理化学研究所の田中克典主任研究員らは、人工的に作製した酵素を用いてがん細胞を攻撃する治療技術を開発した。薬剤を投与して体内で人工酵素を作る仕組みで、がんを発症するマウスで腫瘍の増殖を抑えた。副作用が見られず、今後5〜10年以内にヒトへの臨床応用を目指す。
抗がん剤はがん細胞だけでなく、正常な細胞にも作用して副作用が生じる。がん細胞のみを攻撃する技術を開発できれば安全性を高められるほか、少ない投与量で効果を得られるなど利点も多い。薬剤を狙った患部に届ける技術は「ドラッグ・デリバリー・システム」と呼ばれ、世界で研究開発が進められている。
研究チームが開発した治療技術ではまず薬剤を投与し、血液に存在するたんぱく質「アルブミン」に金属の触媒やがん細胞に結合する分子をくっつけて、触媒反応を起こす人工酵素を作る。人工酵素は血中を流れて全身を巡り、がん細胞を認識すると結合する。
この状態で触媒反応によって効果を発揮する薬「プロ・ドラッグ」を投与すると、人工酵素が結合したがん細胞のみに薬を作用させることができる。人工酵素が存在しない正常な細胞には影響せず、副作用を軽減できる。
がんを発症したマウスに投与したところ、薬剤を投与していない場合に比べ、投与から5日後の腫瘍の大きさを半分程度に抑えられた。炎症や体重の減少といった副作用の影響は見られなかった。
研究チームは過去に、特定のがん細胞に結合する物質「糖鎖」を作製する技術を開発している。既に子宮頸(けい)がんや乳がんなど別のがんにも有効であることをマウスで確認したほか、がん細胞への攻撃性を高めたプロ・ドラッグも開発した。まずは乳がんを対象に人への臨床応用を目指す。
人工酵素は細胞に結合する分子を変更すれば、がん細胞以外も標的にできる。「患者に合わせて薬剤を変更することで、個人にあった治療法を実現できる」(田中氏)とし、今後は自己免疫疾患や認知症などへの応用研究も進める。
研究成果をまとめた論文は独科学誌「アンゲヴァンテ・ケミー・インターナショナル・エディション」に掲載された。
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