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    《知の巨人たちに聞いてみた》

  • マルクス・アウレリウス “五賢帝”の1人

アリストテレスなどの400作品をデータベースに

登場したのは、対話システム「ヒューマニテクスト」です。生成AI「ChatGPT」の技術を活用して名古屋大学などの研究グループが開発しました。

古代ギリシャ・ローマ時代の古典作品のデータベースを参照してAIがさまざまな質問に即座に回答します。

データベースには現時点で哲学者のプラトンやアリストテレス、詩人のホメロス、歴史家のヘロドトスなど22人の著者のおよそ400作品が含まれていて、AIが質問に回答する際には、これらの原典に書かれている記述を根拠にするほか、出典も明示されるなど情報の信頼性が保たれる仕組みになっています。

システムでは、著者や作品の登場人物との“対話”を疑似体験することができ、古代ギリシャの哲学者やローマ皇帝に日々の悩みを相談するような使い方もできます。

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《知の巨人たちに聞いてみた》

実際にシステムを試してみると、AIは歴史上の人物の作品に記された考え方に基づきながら次々と回答を打ち返しました。(※回答は一部抜粋)

マルクス・アウレリウス “五賢帝”の1人

1人目の相手は、“五賢帝”の1人として知られるローマ皇帝、マルクス・アウレリウス。「ストイック」の語源でもある「ストア派哲学」を代表する人物です。

Q.子どもがスマホばかり触って勉強に集中しない。つい叱ってしまい、けんかになってしまう。どうすれば?

「悩みは理解できる」とまずは寄り添いの姿勢を見せた上で次のように回答しました。

A.「怒りや叱責で対処するのではなく、内なる穏やかさと理性を持って対応することが大切である。まず、子どもに対して過度な期待を抱かず、現実を受け入れることから始めよう。子どもがスマホに依存する理由を理解し、共感を示すことが大事だ。次に、勉強の意義や価値を説明し、知識を得る喜びを感じさせるよう努めよう

この回答は、哲学書『自省録』の記述を根拠に生成されていて、開発者の1人で西洋哲学が専門の岩田准教授によると、“感情よりも理性を重んじる”とか“現実を受け入れる”といった考え方は、ストア派哲学の基本的な思想と一致しているということです。

イソクラテス 弁論家

続いての相手は、古代ギリシャの弁論家イソクラテス。演説の技巧に通じた人物にはこんな質問。

Q.優れたテレビアナウンサーとはどのような存在ですか?

A.「優れたテレビアナウンサーとは、ことばを巧みに操り、聴衆に深い感銘を与える者である。単なる情報の伝達者ではなく、真理と知識の灯火を掲げ、聴衆を啓発し、導く者である。その声とことばで人々の心をつかみ、彼らに考えさせ、行動を促す力を持っている」

“語り”のプロらしい、雄弁な回答でした。

カエサル 軍人で政治家

3人目は、いくつもの戦いに打ち勝ってきたカエサルです。

Q.禁煙が続かない。どうすれば成功する?

A.「汝(なんじ)の悩み、これは戦場においても同じだ。幾度も戦いに敗れることはある。しかし、重要なのはその敗北から立ち上がり、再び挑む意志を持つことだ。かつてわが軍が困難な状況にあっても、兵たちは決して諦めなかった。汝もまた、己の意志の強さを信じ、一度の失敗に惑わされることなく、再び挑むべきである。最後に、周囲の支援を求めることを忘れるな。戦場では1人では戦わず、仲間と共に戦うことが勝利の鍵である。家族や友人に決意を伝え、彼らの助けを借りるのだ。そして、禁煙という戦いに勝利することを目指せ」

ローマ内戦の記録『内乱記』をもとに激励しました。

エピクテトス 哲学者

最後は、古代ギリシャの哲学者で、“人づきあい”についての著述が多いエピクテトスです。記者が抱えている悩みを打ち明けました。

Q.5歳の子どもがなかなか言うことを聞かず、つい「ああしろ」「これはするな」と言い過ぎてしまう。子どもの自尊心を傷つけてはいないかと心配になるが、どう向き合えばよいのか?

A.「子どもに対しては、愛情と理性のバランスを保つことが重要である。愛情が過度に強すぎると、子どもは自分の欲望がすべて満たされるべきだと誤解し、理性を失う可能性がある。一方、過度に理性的であると、子どもの自尊心を傷つけるおそれがある。具体的な方法として、次のように接することを提案する。

1【模範を示す】子どもは親を見て学ぶ。親自身が理性的で、感情をコントロールし、道徳的な行動を示す。
2【対話を重視する】何かをさせるとき、その理由を説明し、納得させることが大切。
3【失敗を受け入れる】子どもの失敗や間違いを罰するのではなく、次にどうすればいいかを一緒に考える。
4【褒めることを忘れない】子どもがいい行動をしたら、それを認め、褒めることが重要。自尊心を育み、次もいい行動をとろうという意欲を高める」

専門性の垣根越え新たな領域の開拓を期待

対話システム「ヒューマニテクスト」は、生成AIの技術を人文学の研究に生かそうと、研究グループがおよそ1年がかりで開発しました。

開発の背景には、人文学の分野では、他の学術分野に比べて生成AIの活用があまり進んでこなかった実情があるといいます。

「ChatGPT」などの既存の生成AIは、インターネット上のどの情報をもとに回答を生成しているかがわからず、時に、うその情報を生成することもあるなど、正確さに課題があります。

今回の対話システムでは、信頼できる原典の情報に基づいたデータベースを整えたうえで、AIは必ず実際の作品の記述を根拠に回答を生成するほか、回答の末尾には、出典となった作品や引用元の原文も示す仕組みになっています。

こうした工夫によって、研究にも使える信頼性の高いシステムを目指したということです。

また、今回のシステムでは哲学や文学、歴史学など異なる領域の原典のテキストを横断的に参照することが可能になるため、研究に使われることで専門性の垣根を越えた新たな学問の領域が開拓されることを期待しているということです。

このシステムの仕組みはテキストのデータベースさえ整っていればどのような地域や時代でも応用することができるため、将来的には「西洋古典」に限らず、古代インドのサンスクリット語や古代中国の漢文、さらには日本文学などでも同様の対話システムを作ることを目指したいとしています。

システムの開発者の1人 名古屋大学 岩田直也准教授
「西洋古典の文献は大きな影響力を持っていながら、これまであまり使われてこなかったという実情がある。知が集積するプラットフォームとして専門外の一般の方にも気軽に使ってほしい」

この対話システムについて、研究グループは、ことしの夏ごろの一般公開を目指しています。

(取材:名古屋放送局 河合哲朗)

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