(写真=ロイター)

高度550キロメートル(km)の低軌道に6000基超の人工衛星を配置し、世界最大の衛星通信網となったイーロン・マスク氏率いる米スペースXの「スターリンク」。ロケットを自社開発し、短期間で改善を繰り返すことで打ち上げコストの削減に成功。今では世界の人工衛星打ち上げ数の約7割をスターリンクが占めるという「1強」状態になっている。

スターリンクの強みは人工衛星の打ち上げ数だけではない。その技術力も国内外の関係者に衝撃を与えている。

「1日に42ペタ(ペタは1000兆)バイト超のデータを伝送」

これはレーザー光を使ったスターリンク衛星同士の衛星間光通信システムの実態だ。2024年1月に米国で開催された技術展でスペースXのエンジニアが初めて明らかにした。42ペタバイトという規模は、日本の携帯電話事業者2社分のデータ伝送量に相当する。これだけの規模のネットワークを、スターリンクは衛星軌道上にすでにつくりあげているのだ。

国内外の業界関係者をさらに驚かせたのが、スターリンクでは1日あたり26万回もの衛星間光通信を確立し、最大で5400km離れた衛星間をわずか12秒で接続する技術をすでに実用化している点である。日本の政府関係者は、「数千基もの人工衛星の通信リンクを人力で確立することは不可能。おそらく高度な仮想化技術を用いて自動化しているのだろう。もともと日本勢は周回遅れだったが、さらに遅れた」と漏らす。

実は衛星間光通信システムは、NECや宇宙航空研究開発機構(JAXA)、総務省の外郭団体である情報通信研究機構(NICT)が研究開発を進めており、日本勢にとっての数少ない活路の一つだった。

競争を左右する衛星間光通信

衛星通信サービスは、人工衛星と地上局がつながることでインターネット通信が可能になる。衛星間光通信を用いないサービスの場合、1つの衛星がカバーする範囲内に地上局がない地域ではサービスを提供できない。

衛星間光通信を活用することで、例えば南極など地上局の設置が難しいエリアでもサービスが可能になる。さらには通信が混雑している衛星に対して多数の衛星間光通信リンクを張ることで、ネットワーク運用の安定化も見込める。衛星間光通信は、これからの衛星通信サービスの競争を左右する重要技術といえる。

低軌道衛星は時速2万8000kmなど高速で地球を周回するため、衛星間光通信には高度な制御技術が求められる。そのため業界内では、衛星間光通信の本格展開はこれからとみられていた。しかし、スターリンクでは競合の数年先を行くレベルですでに衛星間光通信を実運用していたのだから、業界関係者が驚くのも無理はない。

スペースXはこのスターリンクの衛星間光通信システムを、他社に外販する考えを示している。衛星間光通信を研究する国内の関係者は「スターリンクは人工衛星の基数が多いため、衛星間光通信装置のコストも安くなっていくだろう。スターリンクの装置が衛星間光通信のデファクト(事実上の標準)になっていく可能性もある」と指摘する。

一方でスターリンクの他に、衛星間光通信装置の一大市場になると関係者の間で期待されているのが、米国防総省の宇宙開発局(SDA)が計画する大規模な軍事用衛星通信網「PWSA」だ。

PWSAでは、衛星間光通信機能を備えた1000基超の人工衛星打ち上げを計画する。人工衛星で探知したミサイルなどの情報を、衛星間光通信を利用して瞬時に地上に送信する機能の実現などを目指している。

SDAでは、このPWSAで使われる人工衛星の仕様を標準規格として策定している。衛星間光通信の仕様もこちらに含まれる。

今のところスターリンクの衛星間光通信の仕様と、SDAが策定した衛星間光通信の仕様は別物といわれている。

国内の関係者は「スペースXが自社の衛星間光通信の仕様を公開するのか、他の装置との相互接続を認めるようにしていくのかによって、この市場は大きく左右される」と話す。

技術面でも先行するスターリンクは、今後の鍵を握る衛星間光通信の分野でもキャスチングボートを握る存在になっている。

(日経ビジネス 堀越功)

[日経ビジネス電子版 2024年4月25日の記事を再構成]

日経ビジネス電子版

週刊経済誌「日経ビジネス」と「日経ビジネス電子版」の記事をスマートフォン、タブレット、パソコンでお読みいただけます。日経読者なら割引料金でご利用いただけます。

詳細・お申し込みはこちら
https://info.nikkei.com/nb/subscription-nk/

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。