この一枚 研究と人生 慶応大共同企画

 この画像は、ずっと追いかけていた「天疱瘡(てんぽうそう)」という病気の本体をとらえたことを示したものです。同時に、体を守ってくれるはずの免疫が誤って自分自身を攻撃してしまう「自己免疫疾患」を効果的に治療するための研究の原点でもあります。

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天疱瘡患者の自己抗体が攻撃している分子を明らかにしたときの画像=天谷雅行さん提供
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 天疱瘡は自己免疫疾患の一つで、皮膚や口腔(こうくう)の粘膜などに水ぶくれ、びらんを起こす病気です。

細胞くっつけるたんぱく質、抗体が攻撃

 皮膚の表皮はいくつかの層に分かれ、表皮細胞どうしをくっつけるたんぱく質がありますが、天疱瘡の患者さんでは、免疫を担う抗体がこのたんぱく質を攻撃するため、表皮どうしの接着がうまくいかなくなり、皮膚や粘膜がむけてしまいます。

 体のバリアーが壊れてしまうため、体液が漏出したり、感染症などを起こしたりしやすく、ステロイドや免疫抑制剤などの治療法がない時代は発症後の生存期間が2年に満たないほどでした。

 私は1991年、米国立保健研究所(NIH)でこの病気の正体をつかまえるための研究をしていました。

 それまでの先達たちの研究によって、天疱瘡が自己抗体による自己免疫疾患であることは分かっていました。ただ、自己抗体がどのような分子を攻撃してしまっているのかが不明でした。

 研究はなかなかうまく行きませんでしたが、工夫のすえ、天疱瘡の自己抗体が攻撃する分子をつくる遺伝子の候補を見つけました。その分子が本当に病気と関係があるのか、確かめる必要がありました。

 そこで、候補と考えた遺伝子から「抗原」と呼ばれるたんぱく質をつくり、ウサギに注射しました。ウサギは免疫反応によって、このたんぱく質に対する抗体を生成します。

 そして、緑色の蛍光物質を使い、この抗体が結合する場所がどこにあるのかを見えるようにしたうえで、サルの食道上皮細胞を染色しました。天疱瘡患者さんの自己抗体と同じように染色されるかを調べるのが目的でした。

血清診断薬を開発

 そして得られたのがこの画像です。天疱瘡の患者さんが持つ自己抗体が攻撃している抗原分子が、「デスモグレイン3」(Dsg3)であると正体が明らかになった瞬間でした。論文は米科学誌セルに掲載され、画像は表紙に採用されました。

 92年に帰国してから、昼間は関連病院に勤務しつつ、夜に慶応大学に通う形で研究を続けました。この遺伝子をもとに作成した組み換えたんぱくを用いて、血清診断薬ELISA(現在はCLEIA)を開発しました。

 この診断薬は、診断のみならず、患者さんの病勢をモニターするためにも使えます。2003年に保険収載され、いまでは日本全国のみならず、世界中で天疱瘡の診断に使われています。

 自己免疫疾患には、リウマチや全身性エリトマトーデスなど、さまざまなものがあります。治療の多くにステロイドが使われ効果を上げてはいますが、ステロイドは免疫力全体を抑制してしまうため、感染症にかかりやすくなるほか、糖尿病などのリスクを高めるといった副作用の問題があります。

 21年12月、私たちの行った医師主導治験によって、自己抗体の産生にかかわるB細胞を除去するリツキシマブという薬が、難治性の天疱瘡にも用いることが承認されました。治療法の幅が広がったことになります。

自己免疫疾患、克服の突破口に

 さらに、それぞれの自己免疫疾患を起こす悪さをする免疫細胞だけをピンポイントで抑えることができれば、副作用のより少ない治療法が可能になります。

 天疱瘡は、病的な役割をする免疫細胞だけを抑制する「抗原特異的免疫抑制療法」を開発する上で、モデル疾患になるのではないかと期待されています。いろいろな自己免疫疾患の中で、どんな抗原や抗体が病気を起こすのかが他の病気よりも詳しく分かっているからです。

 いま私たちは、天疱瘡を起こす免疫細胞の「司令官役」を標的にしたこの療法の開発に取り組んでいます。

 天疱瘡の抗原を同定してから、30年以上の時が経ちました。天疱瘡での知見を通して、様々な自己免疫疾患、アレルギー疾患に対する新しい治療法が開発されることが期待されます。

 天疱瘡での発見を突破口に、さまざまな自己免疫疾患を効果的に、しかも少ない副作用で治療できるようにしていく。私にとって、そんな夢の原点がこの一枚なのです。(聞き手・田村建二)

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あまがい まさゆき =慶応義塾大医学部皮膚科学教室教授。愛媛大助手、慶応大専任講師などを経て現職。2021年より慶応大常任理事(研究担当)

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