日本経済新聞社は7月24日、脱炭素社会の実現を目指すNIKKEI脱炭素プロジェクト(2024年度)の一環で、自然資本・生物多様性をテーマにした分科会を東京都内で開いた。企業が自然資本に立脚した成長を目指す重要性を確認。経営陣の意識改革を促した。

会合では経営の視点で自然資本との向き合い方が議論された

リスク管理、意識改革など課題

分科会にはエネルギーやコンサルティング分野などの参画企業の担当者や、脱炭素に詳しい有識者らによるNIKKEI脱炭素委員会のメンバーが出席。ゲストとして自然環境の破壊リスク開示に関する国際組織「自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)」のメンバーを務めるMS&ADインシュアランスグループホールディングスの原口真サステナビリティ推進室TNFD専任SVPと、環境省の永田綾自然環境局生物多様性主流化室長、浜島直子広報室長が参加した。

原口氏はTNFDの自然課題への対応方法などを紹介し、永田氏は自然への負担を減らした経済圏構築のための国の構想を説明。同構想は気候変動対策や環境の保全・再生活動などネイチャーポジティブ(自然再興)を経営のマテリアリティー(重要課題)に位置づけるもので、両氏はともに環境破壊が企業にとってリスクだと認識する重要性を説いた。

背景にあるのが、自然への依存低減を重視しない企業活動が、周辺環境や事業そのものに影響を及ぼし始めている現状だ。世界では特定地域での資源不足や環境団体からの訴訟事案などが起き、対応コストが財務的損失になっている。社会や投資家からの信用を得るため、企業は関連リスクを開示し、環境への配慮と事業成長を両立させることが求められている。

既に一部の企業が不完全ながらも情報開示を始めていることから、原口氏は「『まだデータがないので(開示などに)取り組めない』というのは神話」とくぎを刺し、早期の対応を促した。

委員会メンバーも「グリーンリテラシーを経営トップがしっかりと勉強してほしい」「具体的なコミットメントをしてほしい」などと発言し、実行可能な取り組みとなるよう経営層の意識改革を求めた。

一方、出席者からは「定量的な目標設定が難しい」「(大企業が自然再興の方針に転換することで中小企業が)今までの取引がなくなる恐れがある」などと、情報開示に伴う不安も聞かれた。

これに対し浜島氏は「中小が突然はしごを外されないようにしたい」と応答。原口氏は「投資家にとって魅力的な企業価値向上のストーリーまで持っていけるかどうかが開示のカギだ」と話し、社内で議論を尽くした上で戦略を策定するよう助言。「開示のための開示にならないようにお願いしたい」とも添えた。

環境に目配りしつつ企業を成長させるための模索が、世界規模で続く。社会や市場関係者に自社の価値を受け入れてもらうため日本企業も知恵を絞る。稼ぐエコ企業を目指すことは「生き残りのための戦略だ」と指摘する委員会メンバーもいた。

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豊かな社会の礎、官民で築く

環境省 広報室長・浜島直子氏、自然環境局生物多様性主流化室長・永田綾氏

浜島氏(左)、永田氏

環境省は農林水産省、経済産業省、国土交通省と連名で2024年3月にネイチャーポジティブ経済移行戦略を公表した。企業等においても多くの関連セミナーを開催、環境省も既に130回を超えて招かれ、高い関心をいただいている。

日本が世界に先駆けて閣議決定した生物多様性の国家戦略は5つの柱があり、3つ目の柱「ネイチャーポジティブ経済の実現」の具体化が本戦略だ。企業にとっては難易度の高い情報開示やコストアップではなく、自然資本に根ざした経済の新しい成長につながる機会であると示すことを意識して取りまとめた。

本戦略では3つのポイントを挙げて企業の行動変容を促す。1つ目の「企業の価値創造プロセスとビジネス機会の具体例」は、自然資本を事業機会とリスクに組み込んで企業価値の向上につなげてもらうためのもの。例えば環境配慮型養殖では、餌に植物由来成分を配合し、人工知能(AI)で給餌を効率化して水質への影響を低減する取り組みが進み、市場規模は年間864億円となっている。

2つ目は「企業が押さえるべき要素」で、足元の負荷低減、一歩ずつの取り組み、損失のスピードダウン、消費者ニーズの創出といった視点が大事だ。移行後の絵姿として「大企業の5割はネイチャーポジティブ経営」「ネイチャーポジティブ宣言の団体数を1000」といった具体的な目安を示し、自然資本に立脚した豊かな社会の礎を築くことを掲げている。

最後が「国の施策によるバックアップ」で、リスク対応として互助・協業プラットフォームをつくり、プロセスを支える基盤づくりとして自然関連の国際データに関するネットワークや国際ルールの形成に4省連携で取り組みたい。政府一丸となって本戦略を着実に実行する。

デジタル産業界も影響不可避

MS&ADホールディングス サステナビリティ推進室TNFD専任SVP 原口真氏

(リモート参加)

TNFDの開示提言公表から1年弱となる。自然はもはや経営にとって単なる企業の社会的責任(CSR)ではなく、戦略的リスク管理の課題となった。TNFDのフレームワークはそのための糸口であり、開示のための開示をしてほしいわけではないとお伝えしておきたい。

既に顕在化している自然関連リスクがいくつかある。例えば北米ではミツバチの個体数の減少により花粉媒介機能に影響を及ぼし、アーモンドやコーヒー豆の生産コストが増加している。アジアや日本では、半導体やAIデータセンターでの大量の水使用の問題がある。台湾では企業に優先的に水を回すため農業用水が不足する事態が起きている。

これらの課題は日本ではまだあまり認識されていないが、TNFDのフレームワークで考えると明らかだ。各企業が依存しているAIデータセンターやその上流の半導体製造で、どういったフットプリント(環境への影響)があるかを把握しなければいけない。

自然資本を食いつぶしながらお金を生み出すのが現在の資本主義の形だ。今後は自然資本を増やし、キャッシュフローも増やすネイチャーポジティブ経営に移行していく必要がある。

自然関連データはまだ不十分だが、それ以上にデータをリスクや機会に読み替える自然資本のリテラシーがビジネス部門に醸成されていない。これらの課題を解決すべく、TNFD主導で世界的な自然関連データの公共施設を造ろうとしている。生物多様性条約第16回締約国会議(COP16)で草案を公表予定だ。

キーワード解説


TNFD
 自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)は、企業などの自然資本や生物多様性に関するリスクや機会を適切に評価・開示するためのフレームワーク(枠組み)を確立することを目的にした組織。2023年に自然資本に及ぶ影響やリスクを開示する枠組みを決定。「ガバナンス」「戦略」「リスクとインパクト管理」「指標と目標」を柱に14の推奨事項を定めたが、開示は任意だ。

自然資本
 水や大気、生物多様性など自然の恩恵を、経済活動の元手(資本)にする考え方。乱獲や森林破壊などで自然が再生不可能になれば、持続的な経済活動ができなくなる。自然を回復に向かわせることを「ネイチャーポジティブ(自然再興)」といい、企業経営などでの実践が求められている。

自然資本・生物多様性分科会出席者

NIKKEI脱炭素委員会

▼高村 ゆかり[委員長] 東京大学未来ビジョン研究センター教授

▼末吉 竹二郎 国連環境計画・金融イニシアティブ特別顧問

▼田中 加奈子 産業技術総合研究所客員研究員

▼水口 剛 高崎経済大学学長

▼田中 謙司 東京大学大学院工学系研究科教授

▼吉高 まり 三菱UFJリサーチ&コンサルティングフェロー(サステナビリティ)東京大学教養学部客員教授

▼安藤 淳 日本経済新聞社編集委員

参画企業

▼グリーンエナジー&カンパニー  石川大門ストラテジー本部本部長 兼 HR&ブランド戦略部部長

▼EY Japan 茂呂正樹・気候変動・サステナビリティサービス プリンシパル

▼アビームコンサルティング 豊嶋修平・執行役員プリンシパルSCM改革戦略ユニット

▼日本郵船  筒井裕子・執行役員ESG戦略副本部長

▼日本ガイシ 野尻敬午ESG推進部専門部長

▼関西電力 齊藤公治・執行役員エネルギー・環境企画室長

▼みずほフィナンシャルグループ 大谷智一サステナブルビジネス部ディレクター

▼格付投資情報センター 奥村信之・執行役員サステナブルファイナンス本部長

写真は上段右から石川、茂呂、豊嶋、筒井の各氏、下段右から野尻、齊藤、大谷、奥村の各氏

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