日本経済新聞社は5月24日、官民連携で脱炭素社会の実現を目指すNIKKEI脱炭素プロジェクト(2024年度)のキックオフ会合を東京都内のホテルで開いた。脱炭素化が世界的潮流となる中、有識者や参画企業は経済社会の転換点に立つとの認識でグリーントランスフォーメーション(GX)を進め、持続的成長を図る意義を共有した。プロジェクト発足4年目の今年は議論を深めた成果を国内外に発信する予定だ。
転換点に立つ認識を共有
同プロジェクトは有識者によるNIKKEI脱炭素委員会のメンバーとエネルギーや金融、コンサルティングなど幅広い業界から参画した企業で構成し、全体会合や分科会で脱炭素化の取り組みや知見について議論、共有する。初会合の冒頭、同委員会委員長で東京大学未来ビジョン研究センターの高村ゆかり教授は「GXは気候変動対策であると同時に、社会と市場に対応した産業構造の転換を図る政策でもある」と語り、官民を挙げて取り組む必要性を強調した。
続いて経済産業省の畠山陽二郎産業技術環境局長がゲストとして登壇し、政府のGX推進策の狙いや実施状況のほか、脱炭素関連市場を創出することの重要性などについて説明した。政府は50年までに二酸化炭素(CO2)など温暖化ガスの排出を実質ゼロにする目標を掲げており、官民による150兆円超の投資や、CO2排出に負担を求める「カーボンプライシング」の本格導入などを検討している。
質疑応答で脱炭素の市場創造を国としてどのように後押しできるかを問われた畠山氏は、「例えばCO2の削減に貢献できるような製品や取り組みを対象にした補助金などが役に立つと思う」と応じた。
会合では、参画企業が自社の取り組みや行動目標などについて説明した。CO2排出を抑える新技術の開発や排出削減を前倒しするといった意欲的な報告が目立った。「企業や業界を越えた連携が重要」「GXは海外が先行しているが、日本がリードするフェーズをつくりたい」といった声が聞かれた。
委員会メンバーからは「日本は今、世界の激しい競争の真っただ中に置かれている。24年は日本のエネルギーや気候政策にとって非常に重要なターニングポイントになる」「今からでも企業はGX対策を猛ダッシュで進めてほしい」といった意見が出された。安全保障や脱炭素社会への移行期を乗り切る観点からも、水素やアンモニア、再生可能エネルギーなど次世代エネルギー活用への熱量が共有された。
24年度は脱炭素をめぐるテーマごとに分科会を開くほか、ユース団体との対話会も予定する。議論の内容は11月の第29回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP29)などの場で、国内外に発信する予定だ。
投資促す近未来描く
経済産業省 産業技術環境局長 畠山 陽二郎氏
政府は昨年GX推進戦略を定めたが、それから世の中は大きく変化している。中東情勢の緊迫化やデジタルトランスフォーメーション(DX)の進展による電力需要の増加など、不確実性が相当高まっている。そうした状況下で50年のカーボンニュートラルを実現させる必要があるが、企業からすれば不確定要素が多く、予見性が低い中での投資には限界がある。
そこで中間地点である40年を念頭に、GX下での経済社会や産業構造やエネルギー供給などがどのような姿になるのかを総合的に示した「GX2040ビジョン」を策定する。脱炭素電源や水素・アンモニアの供給は特定の地域に偏ることが見込まれるため、どのような産業が競争力を持つのかに加え、産業立地の在り方も検討する。
GX市場の創造も極めて大事だ。製造時にCO2を出さない製品は、海外では今後希少材になっていくとして今から押さえようとする企業が増えている。日本ではまだそうした動きが鈍い。脱炭素を進めるには、企業を含む社会のあらゆるプレーヤーが意識と行動を変える必要がある。
今後、専門家からのヒアリングや政府のGX実行会議での議論などを経て同ビジョンの素案を作成し、来年2月ごろの閣議決定を目指したい。
併せて、排出するCO2に値付けするカーボンプライシングを26年以降本格的に導入する。詳細な制度設計は今夏以降始めるが、初めは負担を低く、その後徐々に上げる仕組みとして、脱炭素に取り組むのが早ければ早いほど、将来の負担を軽減できる設計にしたい。
【関連記事】
- ・削減目標上積み意識 新技術・資金を活用
- ・排出削減、行動を加速 新たな枠組み契機に
- ・地域再エネ利用、住民に利点を
プロジェクト参画企業から
草の根で社会を動かす
グリーンエナジー&カンパニー 社長 鈴江 崇文氏
「ボトムアップで実現するグリーンエネルギー社会」を掲げる当社は徳島県で創業したベンチャー企業で、主に個人へ提供する再生可能エネルギー関連事業を展開している。
日本は大都市圏以外に人口の3分の2が居住しているので、地方の草の根の活動として、力を合わせてGXを大きな川にするというコンセプトだ。このために自立分散型エネルギーをどんどん開発したい。
描くビジョンとしては、住宅をはじめ商業スペースの活用、再エネによるスマート農業など「手触り感のあるサービス」だ。耕作放棄地や空き家も活用し、世の中を少しでも動かしていきたい。
非財務情報の可視化支援
EY Japan チーフ・サステナビリティ・オフィサー 滝沢 徳也氏
日本でもサステナビリティー関連情報の開示要求が進み、利用しやすい団体の基準やルールづくりが求められている。ここに寄与することは我々の一つのミッションであり、同時に開示をめぐる企業の悩みをサポートするニーズの大きさを感じている。
そこで23年、ESG(環境・社会・企業統治)に関するクライアントの定型、非定型データをまるごと収集・可視化する統合システム「ESGデジタルプラットフォーム」の提供を開始した。このサービスを通じて世界全体の二酸化炭素(CO2)排出削減はもちろん、そのほかのサステナビリティー課題にも貢献できると考えている。
新会社で企業のGX支援
アビームコンサルティング ダイレクター 豊嶋 修平氏
当社は住友商事と共同出資で24年3月に「GXコンシェルジュ」を設立した。経済価値・社会価値・環境価値の共立をビジョンに掲げ、企業の経営をサポートしている。
主なサービスは、脱炭素化に向けたロードマップ策定などGXコンサルティング、脱炭素の実現につながるソリューション提供、デジタルの知見を用いたモニタリング評価の3つだ。
企業からは欧州の規制に対応して、サプライチェーン全体で温暖化ガス(GHG)をマネージして削減する取り組みについての相談が増えている。GXの産業構造や市場創造に関する政策提言につながるよう取り組んでいきたい。
目標は野心的、商機狙う
日本郵船 執行役員 ESG戦略副本部長 筒井 裕子氏
日本郵船グループは「脱炭素戦略は成長戦略である」と考え、CO2排出量削減が困難な海運業としては野心的な脱炭素目標を掲げている。
50年に向けてネットゼロを目指し、24年度は温暖化ガス排出量の把握の精緻化、スコープ3も含めた集計体制を整えている。既存の省エネ技術を最大限使った本船の運航効率の向上や、ドロップイン燃料(そのまま使える燃料)の活用で削減を進めている。
カーボンニュートラルに向けては舶用燃料の転換、アンモニア燃料船の研究開発・社会実装を推進。今夏にアンモニア燃料のタグボート、26年に同燃料のアンモニア輸送船が就航予定だ。
セラミックスで新領域開く
日本ガイシ 執行役員 ESG推進統括部長 石原 亮氏
カーボンニュートラルと循環型社会、自然との共生は相互関連性が高く、当社はグループ環境ビジョンの3本柱に据えている。
カーボンニュートラル実現の方策として、技術革新に取り組んでいる。高精度で気体を分離するセラミック膜技術があるので、カーボンの回収・貯蔵・利用のサイクルを想定した製品開発を進めている。
資金調達面では過去3回グリーンボンドを発行し、蓄電池や次世代パワー半導体関連といった技術開発などに配分。将来的に内燃機関を持つ自動車の減少が見込まれる中、セラミック技術を核にしつつ、他社との協業やネットワークで新領域を開き、社会に貢献する。
顧客や地域ごとに最適解
JERA 脱炭素推進室長 高橋 賢司氏
国内発電量の3割以上を生む当社は、35年までに再エネと低炭素火力を組み合わせた事業モデルでエネルギー問題に最先端ソリューションを提供したい。再エネ、水素・アンモニア、液化天然ガス(LNG)の3つの事業領域に取り組み、顧客、地域・国ごとに適したソリューションを提供する。
再エネは2000万キロワットの電源開発、水素・アンモニアは700万トンの供給網構築が目標だ。英国に新会社「JERA Nex」を発足させ、アジアトップクラスの再エネ開発体制をつくった。また、愛知県の碧南火力発電所で24年4月、石炭からアンモニアに転換する大規模実証試験に着手した。
原子力と再エネ開発を推進
関西電力 エネルギー・環境企画室長 斉藤 公治氏
関西電力は2021年に「ゼロカーボンビジョン2050」を策定し、事業に伴う二酸化炭素(CO2)排出量を50年までにゼロにすると宣言した。22年のロードマップ策定以降、原子力発電所7基の再稼働などにより、発電に伴うCO2排出量を25年度に半減させるという目標を2年前倒しで達成した。
24年4月にはロードマップを改定し、30年度に自らの温暖化ガス(GHG)排出量70%削減を目指すことに加え、スコープ3を含めたサプライチェーン全体の排出量も50%削減する目標を設定した。原子力の最大限活用、再生可能エネルギーの新規開発、火力のゼロカーボン化を推進したい。
建設時の排出量可視化
三井不動産 サステナビリティ推進部長 山本 有氏
不動産会社のCO2排出量の約9割がスコープ3であり、そのうち約半分が建設時に出る。排出要因を減らすため、当社は22年にGHG排出量の見える化ツールとして「建設時GHG排出量算出マニュアル」を策定。不動産協会で検討会を経て23年6月に協会のマニュアルとして公表した。現在当社が着工する全物件にマニュアルでの算出を義務化している。
24年5月、建築物のライフサイクルカーボン算定ツールである「J-CAT」試行版が完成した。建設時だけでなく使用段階のエネルギーから建物の解体、廃棄物の処理まで算出が可能で、今後その動向を注視したい。
e─メタン導入へ技術開発
大阪ガス カーボンニュートラル推進室長 桑原 洋介氏
Daigasグループでは21年公表の「カーボンニュートラルビジョン」で50年のカーボンニュートラルを目指すことを宣言した。23年は「エネルギートランジション2030」を公表。熱需要の脱炭素化などの面でメリットがある「e―メタン」1%導入も宣言した。
e―メタンの製造技術開発では、水素とCO2を触媒で反応させる「サバティエ方式」でのメタネーションを30年に商用化、バイオメタネーションを25年国際博覧会(大阪・関西万博)で実証することを検討している。24年3月には国際アライアンスを設立し、e―メタンの普及に取り組んでいる。
水素普及を金融で後押し
みずほフィナンシャルグループ 執行役員サステナブルビジネス部長 角田 真一氏
脱炭素化を中心とした産業構造転換をリードしていく。重点分野とみる水素に関しては、30年までに2兆円のファイナンスを目指す。新しいリスク分野での大規模なファイナンスに挑み、新エネルギーのサプライチェーンを構築することなどが我々の役割だ。
CO2排出量を取引するカーボンクレジットも必要なフレームワークと考えるため、積極的に取り組んでいきたい。
当グループは「インパクトビジネスの羅針盤」を公表した。今は評価していないものも今後は評価していかないと社会の持続性に影響を与える、との思いから出した宣言だ。今後はこれを前提に活動したい。
移行期戦略を伴走支援
格付投資情報センター 執行役員 サステナブルファイナンス本部長 奥村 信之氏
サステナブルボンドの世界市場全体が21年に1兆ドルを突破、その後横ばいで推移する中、日本市場は拡大を続け、発行量や発行体数で世界上位の状況だ。
サステナブルファイナンス自体は欧州発のルールやガイダンス、先行事例が多いが、脱炭素のトランジション戦略については日本が主導できる立場にあると考える。
サステナブルファイナンス評価にかかるサービス開発などを手掛ける当社は国際的なルールづくりや非財務情報の開示基準づくりに参画。こうした知見を生かして各事業分野の産業特性などの理解や共有を促進、企業の脱炭素化への取り組みを伴走支援したい。
排出削減加速、企業の行動に期待
異常な高温や豪雨が各地で発生している。インドのデリーでは5月後半から6月初めにかけて、セ氏50度に迫るような熱波に襲われた。普段は雨の降らないアラブ首長国連邦(UAE)のドバイでは、4月に豪雨による洪水が発生した。
温暖化が極端な気象の一因なのは、ほぼ間違いないとみられる。世界気象機関(WMO)は6月5日、産業革命前に比べた世界の年平均気温の上昇幅が、近く1.5度上回るとの見通しを示した。2024〜28年の間に1.5度を超える確率が80%あるという。
温暖化防止の国際枠組み「パリ協定」は長期的な気温上昇を1.5度以下に抑える目標を掲げている。今の高温状態が続けば達成が危ぶまれる。
もちろん、世界は温暖化ガスの削減目標を決め対策を進めている。何もしない場合に比べれば排出は減っており、発電などエネルギー部門の排出は近く頭打ちになるとの分析もある。
とはいえ、大気中にすでにたまっている温暖化ガスの影響は長く残る。気温上昇を抑えるには排出削減を大幅に加速しなければならない。パリ協定に基づき、各国は25年2月までに、より「野心的」な削減目標の提出を迫られる。
米欧や中国は政府の大型補助や税制優遇により、再生可能エネルギーの大量導入、電気自動車(EV)の普及、原子力発電の利用拡大などを急ぐ。日本政府も10年間に150兆円規模の官民のグリーントランスフォメーション(GX)投資を見込む。40年を見据えた「GX2040ビジョン」づくりに近く着手し、エネルギー基本計画も見直す。
その際のキーワードとして、政府は産業競争力の強化を掲げる。企業は計画を実際の行動に移す主役となる。脱炭素、省エネで世界の先頭を走りながら得意技術を伸ばし、世界市場で確固たる地位を築けるか。これからが正念場となる。
企業が有望分野に思い切って投資し、人材育成に注力するには政策の透明性と予見可能性が欠かせない。だが日本の戦略は総花的で、長期的な視点に欠けることが多い。たくさんの選択肢を持つことは重要だが、欲張りすぎれば力が分散し政策効果は薄れる。
世界を見据えたときに何を優先すべきか。公の審議会などだけでなく、草の根レベルでも産業界から国や自治体にもっと積極的に提案してよいのではないか。(編集委員 安藤淳)
鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。