NGC 604は、さんかく座銀河のなかで星々が誕生する領域だ。写真は、ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が撮影したNGC 604。このなかに、技術が発達した文明は潜んでいるのだろうか。(PHOTOGRAPH BY NASA, ESA, CSA, STSCI)

宇宙が140億年近く存在しているのなら、地球外に知的生命が存在していてもおかしくないのではないか。それならば、彼らは一体どこにいるのか。「フェルミのパラドックス」と呼ばれるこの疑問は、半世紀以上、天文学者たちを悩ませてきた。宇宙人はなぜ地球にやってきてあいさつしてくれないのだろう。これまであらゆる説が提唱されてきたが、「暗黒森林理論(ダークフォレストセオリー)」ほど背筋が寒くなるような説明はないのではないだろうか。

暗黒森林理論とは、地球外文明は存在しているが、自らの姿を隠しているため、われわれ地球人には見つけられないという説だ。すでに近くの宇宙に向かって信号を発信している人類と違って、地球外文明は全て、敵対的かもしれない隣人に自分たちの存在を知らせるのは危険すぎると判断したのだという。

酔いがさめるような発想だが、劉慈欣(りゅう じきん)氏のSF小説『三体』やそれを原作としたネットフリックスのドラマシリーズで描かれて以来、この暗黒森林理論が広く注目を集めている。これが本当にフェルミのパラドックスの妥当な答えとなりうるのだろうか。しかし専門家は、これまで提示された様々な説と比べて、暗黒森林理論が正しい可能性は低いだろうとみている。

暗黒森林理論の主張

物理学者のエンリコ・フェルミが提唱したフェルミのパラドックスは、1950年に、昼食の席での雑談から生まれた。

微妙に異なるバージョンがいくつもあるが、その中心となる前提がある。この太陽系はまだ46億歳だが、宇宙の年齢は138億歳であり、その間にどこか他の惑星で科学技術を持った社会が発達していてもおかしくはないというものだ。その知的生命体が宇宙に出て行って、無数にある星のどこかに前哨基地や新しい社会を作ることもあるかもしれない。

しかし、そのような兆候はこれまで見つかっていない。宇宙人は一体どこにいるのだろうか。

「フェルミのパラドックスが言っているのは、文明が極めて珍しいということだけです。なぜ珍しいのかまでは触れていません」。英ロンドン大学バークベック校の惑星科学者で宇宙生物学者のイアン・クローフォード氏はそう話す。

「その解答の一つが、文明は存在するけれども全て身を隠している、というものです。もし存在を知られてしまったら、誰かがやってきて自分たちを破壊するだろうと恐れているからです」

宇宙を旅する異星人が自分たちの存在を隠しているという考えは、何十年も前からSF小説の中で扱われてきた。劉氏も、2008年に発表した『三体II:黒暗森林』のなかで、宇宙を暗い森林にたとえ、この仮説にわかりやすい名前を与えた。

そこでは、それぞれの宇宙文明が武装した狩人のように恐るおそる歩き回る。何か別の生命体を発見したら、それが別の狩人であれ、天使であれ、悪魔であれ、はたまた無垢な幼児、よろよろの老人、妖精、半神半人など、何者であっても取るべき行動はただ一つ。こちらから攻撃を仕掛けて相手をせん滅することだけだ。

北の空にひときわ明るく輝くM13球状星団。ハッブル宇宙望遠鏡が撮影したもの。もし地球外文明があるとしても、暗黒森林理論が示唆するようにそのすべてが他の星の知的生命を恐れて隠れているとは考えにくいと、専門家は言う。(PHOTOGRAPH BY NASA, ESA, AND THE HUBBLE HERITAGE TEAM (STSCI/AURA))

暗黒森林理論への反対論

ありがたいことに、暗黒森林理論には解決が難しい問題点がたくさんある。なかでも最も明らかなのは、技術が進んだ世界を隠すのは極めて難しいという問題だ。

人類が地球外知的生命を世界規模で積極的に探し始めるはるか前から、地球では日常的な人間同士のコミュニケーションによる電波信号が宇宙空間に向かって放たれていた。新しい同盟者や標的を探している文明が地球の近くにあるとしたら、簡単にこれに気づいているはずだ。

そうした仮想的な脅威を理解し始めたとしても、人類が完全に沈黙するつもりはないだろう。「危険があるかもしれないからといって、レーダーをすべて遮断した方がいいと考えたことは一度もありません」と話すのは、米カリフォルニア州にある地球外知的生命探査(SETI)研究所の上席天文学者セス・ショスタック氏だ。「そんなことは起こりえません」

地球外知的生命が姿を隠そうとしても、いつもうまく行くとは限らない。あらゆる音をかき消すことに成功した文明もあるかもしれないが、なかには気づかぬうちに音が漏れている文明もあるだろう。

森林のたとえは、宇宙の本当の性質や、われわれの巨大な銀河系だけを考えてみても、やはり筋が通らない。森林は、暗闇であれば広大で果てがないように思えるかもしれないが、宇宙と比較すれば豆粒ほどの大きさでしかない。

敵対的な宇宙人がいたとしても、お互いの距離はあまりにも離れすぎている可能性が高い。それなのに先制攻撃を仕掛けなければならないと感じる必要があるのだろうかと、ショスタック氏は言う。互いに相手を恐れていたとしても、その間には広大な空間が広がり、資源をめぐって争う必要性もなさそうだ。それぞれの文明が利用できる天体や小惑星、さらには恒星さえも無限に存在するはずなのだ。

宇宙の基準から見て、地球が若く、にぎやかで、脆弱(ぜいじゃく)な技術社会であるという事実だけでも、もし地球外知的生命がいるとしても全てが本能的に攻撃的であるはずがないということを示唆している。

「多くの文明が存在し、そのなかの一部は私たちを破壊しにやってくるかもしれないというのなら、なぜまだそれが起こっていないのかを説明しなければなりません」。そう話すのは、スウェーデンのストックホルムにある未来学研究所の研究員カリム・ジェバリ氏だ。「もしかしたら、銀河帝国というものがあって、それが攻撃的な種族を抑え込んでいるのか、それとも遠い星を攻撃すること自体がやはりとても難しいのかもしれません」

または、ジェバリ氏が2024年3月15日付で学術誌「The Monist」に発表した論文に書いているように、地球外知的生命はみな同じ合理的な結論に達したのだろうか。つまり、自分たちがまだ存在しているのは、他の進んだ文明を持つ宇宙人社会が、自分たちを破壊しに来ないことを選んだからだ。そして、攻撃ではなく互いに利益となる対話を持つことを期待しているのかもしれない、と。

「私たちには、相手に先制攻撃を仕掛ける理由がどこにもありません。彼らが賢ければ、私たちと同じことを考えるのではないでしょうか」

全ての地球外知的生命がわれわれ人類と同じように、未知の存在に関して最悪を想定する本能があるというのもまた、大きな思い込みではある。

「私にとって、暗黒森林はフェルミのパラドックスの解答としては説得力に欠けるものの一つです。それは、私から見たら公平とは言えないいくつかの人間中心の思い込みに基づいているためです」と、宇宙物理学者で作家、民俗学者のモイヤ・マクティアー氏は言う。

一方、地球の方はすでに宇宙に向けて自らの存在をアピールしている。1974年11月、地球はこの「アレシボ・メッセージ」と呼ばれる画像をM13に向けて送信した。2進法で書かれたメッセージには、宇宙人社会に地球のことを知らせる情報が含まれている。(PHOTOGRAPH BY MONICA SCHROEDER, SCIENCE SOURCE)

悪夢のシナリオ

とはいえ、暗黒森林理論を完全に切り捨てる必要もない。問題なのは、理論の穴を埋めるために恐怖心をあおる必要があるということだ。

「悪夢のシナリオは、隠れている者たちが正しかったらと仮定することです。銀河系の歴史のなかのある時点で、技術が進歩した文明が、生命や科学技術のある惑星を見つけたらすべて破壊すると決めていたらどうでしょうか」とクローフォード氏は言う。

言い換えるなら、もしせん滅のためのせん滅が目的なのであれば、暗黒森林理論は確かに現実味を帯びてくる。「銀河系の歴史のなかでそのようなことが起こってきたのだとしたら、確かに、フェルミのパラドックスの説明にはなります」

地球の近辺が静かなのは、もしかしたら、そもそも生命の誕生自体が極めて珍しいからなのかもしれない。もしかしたら、この近辺が寂しいのは、核兵器のようなものを手に入れたら自らを消滅させてしまう悪い癖が宇宙人の社会にあるからなのかもしれない。

それとももしかしたら、「本当に地球外生命はただ存在しないから発見できないだけなのかもしれません」と、クローフォード氏は言う。それは、殺戮を行う何かが星から星へと移動して回って、生命の兆候を見つけ次第、破壊してしまっているからかもしれない。「それが一番恐ろしいです」

文=Robin George Andrews/訳=荒井ハンナ(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2024年6月9日公開)

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