“処理水が地震を引き起こした”

宮崎県で震度6弱の揺れを観測した地震が発生した今月8日、中国のSNS「ウェイボー」には以下のような根拠のない書き込みが次々と出現した。

「核汚染水」は、東京電力福島第一原子力発電所にたまる処理水を批判するワードで、処理水の放出によって地震が引き起こされたと訴えているが、いずれも根拠は示されていない。

処理水の安全性について、検証を続けているIAEA=国際原子力機関は先月18日に公表した放出開始後2回目の報告書で、引き続き国際的な安全基準に合致しているという評価を示しています。

さらにSNSの書き込みを見てみると、地震だけでなく、日本で起きた火災や事故を「天罰」だとする投稿や、オリンピックで活躍した日本選手を批判する投稿などでも、その口実として処理水が根拠なく言及されていた。

ことし6月には、東京の靖国神社の石の柱に落書きが見つかり、実行役とみられ指名手配された中国人の男が出国後に処理水放出を批判する動画がSNSに投稿されるなど、処理水への反発は、いまも続いているとみられる。

世界に拡散した処理水フェイク

中国や韓国で巻き起こった処理水放出への反発を助長したのが、SNS上で広がった処理水をめぐるフェイクや真偽不明な情報だ。

去年8月の放出開始直後に広がったこの投稿。

日本から太平洋に向けて汚染が広がるようにみえる動画に、「核物質と直接接触した汚染水を海洋に放出」といった誤解を招く文章が添えられていたが、実際には、2012年にドイツにある研究機関が福島の原発事故に関して発表した研究のシミュレーションの動画だった。

処理水とは関係のない過去の動画が、あたかも処理水の危険性を訴えるように使われていたのだ。

また、去年12月には北海道・函館市の海岸にイワシやサバなどの魚が大量に打ち上げられた映像とともに、処理水の影響を関連付ける情報が拡散したが、科学的な根拠は示されていない。

このほかにも、処理水をめぐってはフェイクや根拠不明な情報がさまざま飛び交う事態となった。

処理水批判を広める“インフルエンサー”の存在

放出開始から1年がたついま、SNS上では処理水に関する発信は減少しているものの、こうした不審な情報が、拡散されるメカニズムもみえてきた。

国際問題や安全保障をテーマにネット空間を中心に調査してきた「ジャパン・ネクサス・インテリジェンス」。

これまで1年以上にわたって処理水をめぐるフェイクを監視してきたところ、意図的にフェイクや根拠不明な情報を広める“実行役”とみられる存在がみえてきたと指摘する。

それが多くのフォロワーを抱え特定の主張を繰り返す「インフルエンサー」たちだ。

こちらのアカウントは南アフリカ出身を名乗り、数万のフォロワーがいるが、これまで処理水放出をめぐって批判的な言説を繰り返してきた。

なかには、冒頭で紹介した北海道で魚が打ち上げられた動画を転載し、「何千トンもの魚が日本政府によって汚染された」と誤った主張を行っていた投稿もあった。

調査会社によると、こうしたインフルエンサーによる発信は英語だけでなく、日本語や韓国語、スペイン語などでも見つかっているという。

(調査担当者)
「中国のメディアで発信された処理水への批判をそのままコピーしている事例もあり、英語などで発信することでそうした情報を西側諸国や第三諸国に広めていた役割を果たしていたとみています」

不自然な増幅も?

さらに分析を進めると、こうしたインフルエンサーの投稿が“不自然に”増幅されていたことが分かったという。

南アフリカ出身を名乗るインフルエンサーの別の投稿を、誰がリポストしたのかを専用のツールで調べた。

120余りのアカウントがリポストしていたが、半数以上が機械的に操作された人間ではないアカウント、“ボット”だったと判定された。

また、ドイツ人を名乗るインフルエンサーが、数年前にメキシコで撮影された汚水が放出される映像とともに、処理水放出を批判した投稿では、リポストした800余りのアカウントのうち62%がボットだったという。

こうしたボットでの拡散は不正な水増しにあたるとして多くのSNS運営会社が禁止している。

調査会社は、ボットによってリポスト数を増やすことで、SNS上でより多くの人の目に触れるようにするねらいがあると指摘する。

さらに、このアカウントはほかにも不自然な点が見つかった。

プロフィール写真を詳細にみてみると、髪やひげなどの一部が欠けているようにみられ、正確には判断できないものの、調査会社では、生成AIを使って作られた画像である可能性があると指摘する。

拡散のパターンは

こうした不審な投稿を詳細に分析していくなかで、処理水批判を拡散するパターンがみえてきたという。

中国の大手メディアのアカウントが去年8月、不気味な化け物が放射性物質を海に垂れ流すようなイラストとともに日本による処理水放出を痛烈に批判、やゆする内容を投稿。

この投稿の数時間後、この投稿と同じイラストと、よく似た文章を使った投稿を、中国の外交官のアカウント、インフルエンサーアカウントが、投稿していた。

NHKがこれらの投稿をリポストしたアカウントを可視化したところ、それぞれの投稿がフォロワーたちによって順次拡散され、1つのストーリーがさまざまな人たちに伝わっていった状況がみてとれた。

調査会社では、こうしたメディアや外交官、インフルエンサーが同じストーリーをそれぞれ拡散し、一部はボットによって不正に増幅されていくメカニズムが、この1年に拡散した処理水をめぐる批判やフェイクでよくみられ、その構図は今後も続いていくおそれがあるとしている。

(高森雅和 代表取締役)
「中国(政府)が関与しているということは断定できませんが、処理水を批判するために中国が主張しているものとほぼ同一の主張が、中国のメディアや外交官、インフルエンサーによって拡散されて、影響力を発揮した事象を観測しています。こうした拡散活動は、世界での日本の評判を下げたり、日本国内の分断を広めるといった政治的な目的によって行われたと考えています。人々の関心が低下するなかでも、こうしたメカニズムによって拡散されるネガティブな情報というのはそれほど減っていないと感じていて、もし今後なにかのきっかけで処理水への関心が高まったときに、そうしたネガティブな情報に触れてしまうリスクがあります」

処理水をめぐる、批判が、今後もネット上で再燃するリスクもデータからも見えてきた。

サイバーセキュリティーに詳しい明治大学の齋藤孝道教授が、ここ数か月に英語で処理水に関して批判的なワードがどれくらいSNSに投稿されていたかを分析すると、投稿数は少ないものの、数週間に1度の間隔で断続的に投稿数が増えては減ってを繰り返していた。

ネット上で自然に話題になったワードであれば一度話題になったあとは沈静化するが、こうした断続的な投稿の増減から、何者かが意図的に処理水の批判を広げようとしている可能性があると指摘している。

(明治大学 齋藤孝道教授)
「ネット上で拡散しやすい話題をネットミームというのですが、処理水は日本を批判する際のネットミームの1つとなってしまい、原発や福島と関係なくてもネット上の炎上で使われていて、今後も継続していくとみています。実際、この数か月でも何者かが炎上をねらって福島の処理水の話題を広げようとする意図的な活動が観測されています。処理水の放出は今後も続いていくので、そのつどに日本批判のためのネットミームとして処理水が使われ、拡散していくリスクは残っています」

いまも残る風評被害の影響

こうした処理水をめぐるフェイクや陰謀論、批判によって引き起こされた日本への風評被害の影響は、いまも根強く残っている。

去年の処理水放出前後に中国のSNS上に書き込まれたのが「避けるべき日本のブランド品リスト」などという情報。

放射線によって日本の化粧品が汚染されているというフェイクが拡散する事態となった。

その後、処理水放出開始を受けた中国世論の反発などもあり、化粧品など日本企業の製品の買い控えが起こった。

都内のマーケティング企業が中国の大手通販サイトでの主な日本企業製品の販売額を推計したところ、化粧品に関するフェイクが拡散した6月以降、売り上げが落ち込み、ことしに入っても販売額が前の年を下回る状況が続いている。

主な日本企業製品の先月までの1年間の売り上げは、前の年に比べて現在の為替レートでおよそ4500億円減少したと推計している。

調査した担当者によると、処理水への不安は収束しつつあり売り上げは回復しつつあるものの、日本製品が買い控えられている間に、中国企業の製品がシェアを拡大しており、売り上げへの影響は今後も続いていくおそれがあると話している。

(Nint 堀井良威さん)
「中国に進出した日本企業にとっては、ゼロコロナ政策が解除されちょうど新しい成長戦略を実行していくタイミングに処理水の放出と風評被害が起きてしまったので、一番悪いタイミングだったと思います。消費者心理は改善されていっていますが、広告宣伝や投資の縮小など企業側への影響が残っていると感じています」

今こそ私たちも関心を

処理水への批判やフェイクのリスクにどう対処すればいいのか。

これまで処理水放出をめぐって世界各国で意識調査を行ってきた東京大学の関谷直也教授は、処理水への批判やフェイクが続く背景には、外国の人たちが抱える不安感があると指摘している。

(東京大学 関谷直也教授)
「去年、処理水の放出前後に中国を中心に海外で反発が起こりましたが、そのときから人々の不安感が高い状態は続いているのが現状だと思います。また、福島での原発事故から10年以上がたちますが、いまどこまで復興が進んでいるかということは世界にはなかなか伝わっておらず、不安が残っています。処理水をめぐる批判やフェイクが海外で広がるのは、多くの人がまだそうした不安を持っているからで、その不安感を減少させていくことが必要です」

そのうえで、日本の人たちが処理水や原発事故の問題に今後も関心をもって発信していくことが重要だと指摘している。

(東京大学 関谷直也教授)
「一方で、日本国内では福島の原発事故や処理水が話題にならなくなってきていて、多くの人の関心から外れてしまっていることがより問題だと思います。国内からの発信が少なくなれば、海外での風評や悪いイメージが固定してしまうので、過去のことと思わずに、福島原発や周辺地域の状況について積極的に情報発信をしていく必要があるし、イメージの改善に取り組む必要は今でもあると思います」

8月24日 サタデーウオッチ9で放送予定
↓↓↓NHKプラスで配信予定↓↓↓

サタデーウオッチ9

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