30年以上にわたり深海探査を担ってきた有人潜水調査船「しんかい6500」の設計寿命が迫っている。後継の有人機をつくる技術は途絶えていることから、文部科学省は無人機を優先して開発する方針を決めた。研究や海底資源をめぐって各国の探査機開発競争が激化しており、日本も遅れを取り戻したい考えだ。
潜航1700回超、操縦室は2040年代に寿命
海洋研究開発機構(JAMSTEC)が所有するしんかい6500は国内唯一の有人機で、1990年に完成した。潜航は1700回を超え、このまま使えば2040年代に「耐圧殻」と呼ばれる球形の操縦室が設計上の寿命を迎える。
耐圧殻はチタン合金製のほぼ真球(厚さ約7センチ、内径2メートル)で、これをつくる技術が継承されていないという。海外で製造してもらう場合、日本の厳しい安全基準を満たすことを確認できる施設は中国やロシアにしかない。緊急浮上する機器なども老朽化するが、製造は中止されている。
後継の有人機構想は困難に
有人機の後継船をめぐっては、15年にJAMSTECが「しんかい12000」構想を公表。20年代後半にも運用を始めるとしていたが、頓挫している。
文科省の有識者会議は、しんかい6500並みの能力をもつ有人機の建造は「極めて困難」と指摘。親会議にあたる海洋開発分科会は1日、人命のリスクが伴うこともふまえ、まずは6500メートル以深の試料採取や観察の機能がある無人機の開発を優先的に進める方針を決めた。
無人機には、母船とつながるケーブルでデータのやりとりや電力供給をする遠隔操作型ロボット(ROV)と、ケーブルなしで海中を自動航行する自律型無人探査機(AUV)がある。
電池で動くAUVは、多くのエネルギーを使う試料採取には不向きだが、自由に動ける。ケーブルがあるROVは航行範囲が制限されるが、水中を確認しながら遠隔操縦で試料採取できる。AUVによる広域探査で対象範囲を絞り、ROVによる試料採取をするという、2種類の無人機それぞれの強みを生かした効率的な深海探査をめざす内容でまとまった。
JAMSTECは、しんかい6500を寿命まで使った後、AI(人工知能)を搭載した無人機に軸足を移す考えだ。有人機の窓から深海を観察する代わりに、VR(バーチャルリアリティー)技術で無人機のカメラを通して観察できるシステムを開発する案を示す。
深海大国の日本、経済安保での重要性も
深海探査は、生態系や海底地形などの学術的な調査だけでなく、エネルギーや鉱物資源の探査など経済安全保障に資すると位置づけられている。
東京大と日本財団は今年6月、レアメタル(希少金属)を含む鉱物が密集する海域を南鳥島近海の海底で確認したと発表した。コバルトやニッケルなどが含まれており、25年から大規模に採取する計画を明らかにした。
この鉱物の存在は、16年にしんかい6500による調査で確認していたものだ。レアメタルは、スマートフォンや電気自動車などに欠かせないが、輸入に頼る。東大の加藤泰浩教授(地球資源学)は「日本のEEZ(排他的経済水域)を開発できれば、国産の資源を活用して産業化できる可能性がある」と話す。
日本は、領海とEEZ内で5千メートル以深の体積が世界1位の「深海大国」。だが、JAMSTECがもつ潜水機の能力は、しんかい6500を除くと、現時点では無人機の4500メートル級が最大だ。
25年度にはAUV「うらしま」を改造して8千メートルまで潜れるようにする予定だが、試料採取はできないため、有人機やROVと組み合わせる必要がある。
東京海洋大の北里洋客員教授(地球生命科学)は「日本は深海研究の宝庫。すぐ近くに現場があるのに、アクセスできなくなるのはもったいない」と話す。
後れをとる日本、「空白期」つくらないために
一方、海外では、より深く、より高性能の探査機開発が進む。
有人機は学術調査以外のニーズは少ないが、深海での科学技術をリードしたい国が高性能機を導入している。
中国の「奮闘者」と米国の民間調査船「バクナワ(旧リミッティング・ファクター号)」は1万メートル級(フルデプス)。6千メートル級はフランスの「ノチール」のほか、インドの探査機が26年の完成に向けて建造中という。
無人機は、海底資源開発や洋上風力発電施設の建設などビジネスニーズがある。欧州や韓国、豪州などで6千メートル級以上が導入されている。経済安保の観点から国産化を進める国も少なくない。
かつて世界トップの潜水能力を誇った日本は、すでに後れを取っている。
特にAUV(自律型無人探査機)の開発では欧米が先行する。日本が保有するAUVのほとんどが外国製。そのため政府は昨年、30年までに国産化をめざす戦略を決めた。JAMSTECの技術を民間に提供して利用拡大を進める。
名古屋大の道林克禎教授(地質学)は文科省の有識者会議で、「EEZに超深海をもつ日本にとって探査機の有用性は高い。有人機の開発に時間を費やしている間に、しんかい6500が廃船になるのはマイナス。現状を維持しつつ、フルデプスの無人探査機を開発してほしい」と要望した。
文科省の担当者は、無人機開発を優先させる今回の方針について「有人機開発から手を引くものではない」とも説明する。深海探査の「空白期」をつくらないことが重要だとし、「深海調査を途絶えさせないためにまず何を早急に進めていくべきかを示した」と話す。(玉木祥子)
しんかい6500
全長9.7メートル、幅2.7メートル、高さ4.1メートルの有人潜水調査船。3人乗りで、建造費は約125億円。水深6500メートルまで潜れ、深海生物の発見などの成果を残してきた。2011年の東日本大震災後には震源海域を調査し、地震で生じたとみられる海底の亀裂を発見。19年の調査では、水深6千メートル近い深海底にたまる大量のプラスチックごみを見つけた。
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〈おわび〉当初配信した記事で、国立科学博物館の谷健一郎研究主幹の「現状でもまずい状態。早期の老朽化対策が必要だが、延命治療しても使えるのかというのが現場が感じている危機感だ」としていた発言は、しんかい6500ではなく、その支援母船「よこすか」についての言及でした。発言を含む段落を削除しました。記者が有識者会議を傍聴し、谷研究主幹の発言を記事に盛り込みましたが、ご本人への確認を怠り、意図を取り違えました。おわびいたします。記事の他の部分についても確認中です。
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