世代リーチ数が175.5万人と約1.5倍のリーチ力がある。
例えば、化粧品大手コーセーの子会社、コーセーコスメポート(東京・中央)が協賛したドラマでは、ストーリーの重要なシーンで主人公が同社の整髪料などを利用する。
従来のテレビCMとの大きな違いは、ブランド名や商品の良さを大々的にアピールするのではなく、さりげなく商品の特徴や使い方を伝える点だ。商品を前面に出す「見せたい動画」ではなく、あくまでストーリーで視聴者を引きつける「見たくなる動画」をつくることで、広告アレルギーを持つ若者に対しても広告効果が見込めるというわけだ。
地上波などで放映する通常のドラマとは、物語のつくり方や撮影の仕方が異なる。まず、通常のドラマには起承転結があるが、縦型ショートドラマは冒頭の数秒間でいかに視聴者の興味を引けるかが重視される。スマートフォンで視聴している場合、最初の数秒で興味が湧かなければ、画面をスワイプしてすぐに次の動画へと移られてしまう。
通常のドラマは横向きの撮影であるため、人物の背景にある景色なども画面に入れ込むが、縦型では人物が中心。風景などは視聴者がストーリーから離脱するポイントになってしまう場合もあるため、人をアップにして撮影する。心情描写では含みを持たせた演技はせず、効果音などで分かりやすく補うといった違いがある。
日テレと協力するのが、縦型ショートドラマの制作を手掛けるGOKKO(ごっこ、東京・豊島)だ。ティックトックを中心に活動しており、企業アカウントでも閲覧数やフォロワーの獲得に成功している。田中聡代表は「今はティックトックからトレンドが始まっていて、(他のSNSより)圧倒的に先行している」と話す。ティックトックで「バズった」コンテンツが、半年〜1年遅れでユーチューブやインスタグラムでもバズる状況だという。
ティックトックでは動画の再生回数が100万回を超えることが、バズる基準とされる。動画を最後まで見たかを測る「フル視聴」、視聴時間、いいね数、コメント数などを参考に、人工知能(AI)が「おすすめ」に表示する動画を選定。おすすめに表示されると、さらに視聴率が上がり、バズりやすくなる好循環が生まれる。
ごっこが制作する動画は再生回数が100万回超えるものが63.7%を占め、1つの動画の平均再生回数は258.1万回。企業との協業も多いが、若者の広告アレルギーをはねのけて高い確率でバズる動画を生み出している。田中氏は「広告アレルギーは存在するが、バズるかどうかを左右するのはコンテンツ力だ」と指摘する。
ストーリー性を持たせることで、企業の狙いや意図はむしろ伝わりやすくなるという。
例えば、ペットが留守番している時に音楽を流すアプリとの協業では、一人さみしく留守番するペットの様子をドラマ化。音楽を流すことでペットのさみしさが和らぐというアプリの狙いが動画の中で具現化させることができる。SNSでの合計再生数は935万回を超え、アプリのダウンロード数は通常時の4倍以上になった。
動画がバズり、高い広告効果を引き出すために重要なのは、若者が「見たくなる動画」をつくるだけでなく、そうした動画を継続して投稿することだという。継続しないと企業のアカウントを覚えてもらえず、若者たちのはやりにもついて行けなくなる。ごっこでは、自社アカウントで投稿を続けることで、若者のはやりや「見たくなる動画」のつくり方を常にアップデートしている。
だが、ごっこの中矢啓樹執行役員ビジネス統括は「大手企業ほど『見たくなる動画』ではなく『見せたい動画』になりがち。継続して投稿することは長期投資になるため、なかなか踏み切れない企業が多い」と話す。
消費者が年齢や興味・関心などに応じてメディアを使い分けるようになり、広告出稿の量と広告効果はリンクしにくくなった。テレビではリーチしきれない若者に対し、彼ら、彼女らの興味を引く手法で商品・サービスの良さを伝えなければならない。企業は広告宣伝を根本から見直す時期に来ている。
(日経ビジネス 藤原 明穂)
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[日経ビジネス電子版 2024年2月16日の記事を再構成]
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