全国発明表彰(公益社団法人発明協会主催、朝日新聞など後援)の今年度の受賞者が決まった。最優秀の恩賜(おんし)発明賞には、塩野義製薬のエイズウイルス(HIV)感染症の治療薬「ドルテグラビル」の発明が選ばれた。
【恩賜発明賞】耐性ウイルスにも高い効果 HIV感染症の治療薬
エイズウイルス(HIV)感染症の治療薬「ドルテグラビル」を発明した。ウイルスの増殖に必要な「インテグラーゼ」と呼ばれる酵素の働きを邪魔するタイプの薬だ。
塩野義製薬は1990年にこの酵素の研究に着手。社内にもつ化合物群を出発点に、合成化学の手法で薬の候補物質を複数つくり出した。
だが、99年と2006年に始まった臨床試験の途中で、二つの候補物質はいずれも開発を断念。耐性ウイルスへの懸念などが理由だった。
この間、ライバル会社がこの酵素を標的にした薬を先行して実用化した。当時、創薬現場のリーダーだった川筋孝さんらの耳には届いていなかったが、社内では「もう開発をあきらめたほうがいいんじゃないか」という声も上がっていた。
でも現場はこのとき「第3の候補」を手にしていた。改良を続け、大司(たいし)照彦さんが「再実験した方がいいのでは?」と結果を疑うほど強力な化合物を見いだした。
垰田(たおだ)善之さんがその化学構造を解明。ブライアン・アルヴィン・ジョンズさんらがさらに発展させ、たどり着いたのがドルテグラビルだった。
この薬は、インテグラーゼの中核となる部分に強力に結びつくだけでなく、増殖に欠かせない部位のDNAにも結びついていた。そのため耐性ウイルスを生みにくく、すでにある耐性ウイルスにも治療効果を示した。
国内で14年以降「テビケイ」などの商品名で発売され、世界50カ国以上で第1選択薬として使われている。服用は1日1回ですみ、患者の負担軽減にもつながっている。(田村建二)
- 社内では「もうやめたら」 HIV治療薬、現場が挑んだ3度目の正直
HIVインテグラーゼ阻害剤ドルテグラビルの発明 川筋孝、垰(たお)田善之、大司照彦(塩野義製薬)、ブライアン・アルヴィン・ジョンズ(ブリー・バイオサイエンス)
【内閣総理大臣賞】「電子の眼」半導体の接続技術開発 スマホのカメラにも
半導体を重ね合わせる「Cu―Cu接続」の製造技術を発明し、世界に先駆けて量産を実現した。スマホのカメラなどに使われる積層型CMOSイメージセンサーの小型化や高性能化につなげ、社会や産業のデジタル化に貢献している。
「電子の眼(め)」ともいわれる積層型CMOSイメージセンサーは、2種類の半導体基板を重ね合わせてつくる。従来、電気を通す貫通電極を基板上に確保する必要があり、配線の設計に制約があった。そこで、基板上の銅(Cu)の電極どうしをつなげて通電し、貫通電極を不要にする「Cu―Cu接続」が考案されたが、基板と基板を安定して接合することが難しかった。
基板の表面を絶縁性の薄膜で覆っておき、重ね合わせた後に熱処理して銅電極の部分の薄膜を破壊する技術を発明。2015年、世界で初めて大量生産を始めた。貫通電極が不要になったため小型化でき、設計の自由度が増して高性能化にもつながった。
積層型CMOSイメージセンサーは、スマホの高性能カメラや自動運転用の車載カメラ、工場のオートメーションシステムなどに幅広く使われている。藤井宣年さんは「試行錯誤して理想の技術にたどりついた。積層型CMOSイメージセンサーの高機能化・高性能化に貢献している」と話している。(村山知博)
半導体積層プロセスにおけるCu―Cu接続技術の発明 藤井宣年(のぶとし)、萩本賢哉(よしや)、青柳健一、香川恵永(よしひさ)(ソニーセミコンダクタソリューションズ)
【文部科学大臣賞】地震の揺れ吸収 ダンパー界の「F1」開発
地震の揺れから高層ビルを守る制震装置、オイルダンパー。これに「圧力副室」というタンクを設け、揺れを抑える効率を一般の装置の4倍、自社の従来品からも2倍に向上させた。最新型の装置は東京ミッドタウン日比谷など再開発が進む11棟の高層ビルに採用され、都市防災を支える。
オイルダンパーは地震による揺れのエネルギーを吸収し、揺れを止めるエネルギーにどう変換するかが肝になる。研究開発で業界をリードしてきた鹿島は2000年、それまでの装置より制震性能を2倍にしたオイルダンパー「HiDAX(ハイダックス)」を世に出した。「世の中のニーズに応えられた」と思い、後はいかに普及させるかだと考えていた。
だが11年、東日本大震災が起きる。長周期地震動で大きく揺れる高層ビルの映像を何度も目にした。「怖かった」という人々の声が「まだやれることがある」と栗野治彦さんの背中を押し、今回の発明「HiDAX―R」に結びついた。「まさに震災を機に生まれた技術。ダンパー界の『F1マシン』が制震技術の牽引(けんいん)役になるはず」と期待を込める。(川原千夏子)
- オイルダンパーの「F1」 鹿島の最新型、制震技術をリード
圧力副室付加による振動エネルギー吸収効率増倍式ビル用制震オイルダンパの発明 栗野治彦(鹿島)
【経済産業大臣賞】最先端スマホにも必須 密着性高い樹脂開発
電子機器の基幹部分である半導体パッケージ。その高性能化に必須の素材の開発に成功した。最先端のスマホにも入っているという。
半導体パッケージは、電子機器の「頭脳」にあたる半導体チップを包み込む部品だ。高性能化競争の中、従来より薄く、処理が速く、低コストな最新型が2010年ごろに登場。ただ電気を通す銅配線と、下地の絶縁樹脂が密着しにくいという課題があった。高密度化のため熱膨張などではがれやすくなっていた。
カギは、平田竜也さんが2年かけて100種類以上の中から特定した化合物。ごく微量を混ぜると密着性がアップし、銅のさび防止の効果もあった。その化合物を使い、さらに2年かけて藤田充さんらが樹脂をつくる絶妙な「レシピ」を考え、量産に成功した。
発明した樹脂は、最先端のスマホにも使われている。「お父さんの開発した材料が入っているよと子どもに説明している」と藤田さん。平田さんは「時間はかかったが、大きな成果につながり技術者として誇らしい」と話した。(石倉徹也)
半導体パッケージの高密度化を実現する絶縁膜用組成物の発明 藤田充、平田竜也(旭化成)、森田涼子(元旭化成)
【朝日新聞社賞】天体望遠鏡、カメラの技術と「発想の転換」
天体望遠鏡などの高性能化・小型化につながる新型の「回折格子」を発明した。
回折格子は細かい溝を等間隔で刻んだ板で、光を色(波長)ごとに分けられる。光源の物質に含まれる原子や分子もわかるが、人工衛星に載せて宇宙で観測するには小型化が課題だった。
杉山成さんは、屈折率が高い材料を用いて光の波長そのものを短くする方法を試みた。数マイクロメートルの階段状には加工できたが、凸部の角が欠けて分光できなくなってしまった。そこで、角を鋭角にして光が「欠け」に当たらなくする構造を田中真人さんが提案。欠けをなくすのではなく隠す、という発想の転換だった。
今後、国内外の天体望遠鏡で使われる予定で、人工衛星に載せる計画も。杉山さんは「宇宙開発が進展するきっかけになったらうれしい」と話す。(佐々木凌)
- 天体観測用の新型装置を発明 キヤノンのカメラの技術と発想の転換で
次世代天文観測を実現する高性能回折格子の発明 杉山成、田中真人(キヤノン)
■その他の特別賞(敬称略)
【特許庁長官賞】「迅速簡易に衛生検査できるルミノメーターの意匠」森田千尋ら6人(オプテックスなど)【発明協会会長賞】「デザインデータから編み上がり生地を高精度に表現するニット3Dシミュレーターの発明」寺井公一(島精機製作所)【WIPO賞】「高透水性・高除去性・耐薬品性を有する長寿命逆浸透膜の発明」高谷清彦ら5人(東レ)【日本経済団体連合会会長賞】「ネットワークの混雑度推定による端末トラヒック制御技術の発明」中村元ら2人(KDDI)【日本商工会議所会頭賞】「ブラインド降下時等に任意の速度に設定可能な静音型回転速度制限装置の発明」髙橋大輔(TOK)【日本弁理士会会長賞】「高精度シリコンがんぎ車を用いて長時間の駆動を可能とした機械式腕時計の発明」澁谷宗裕ら3人(セイコーエプソン)
鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。