「ウッウ、ティームー、ウッウ、ティームー」「ショップ・ライク・ア・ビリオネア(億万長者のように買い物しよう)」。頭に残るリズミカルなテーマ曲とともにアニメの女の子が登場。スマートフォンをタップすると衣装が変わり自分や道行く人に格安商品が届けられる。
中国発の電子商取引(EC)サイト「Temu(ティームー)」のテレビCMだ。米国で2月、全米プロフットボール決勝戦「スーパーボウル」がテレビ放送された際に計6回も流れ、話題をさらった。というのも、今回の広告料の相場は1回当たり700万ドル(約10億5000万円)。多額投資に業界関係者のみならず、多くの視聴者が「目的は何だろう」と首をかしげた。
ティームーのスマホアプリは、米国では2022年9月に提供が始まったばかり。当然、テレビCMの狙いは知名度を上げること。米国のEC市場において4割のシェアを持つ米アマゾン・ドット・コムに追いつこうと布石を打つ。
テレビCMの効果もあってか、最近のティームーのダウンロード数は連日、上位にランクインしている。月間利用者数はこの1年で5倍以上に拡大し、24年2月時点で7000万人を超えた。
米中対立は続いている。中国企業の市場参入を嫌う米国で快進撃を続けられるのはなぜか。
まず、ティームーを運営するPDDホールディングス(HD)が非中国を装っていることだ。中国・上海発祥でありながら23年に本籍をアイルランドに移し、中国で展開する同様のサイトとは別名を付けて「米国発」をうたう。中国国内ではあえて存在感を消し、本社をシンガポールに置く衣料品ネット通販のSHEIN(シーイン)と同じだ。多様な人種が暮らす米国では「中国人が経営者だから中国企業だ」とすれば、人種差別になる。この習慣を逆手に取っている。
圧倒的低価格、米国で支持
もう一つは目を疑うほどの低価格を実現していることだ。例えば、おしゃれなデザイン文字が入ったTシャツは2.98ドル、アマゾン・ドット・コムでは数十ドルはくだらないレースのブラウスも7.48ドル。世界中に網目のように供給網を張り巡らせ、サプライヤー同士に価格競争をさせることで実現している。もちろん「安かろう、悪かろう」で劣悪品も多く、消費者から苦情も出ているが、流行を踏まえた衣類や米国では手に入りにくいデザインや機能を持つ家具、家電などを提供していて「つい手を出してしまう」と購入をやめられない消費者が続出している。
PDDHDの戦略からは、米国の消費者からの絶対的な支持を確立できれば、早々に追放されることはないだろうという思惑も透ける。それはトランプ前大統領時代から何度も使用禁止が取り沙汰されながら、いまだに米国内の根強い人気を誇る中国発の動画共有アプリ「TikTok(ティックトック)」の事例があるからだ。
米連邦議会上院は24年1月、ティックトック運営会社の周受資・最高経営責任者(CEO)を公聴会に呼び出した。「あなたは中国共産党のメンバーでしたよね?」。米上院議員から執拗に繰り返される質問に、周氏は「いいえ、私はシンガポール人で、中国人でもないし、共産党員でもない」と何度も答えた。シンガポールは米国の友好国だ。むげに扱えば、米国内のシンガポール出身者から不満の声が上がることを想定した上での返答だ。
同社の親会社は中国企業の字節跳動(バイトダンス)。中国政府の影響が及ぶのは自明だが、周氏は米国事業の独立性を維持するために社内監視組織を立ち上げたと説明。中国との距離を強調した。
さらに下院は3月13日、ティックトックの利用禁止につながる法案を可決した。上院も可決し、バイデン大統領が署名すれば成立するが、ここで消費者による抗議運動が起きた。
「ティックトックは私の人生を良い方向に向けてくれた」「ビジネスを成長させてくれた」。ワシントンを練り歩く利用者たちはこのようなプラカードを掲げた。
11月に大統領選を控えているバイデン氏。ティックトックの利用禁止を通じ、中国に対する強い姿勢を見せて支持を広げたいものの、国民からの反対が強ければ強行するわけにはいかない。米国は他にもロシアによるウクライナ侵略やイスラエルとイスラム組織ハマスとの軍事衝突など多くの課題を抱えている。ティックトックを米国企業が買収する案も出ているが、実現しない可能性が高い。
PDDHDやバイトダンスのように中国企業の拡大戦略は実にしたたかだ。米中対立が深まる中、西側諸国では中国の存在を極力消して相手の懐に入り込み、消費者の支持を得ることで排除できない状況をつくり出す。また新興国とはインフラ投資や資金提供を通じて連携を深める。どちらも中国との関係を断てない状況を生み出しているのだ。中国企業の動向は慎重に見極めなければ、思わぬところで足をすくわれかねない。
(日経ビジネス 池松由香)
[日経ビジネス電子版 2024年4月9日の記事を再構成]
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