世界最大の衛星通信網となったイーロン・マスク氏率いる米スペースXの「スターリンク」。今では世界の人工衛星打ち上げ数の約7割をスターリンクが占めるという「1強」状態になっている。スターリンクの技術力も競合の先を進んでおり、国内外の関係者に衝撃を与えている。

一方でスターリンクが巨大独占インフラになることのリスクも浮かぶ。

2023年9月に発売された評伝『イーロン・マスク(上・下)』(ウォルター・アイザックソン著、文芸春秋)によると、紛争で壊滅状態になったウクライナの通信インフラをスターリンクが支える一方、マスク氏はロシアによる核攻撃報復を回避するために、クリミア地域のスターリンク回線を一時切断したという。両国の戦闘激化を避けるためだ。

マスク氏は著者のアイザックソン氏にこうつぶやいたという。「スターリンクは戦争用じゃない」。このエピソードからは、国家安全保障に関わる通信インフラをスターリンクに頼るリスクも浮き彫りになる。

衛星通信は今後、コネクテッドカー(つながるクルマ)などにも活用されていくだろう。スウェーデンの通信機器大手エリクソンの日本法人エリクソン・ジャパンで最高技術責任者(CTO)を務める鹿島毅氏は「地上のネットワークがカバーしていないエリアをクルマが走るケースもある。そのため自動車メーカーは現在、衛星通信に高い興味を持っている」と語る。

ただ衛星通信分野は現在、様々な技術が混在している。「例えばコネクテッドカーの場合、10年スパンで技術を使う可能性がある。そのため、どの技術が主流になるのかが重要なテーマになっている」と鹿島氏は続ける。

現在、市場をリードしているのは、スターリンクなど独自技術によって衛星通信サービスを提供する方式だ。一方で携帯電話の標準化団体「3GPP」も、地上の基地局だけでなく、衛星通信なども活用した非地上系ネットワーク(NTN)の標準化を段階的に進めている。将来的には通常のスマホも標準仕様として、人工衛星との直接通信が可能になる道筋が見えている。

鹿島氏は「クルマのようなライフタイムが長い用途については3GPP標準を待ち、ライフタイムが短い用途については今ある技術を活用して市場投入までの時間を短縮するような使い分けになっていくのではないか」と指摘する。

中国が巨大衛星通信網

衛星通信が携帯電話の標準仕様になるとはいえ、人工衛星については誰かが打ち上げて運用しなければならない。低軌道衛星を活用する場合、50億ドルから100億ドルという参入コストがかかる。さらに低軌道衛星の場合、地球を周回するために、必然的に世界中を対象としたグローバルビジネスになる。現在、低軌道衛星を使った衛星通信サービスに名乗りを上げる事業者が続々と現れているが、高い参入コストと採算性を考えると、おそらく数社に集約されていくだろう。その点を踏まえても、すでに競合を大きく引き離す人工衛星を配置しているスターリンクが有利であることは変わらない。

スターリンクに次ぐ有力候補はどの陣営か。

米戦略国際問題研究所(CSIS)は22年12月のリポートにおいて「中国が(米国にとって)強力な競争相手になる可能性がある」と指摘する。

中国政府が全額出資する中国衛星網絡集団(星網)は、低軌道衛星約1万3000基を活用した「国網(Guowang)」と呼ぶ衛星通信サービスを計画する。24年に最初の衛星を打ち上げる見込みだ。

CSISは、中国の広域経済圏構想「一帯一路」の協力国において、中国が米国の衛星通信サービスの参入を阻止し、自国の衛星通信採用を促す可能性があるとする。高速通信規格「5G」と同様に、世界の衛星通信は中国技術を採用する国と排除する国で二分されていく可能性がある。

米アマゾン・ドット・コムが計画する衛星通信サービス「プロジェクト・カイパー」も、スターリンクの有力な対抗馬になりそうだ。

プロジェクト・カイパーは、スターリンクと同様に低軌道に3200基以上の人工衛星を配置し、地上系のネットワークでカバーされていない地域に衛星通信サービスを提供することを目指している。23年末に試験用衛星2基を打ち上げ、24年から本格的に商用衛星打ち上げを開始する計画だ。アマゾンはこのプロジェクト・カイパーに100億ドル以上を投資するとしている。

アマゾン・ドット・コムの創業者は、マスク氏と並ぶ世界有数の富豪であるジェフ・ベゾス氏だ。そのベゾス氏も、宇宙旅行を目的としたロケット開発企業、米ブルーオリジンを設立している。将来的にはスペースXと同様に、ベゾス氏傘下企業によってロケット開発と衛星通信サービスを垂直統合で提供していく可能性がある。ただ現時点では、プロジェクト・カイパー用の商用衛星打ち上げには米ブルーオリジンの他、仏アリアンスペースやライバルであるスペースXのロケットも活用せざるを得ない状況だ。

周辺には様々なビジネスチャンスが眠る

出遅れる日本勢に活路はあるのか。政府関係者は「日本勢ではスターリンクに対抗しようがない。むしろセキュリティーなどをしっかり確保してスターリンクを使いこなす方向ではないか」と語る。

NTTとスカパーJSATが設立し衛星ビジネスを展開するスペースコンパス(東京・千代田)の堀茂弘代表取締役も「スターリンクを後追いしたところで背中も見えない。違う道で先回りする戦略が必要だ」と力を込める。

スペースコンパスは低軌道衛星だけではなく、静止軌道衛星や空飛ぶ基地局と呼ばれるHAPS(高高度疑似衛星)、地上系ネットワークも活用しながら事業をつくっていく計画だ。23年にはアマゾン・ドット・コムのプロジェクト・カイパーとの協業を発表した。堀氏は「どれか一つの技術が万能で優れているわけではない」と語り、組み合わせによる新たな価値が日本勢にとっての勝ち筋とする。

確かに、世界を支えるインフラになったインターネットも、プロバイダー同士が相互接続するインターネットエクスチェンジ(IX)や動画や映像などを短時間で表示できるようにするCDN(コンテンツ配信網)など様々なサービスが登場することで発展を遂げた。

多数の人工衛星を制御し、ネットワークを自動運用するためのソフトウエア技術も重要になるだろう。例えばスペースXは、スターリンクのネットワークの遅延を改善するために、24年初めから3月までに193の人工衛星用のソフトウエアや75の地上局用ソフトウエア、222のスターリンクのアプリケーション用ソフトウエアをテストしてきたという。製品の試作と検証を素早く繰り返す「アジャイル開発」の手法をロケット開発に取り入れたことで注目を集めるスペースXだが、ソフトウエア開発も当然ながらアジャイルに進めていることを物語るエピソードだ。

マスク氏が切り開いたスターリンクによる衛星通信新時代はまだ始まったばかり。周辺に眠る多くのチャンスを先回りして掘り当てることが、日本勢にとっての衛星通信新時代の活路となる。

(日経ビジネス 堀越功)

[日経ビジネス電子版 2024年4月26日の記事を再構成]

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