日本経済新聞社は7月9日、官民連携で脱炭素社会の実現を目指すNIKKEI脱炭素プロジェクト(2024年度)の一環で、サステナビリティー(持続可能性)情報の開示に関する分科会を東京都内のホテルで開いた。脱炭素化への取り組みが企業価値を左右しつつある中、開示を好機と捉え推進する重要性を共有した。開示に伴う負担など課題についても議論した。
開示時期や範囲に高い関心
分科会には、脱炭素に詳しい有識者からなるNIKKEI脱炭素委員会のメンバーのほか、海運や金融などの業界の参画企業担当者が出席した。ゲストとしてサステナビリティ基準委員会(SSBJ)の中條恵美常勤委員と、金融庁の野崎彰企業開示課長も加わった。
サステナビリティー情報の開示を巡っては、ルール作りが急ピッチで進む。国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)は23年6月、開示すべき情報や公表時期などを示した国際基準を策定。これを受け、SSBJは24年3月に日本版基準の草案をまとめた。草案では温暖化ガス(GHG)排出量や気候変動が経営に与える影響などを原則、財務諸表と同時期に公表することを企業に求めている。
会合ではSSBJの中條氏が草案の概要について説明。その後、金融庁の野崎氏がサステナ情報開示の狙いや企業への適用時期の方向性、関連制度の協議状況などについて話した。
ゲスト2氏の説明を受け、参画企業からは「情報開示は企業価値向上につなげられる良いチャンスになる」「資産運用会社からは欧州を中心に(サステナ情報への)強い関心があるので、きちんと応えなければならない」といった意欲的なコメントが続いた。
一方で開示に伴う負担や不安が指摘された。上場企業は23年3月期決算から有価証券報告書にサステナ情報記載欄の新設が義務付けられている。しかし業務の負担などから「どれだけ頑張っても(情報をまとめられるのは)8月末で、(有価証券報告書の提出期限である)6月末までにできるかどうか難しい」との声が上がった。
参画企業の関心を集めたのが、自社拠点だけでなく原材料の調達や製造、輸送段階でのGHG排出量「スコープ3」も開示することを、草案で求められている点だ。スコープ3の範囲は供給網全体に及ぶため必要なデータが社外などにあり、正確な数値を計算することが難しいとされる。
企業からは「活動コストに関わる」「『正しい数字はないのでは』というのが正直なところだ」といった発言があった。こうした指摘に野崎氏は「企業の工夫が投資家に届くよう制度設計していきたい」などと応答。中條氏は「実務に配慮して過大なコストや労力をかけず、入手可能な情報に基づき開示する取り扱いを定めている」と呼びかけた。
中小企業の視点からも意見が上がった。ある参画企業の担当者は、中小企業は同じ商品を複数の大企業に納めていることが多いため、それぞれの納入先から別々のサステナ情報関連の基準を満たすことを求められる可能性を指摘。「私たちのような立場の企業に負荷が最もかかるのも事実。支援策の整備を急いでほしい」(同担当者)と強調した。
このほか、開示したサステナ情報の保証作業を担える人材の不足や、利益を追求すればするほどGHG排出量が増えてしまう現状などについても共有された。
SSBJは草案へのコメントを24年7月末まで募った後、25年3月末までに確定版を公表する予定だ。金融庁では時価総額3兆円以上の企業を対象に27年3月期から基準を適用し、その後段階的に対象企業を広げる案を検討している。
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市場との対話、好循環を目指す
金融庁企業開示課長 野崎彰氏
金融庁の金融審議会ディスクロージャーワーキンググループはサステナビリティーを含む非財務情報開示の充実と効率化に取り組んできた。2023年3月期からサステナ情報の記載欄を新設し、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の枠組みに沿って有価証券報告書の開示が始まった。今後はSSBJ基準の開発を見据え、より具体的な制度の下での開示を、プライム市場の時価総額の大きい企業から段階的に求めたい。
開示基準の制度化は国際的に進む。日本企業の開示では、国際的な比較可能性を確保することで投資家から評価され、投資家と企業の建設的な対話を促進して中長期的な企業価値の向上につなげる視点を持ち続けることが重要だ。
サステナ情報は財務諸表と同時開示が望ましいが、金融庁は企業負担を考慮し経過措置を含めてタイミングを検討している。投資家やアナリストからは、開示の際は比較可能性、透明性、独自性の3つが重要であり、戦略や指標がどんな取り組み方針に基づくのか、企業価値向上にどう結びつくのかを示すことも有用だ、といった指摘がある。
関心の高いのがスコープ3の排出量だ。完璧なデータで開示する難しさは認識するが、ポジティブに使うため投資家や企業が実務を積み上げる必要がある。
企業の中長期的な事業の見通しやサプライチェーンからのデータなど、企業側の対応だけでは必ずしも正確性を担保できない情報も含まれるため、海外でセーフハーバー・ルール(安全港の規定)を設ける例がある。日本でもガイドラインで将来情報についての考え方を示している。
サステナ情報の信頼性を確保する保証に関しては、国内外動向を注視して制度設計を柔軟に検討中だ。
日本版基準、国際比較可能に
サステナビリティ基準委員会(SSBJ)常勤委員 中條恵美氏
2024年3月に公表したサステナビリティー情報開示の日本版基準の草案では、ISSBが示した国際基準との整合性を図っており、国際的な比較可能性の確保を基本方針とした。
ISSB基準の特徴は①投資家などのニーズに応える②気候関連の開示をテーマ別に掲げる③気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)などの枠組みに従った基準開発④各国基準との両立が可能なグローバル・ベースライン――という点だ。今回SSBJが示した基準の草案では、特にグローバル企業から「日本版基準と同時に国際基準にも準拠したことを表明したい」との要望が寄せられたことから、ISSB基準で要求している事項を全て取り入れた。
一方、日本国内の状況や法制度を踏まえ、一部の要求事項についてはISSB基準に代えてSSBJ基準独自の取り扱いを選択適用することを認めている。一部の定めでは、ISSB基準に追加して要求している。
SSBJ独自の選択適用の一つが、スコープ2のGHG排出量をロケーション基準のほかに、マーケット基準で算出し開示する点だ。マーケット基準の方が企業努力を反映できるため、開示を認めるべきだとの意見を踏まえた。
ファイナンスド・エミッション(金融機関の投融資先のGHG排出量)については、ISSB基準では「資産運用・商業銀行または保険に関する活動を行う場合に開示」となっているが、活動の定義が曖昧なため「業として営むことについて法令により規制を受けている時」という形で明確化を図っている。スコープ3では、カテゴリー別に分解したGHG排出量の開示を定めている。戦略との関係がわかりやすいという投資家からの意見を踏まえ、この形にした。
キーワード解説
ISSBとSSBJ
国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)は、企業が環境や社会問題への取り組みなど非財務情報を開示する際に必要となる、国際基準を策定する組織。国際会計基準を作る国際会計基準審議会(IASB)の姉妹組織として設置された。
サステナビリティ基準委員会(SSBJ)はサステナビリティー開示の専門家らで構成された日本の組織で、ISSBの国際的なサステナ情報開示基準を基に、日本版の基準作りを進めている。
スコープ3
GHG排出量はその排出形態などによって3つのカテゴリーに分かれる。スコープ1は工場など自社拠点での排出、スコープ2は自社拠点でのエネルギー使用に伴う排出を指す。スコープ3は原材料の調達や製造、輸送などでの排出で、供給網にかかわる他社の排出を含む。
ディスクロージャー分科会出席者
NIKKEI脱炭素委員会
▼高村ゆかり[委員長] 東京大学未来ビジョン研究センター教授
▼末吉竹二郎 国連環境計画・金融イニシアティブ特別顧問
▼森沢充世 PRI事務局シニア・リード
▼田中加奈子 産業技術総合研究所客員研究員
▼水口剛 高崎経済大学学長
▼田中謙司 東京大学大学院工学系研究科教授
▼吉高まり 三菱UFJリサーチ&コンサルティングフェロー(サステナビリティ)/東京大学教養学部客員教授
▼安藤淳 日本経済新聞社編集委員
参画企業
▼グリーンエナジー&カンパニー 石川大門ストラテジー本部本部長兼HR&ブランド戦略部部長
▼EY Japan 瀧澤徳也チーフ・サステナビリティ・オフィサー
▼アビームコンサルティング 豊嶋修平・執行役員プリンシパルSCM改革戦略ユニット
▼日本郵船 筒井裕子・執行役員ESG戦略副本部長
▼日本ガイシ 石原亮・執行役員ESG推進統括部長
▼三井不動産 山本有サステナビリティ推進部長
▼みずほフィナンシャルグループ 山我哲平サステナビリティ企画部担当部長
▼格付投資情報センター 奥村信之・執行役員サステナブルファイナンス本部長
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