新型コロナウイルス禍を経て自転車とバスの道路空間に生まれ変わったパリ中心部のリヴォリ通り

連日、熱戦が繰り広げられたパリ五輪。開催都市であるパリでは目下、脱炭素化を目指した世界でも最先端のモビリティー革命が進行中だ。電動化された路線バスの車庫再編、トラックからカーゴバイクへの積み替え拠点の設置など、都市空間をリデザインする取り組みに、日本も学ぶべきことが多い。モビリティーデザイナーで都市・交通のシンクタンクである計量計画研究所で理事兼研究本部企画戦略部長を務める牧村和彦氏が解説する。

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世界の先進都市は、バスやトラックなど商用車の脱炭素化が加速している。まち中を走る数千台規模の路線バスは、次々と電動駆動の車両に置き換わっている。

これはロンドンやパリといった大都市だけではなく、地方都市でも、今や3〜5割は電動駆動やバイオメタンによる車両など、温暖化ガスを出さないモビリティーサービスがまちの主役だ。

日本では、欧州におけるガソリン車の販売禁止が時々話題にはなる。しかし、欧州の中心市街地ではディーゼル車の走行を禁止する動きが急拡大していることは、あまり知られていない。

段階的にエリアや規制対象車両を拡大しながら、脱炭素化政策を戦略的かつ計画的に推進している。ガソリン車などを販売できなくなるだけではなく、走行不可になるか、高額の追加料金が走行のたびに課せられることになる。

こうした中で鍵を握る電気自動車(EV)バス普及の課題の一つが給電だ。路線バスはマイカーよりもはるかに大型であり、1日の走行距離も長い。そこで、バス停留所に急速充電できる装置を設置し、運行しながら給電する方法や車庫で給電する方法が欧州では実用化されてきている。

中でも、EVバスの走行距離特性などを踏まえ、車庫を再配置、再編し、モビリティーサービス全体をリデザイン(再設計)する動きが活発だ。

物流車両も同様の動きがある。中心市街地は年式の古い車両やディーゼル車の流入に対して様々な規制がかかっており、新たな規制強化も進んでいる。その結果、欧州主要都市のまち中は、カーゴバイクの一大ブームが到来している状況だ。

カーゴバイクとは、バイク(自転車)とカーゴ(貨物)を組み合わせた車両である。日本とは大きく異なり、電動アシスト力も大きく、200〜300キログラムといった軽トラック並みの積載量を誇り、洗練されたデザインの車両が続々と登場している。

物流の脱炭素化を推進していく上での一つの課題が、トラックからカーゴバイクへの積み替えであり、積み替え拠点の確保がビジネスの商機を握っているといっても過言ではない。

このバス車庫再編の課題と、物流の積み替え拠点にまつわる課題の両方を解決する新しいアイデアが、オリンピック・パラリンピックが開催されているパリで生まれているのをご存じだろうか。

「バスの車庫」が新たな再開発の目玉事業に

パリの路線バスを運行するパリ交通公団(RATP)は、2025年までに保有する5000台の路線バス車両を全て脱炭素化し、電動駆動や燃料をバイオメタンとする「Bus2025」戦略を展開中だ。

車両の電動化を推進するためには、充電施設の配置に伴うバス車庫の再編が重要であり、パリ市内にある25の施設を再編し、25年までにこれらの車庫を再開発する新たな事業を加速させている。

下図にあるバスセンターのうち、15のバスセンターがすでに再開発、再整備されており、うち7つのバスセンターはバイオメタン対応、残りが充電対応のセンターにアップデートされている。

バスの車庫が再開発事業と一体で再編されるパリ(出所:RATP資料)

その中の一つ、ラグニーバスセンターを紹介しよう。

同センターは8万平方メートルの敷地に3億5000万ユーロを投資した複合再開発事業だ。バス車両が全て電動化されたことで、排ガスの課題がなくなり、バスセンターが建物と一体の建築物になっていることが最大の特徴となる。

複合再開発されたラグニーバスセンター

以前は100台のディーゼルバスの車庫であったところを地上と地下の2層構造とすることで、収容台数自体を1.8倍の180台に増強している。また、以前にはなかった整備工場も新たに設置されている。

上層部には、オフィス、学校、幼稚園などを配置した複合開発をしており、近年の人手不足への対応として運転手向けの社宅も併設している。さらに、気候危機への対応として、建物内に庭園や緑化スペースを設けている点も興味深い。

少しマニアックな話になるが、フランスの鉄道車両メーカーのアルストムが前後対称形の電動バス車両「Aptis」を開発しており、このAptisの運行拠点としてもラグニーバスセンターは活躍している。フランスの脱炭素化のシンボルとして、重要な役目を担っているというわけだ。

鉄道メーカーが開発した前後対称デザインのEVバス

バスの車庫が日中は物流配送センターに

180台収容のラグニーバスセンターも日中は車両が出払っている。そこで、空いたスペースを午前8時〜午後8時まで、積み替え用の配送拠点として物流企業に提供する取り組みを21年6月から始めている。

現在11台分のスペースをアマゾンとMiist社に24年12月までの契約として貸し出している。大型のトラックが毎日数回、この拠点に荷物を運び込み、待機している三輪のカーゴバイクの運転手が積み替えを行う。

バス用の車庫として設計されていることから、20トン近い大型のトラックも難なく積み替えスペースまで荷物を運べることが利点。三輪カーゴバイクは20〜25台が駐車できる空間となっており、雨風にさらされることなく作業ができる良好な環境が整っている。

バスセンターから配送に向かう電動アシスト三輪のカーゴバイク

それぞれのバスセンターからは、おおむねカーゴバイクで20分の配送圏域をカバーしており、パリ市内のバスセンターだけで4カ所がこのような運用をしているという。パリ交通公団の話では、アマゾンのパリ市内における全配送量のうち35%をこの拠点が担っており、都市内配送により生じる温暖化ガスの80%が削減されたとのことだ。

限られた都市空間の中で、新たな移動の価値を高めていく上では、時間と空間のシェアリングが一層重要になっていくだろう。その際には、人の移動とモノの移動を別々に捉えるのではなく、一体での運用を描いていく先に様々なアイデアが生まれ、社会課題の解決に大きく貢献できる世界が訪れるのではないだろうか。

その一つのミッションが気候危機対策であり、モビリティー革命を契機に世界中から様々なアイデアが登場し、社会実装され始めている。

翻って日本では、緩やかに商用車の脱炭素化が進んでいるものの、大都市においてもEVバスや水素バスに出合うことはまれだ。物流分野においても、運転手不足の課題に対して、都市内の配送需要や脱炭素化への対応は道半ばであり、その先のビジョンは極めて不透明な印象だ。

モビリティーDX(デジタルトランスフォーメーション)やGX(グリーントランスフォーメーション)といった、モビリティー分野のロードマップからもこれらをけん引していく力強いメッセージは感じられない。

一方で、24年の国土交通省や経済産業省の重点施策の一つに「モビリティハブ」が位置付けられている。モビリティハブとは、鉄軌道やバス停留所の周辺、また移動が不便な住宅地などに、カーシェアリングや自転車シェアリング、電動キックスケーターなどの貸し出し拠点を集約し、移動の選択肢を提供しながら新しいライフスタイルを創出していく取り組みだ。

こうしたモビリティハブの具体的な施策として、本稿で取り上げたパリの取り組みは大いに参考になるのではないだろうか。

(計量計画研究所 牧村和彦)

[日経クロストレンド 2024年7月31日の記事を再構成]

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