スイス、ジュネーブの国際連合で働く中国語の通訳。英語話者にとって、中国語は最も習得が難しい言語の一つだ。スペイン語やフランス語は24〜30週間で習得できるのに対し、中国語は集中的に訓練しても88週間かかると言われている。(PHOTOGRAPH BY MARK HENLEY, PANOS PICTURES/REDUX)

新しい言語の習得は、特に大人にとって、気が遠くなるようなことに感じられるかもしれない。新しいスキルは、学び始めるのが早いほど習得しやすいというのが定説だ。年齢が言語を学ぶ能力に大きな影響を与えるという説は、かつて幼児期が第2言語の習得に最適な時期と考えられていた理由の一つだ。しかし、それが真実かどうかは、科学界で激しく議論されてきた。

こうした考え方は、残念なことに、年配者は新しい文法や構文、言葉の意味に素早く適応できないのではないかという疑問を固定化し、多くのポリグロット(多言語話者)の誕生を妨げてきた。

絶えず変化する複雑な臓器である人の脳は、思春期以降も学習能力を高められることが研究によって示唆されている。単に大人と子どもでは物事の吸収や学習の方法が異なるだけだ。

「大人はあらゆる面で学習能力が高いと研究によって示唆されています。なぜなら、大人は自己管理能力が高く、何かを学びたいと思ったら熱心に取り組むためです」と米ジョージタウン大学の言語学教授ローデス・オルテガ氏は説明する。

オルテガ氏自身も4つの言語を話すことができる。「世界中の大人を見渡してみると、言語の習熟度や流ちょうさ、言語を使ってしたいことができる能力はさまざまですが、そこに限界はありません」

母語以外でコミュニケーションできる人は、認知面でも多くの恩恵がある。つまり、言語能力の限界に挑むことは、むしろ価値あることかもしれない。

どうすれば第2言語を習得できるのか

米国勢調査局によれば、米国民の約20%が英語以外の言語も話している。一方、ヨーロッパでは、2つ以上の言語を話せる人は59%に達しており、言語学習に対する意識の地域差は明白だ。

しかし、幼少期以降の言語習得を専門とするオルテガ氏は、例えば、どれくらいその言語に触れているかなど、年齢以外の要素の方が言語学習の成功に大きな違いをもたらすと述べている。「その言語に触れる機会がなければ、幼少期でもそれ以降でも、学習が起きることはありません」

ほとんどの人が外国語の習得に何年もかかるとオルテガ氏は話す。米外務職員局(FSI)によれば、その人の生まれ持った能力、過去にほかの言語を学んだ経験、レッスンの一貫性といった要素が言語学習のプロセスに影響を与える。

FSIによれば、英語を母語とする人がスペイン語やフランス語など、英語と似た言語を学ぶ場合、約24〜30週間という比較的短い期間で習得できるという。一方、ギリシャ語やロシア語など、英語と文化的に大きな違いがある言語は約44週間かかる。さらに、アラビア語や中国語など、特に難しいとされる言語の場合、習得にはその2倍の約88週間かかるとしている。

オルテガ氏によれば、これらの推定値は、1日あたり数時間の学習を週に何日も熱心に続ける厳格なモデルに基づいているという。このような厳しいスケジュールを一人でこなすのは不可能であり、期待すべきでもない。「Babbel」や「Duolingo」といったアプリが登場して外国語学習が身近なものになり、自信を持ちながら自分のペースでゴールを目指すことが可能になった今ではなおさらだ。

「大人が新しい言語を習得するには、その言語を好きになり、生活の一部にする必要があります」とオルテガ氏は話す。「理論的には、言語学習は素晴らしいことですが、学ぶための理由と時間が必要です」

とはいえ、子どもにも大人にも、それぞれに強みと弱みがある。子どもは新しい言語をより直感的に学ぶ傾向があり、新しい言語で遊んだり実験したりする機会も多く、翻訳アプリなどの助けを借りずに新しい言語を使わなければならない場面もあるだろう。一方、大人は暗記やイメージトレーニングの方法を自分で考えるなど、言語学習の質を高めるための戦略が使える。

それでも、米マサチューセッツ総合病院(MGH)付属保健医療大学の研究准教授ジョシュア・ハーツホーン氏によれば、これまであまり科学者が注目してこなかった年齢でも、実際には多くのことが起きていると判明しつつある。

「新しい言語を学習する場合、4〜5年以内に一定のレベルに達し、そこで止まると考えられてきました」とハーツホーン氏は話す。「しかし、私たちは実際、30年ほど学び続けている人々の能力が向上し続ける例を目にしてきました」

第2言語の学習は心の栄養になる

年配者は認知能力と社会生活を向上させたいとますます求めるようになっており、需要が高まる言語学習は、そうした欲求を実現する素晴らしい方法だと証明されている。

「バイリンガルであることは、認知能力にさまざまなメリットがあります」と米シカゴ大学の心理学教授ボアズ・カイザー氏は話す。「多くの言語を学ぶほど、その言語が私たちの生活にとってどれほど重要かがわかります。私たちはそれを当たり前だと思っています」

年配者にとっては、記憶保持力の向上や語彙(ごい)の拡大といったメリットが考えられる。さらに、多くの研究が、大人になってから新たな言語を学ぶことは認知症の予防になる可能性さえ示唆している。また、言語を学習すれば、より柔軟な思考が可能になるとカイザー氏は述べている。

「外国語を使うときは、リスクを取ることをいとわなくなります」と氏は話す。「外国語はあまり感情と結び付かないためです」。さらに、氏によれば、多言語を操る人は異なる視点に立つのが得意で、話し手の意図をうまくくみ取ることができるという。これは異文化交流を円滑にする能力であり、大人の方が得意とする言語能力のもう一つの側面だ。

言語を使った交流は社会的なネットワークを広げる素晴らしいツールであるにもかかわらず、年配者が新しい言語を学ぼうとするときに直面する課題の研究はまだ不足している。

教室での苦労をテーマにした2019年の研究によれば、年配者はニーズに合わない教科書を使うことになる場合がある。具体的には、取り上げられている例や活動が幼稚すぎたり、不適切に感じられたりして、真剣に取り組むのが難しい教科書だ。また、年配者はミスを避けるために発言をためらう傾向がある。

とはいえ、母語以外の言語を知ることには大きな見返りがある。大きな見返りを得るのに一番の方法は、今日から始めることだ。

「それが人生を豊かにするという考え方を人々がもっと受け入れてくれたら最高です」とオルテガ氏は話す。「できれば1つの言語ではなく、少なくとも2つの言語を試してほしいと思います。なぜなら、それぞれが全く異なるものに感じられるためです」

文=Tatyana Woodall/訳=米井香織(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2024年7月11日公開)

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