アフリカのジブチ沖で、漁に使うライトに、プランクトンと若いジンベエザメが引き寄せられる。(PHOTOGRAPH BY TOM PESCHAK, NATIONAL GEOGRAPHIC IMAGE COLLECTION)

希少なクジラ類と船との衝突事故については以前から世界的に問題になっていた。しかし、世界最大の魚類であるジンベエザメも同じように命を落とすケースが多そうなことは、最近までわかっていなかった。2024年5月1日付けで学術誌「Science of the Total Environment」に発表された80人の研究者による合同研究の論文では、海運がジンベエザメにもたらす脅威について定量的な評価が行われた。

ジンベエザメは体長10メートルになることも多い。インド洋、太平洋、大西洋など、世界中の熱帯から亜熱帯の海に生息しているものの、国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストで絶滅危惧種(Endangered)に指定されている。

この研究では、26の国と地域を対象に、ジンベエザメが集まる場所(ジンベエザメの背中に星のような模様があることから、「星座」を表す「コンステレーション」とも呼ばれる)を地図にまとめ、非営利団体グローバル・フィッシング・ウォッチが提供する大型船の位置情報と重ね合わせた。この団体は、テクノロジーを使って海の利用や管理に透明性をもたらす活動を行っている。

そこから、ジンベエザメはとりわけエクアドル、メキシコ、マレーシア、フィリピン、オマーン、セーシェル、台湾の特に交通量の多い海域で危険にさらされていることがわかった。英国の海洋研究保護財団およびサウサンプトン大学の研究者で、今回の論文の筆頭著者を務めたフレイヤ・ウオマスリー氏は、どれだけの数のサメが命を落としているかはわからないが、これほど多くの海運活動が行われている場所にいれば、危険性は高いに違いないと述べている。

「ジンベエザメ研究のコミュニティーの力を借りて、世界各地のほとんどのコンステレーションを地図にすることができました。これは初めてのことです」

セミクジラなどのクジラは、呼吸のために海面近くにいることから、特に船と衝突する可能性が高い。ジンベエザメは、呼吸のために浮上する必要はないが、プランクトンを食べるため、半分以上の時間を海面近くで過ごす。

「今回の研究では、タグを付けた世界中のジンベエザメのデータをまとめています。そこから、かなりの時間をこうした海面近くの"高リスクゾーン"で過ごしていることがわかりました」と、サメの生態に詳しい米フロリダ国際大学のマイケル・ハイトハウス氏は言う。氏は今回の研究には関与していない。

現在、海運は世界的に増える傾向にある。専門家たちは、だからこそサメを保護する活動が必要だと声を上げている。現在、世界で海運にあたっている船は10万隻以上。2019年4月に学術誌「Nature Sustainability」に発表された論文によると、その数は2050年までに最大で13倍に増えると予測される。

跡形もなく消えるジンベエザメ

サメは死んでも、あまり気づかれることはない。その主な理由は、証拠が残らない点にある。

「海洋哺乳類は死体が浮かんできたり、岸に打ちあげられたりすることがあるので、わかりやすいのです」とウオマスリー氏は言う。しかし、サメの体は死ぬと海底に沈んでしまう。

これは、大型船によるジンベエザメの被害が過小評価されている可能性が高いということでもある。衝突したのが小型船であれば、大きな傷跡が残ったまま泳いでいるジンベエザメは多い。

「ジンベエザメは大きくてかなり丈夫なので、致命傷でなければ回復します。しかし、大型船とぶつかれば、生き延びることはできないでしょう」とハイトハウス氏は述べる。

こういった事故で死ぬジンベエザメの数が、個体数に影響するほどなのかどうかは、よくわかっていない。メキシコのユカタン半島には毎年400匹以上、マダガスカルには500匹近くのジンベエザメが集まることが確認されている。

ウオマスリー氏は、「手遅れになる前にジンベエザメを保護できるように、少しずつ謎を解こうとしているところです」と話す。

「ウィンウィン」の保護対策

海洋哺乳類に関しては、船との衝突事故を防ぐ手段として、2つの方法がすでに効果を発揮している。それは、船の航行速度を落とすことと、航路を変えることだ。ウオマスリー氏は、政府や産業界、学会、非営利団体は、こうした知識を生かし、互いに協力すればジンベエザメが命を落とすのを防げると話す。

今回の研究では、船の動きのシミュレーションも行っている。中核となる生息域で航行速度を4分の1に減速すれば、輸送にかかる全体の時間は5%増えるが、サメを確認して避けるのは、はるかに簡単になる。また、別のシミュレーションによると、中核となる生息域を避けるように航路を変える方法だと海運への影響はさらに少なくなり、輸送時間の増加はわずか0.5%、船1隻につき2.4時間ほどで済む。

ハイトハウス氏は、比較的小さな変更を加えるだけで、海運に悪影響を与えることなく、サメの保護を大幅に改善できることに驚いている。

「人間側も大きな犠牲を払うことはありませんし、サメの保護という観点で見れば、まさにウィンウィンと言えるでしょう」

ハイトハウス氏は、大きな効果が得られるなら、人は小さな変化をいとわないとも言う。ジンベエザメのようなカリスマ性のある種なら、なおさらだ。こういった種は、エコツーリズムを通して、1つの地域に年間で数億円相当の経済効果をもたらしてくれる場合もある。

ウオマスリー氏は、大型船がジンベエザメの生息域に侵入できないようにすれば、ジンベエザメにとっても、その他の種にとっても、その海域はさらに安全になるという。これは特定の期間や季節だけでも、一定数のジンベエザメがそこにいるときだけでも構わない。

たとえば米国東海岸では、絶滅の危機に瀕しているタイセイヨウセミクジラを守るため、特定の時期に船の速度制限が行われている。

「私たちには、世界でもっとも美しくカリスマ的な生きものを守る義務があります。人類が誕生する何百万年も前から、地球にいた種なのですから」

文=Melissa Hobson/訳=鈴木和博(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2024年5月28日公開)

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