地球最後のケナガマンモス(Mammuthus primigenius)は、約4000年前までシベリアの沖、北極海のウランゲリ島に生息していた。ケナガマンモスは1万年ほど前の温暖化による海面上昇の際にこの島に取り残され、本土に生息していた仲間たちが絶滅した後も、東西の長さが150kmほどしかないこの小さな島で6000年間生き延びた。
科学者たちはウランゲリ島のマンモスが絶滅した原因を探っているが、まだ解明には至っていない。だがスウェーデン、ストックホルム大学の遺伝学者で、ナショナル ジオグラフィックのエクスプローラー(探求者)でもあるパトリシア・ペチュネロバ氏らは、2024年6月27日付けで学術誌「Cell」に発表した論文で、ケナガマンモスが絶滅に至るまでの約5万年間のゲノムの変化を明らかにした。
定説では、近親交配で積み重なった遺伝子変異が絶滅の原因とされてきた。だが新たな研究では、遺伝子変異そのものが絶滅の原因になったわけではなさそうだとわかった。ウランゲリ島のケナガマンモスは島に隔絶されて深刻なほど数が減ったとき、急速に変化する環境に対して遺伝的に弱くなったことが示唆された。
今回の研究が示しているのは、マンモスたちが最後の生息地に到達する前から始まっていた長い絶滅の物語の最終章だ。
マンモスステップから孤島へ
ケナガマンモスは約80万年前に登場し、最盛期には、西は現在のスペインから東は北米の五大湖地域まで、北半球の広い範囲に分布していた。彼らがこれほど広く分布できたのは、「マンモスステップ」と呼ばれる開けた草原を好んでいたからだ。
ゾウに似た大型哺乳類のマストドンが森林を好み、温暖で湿潤な間氷期に繁栄したのに対し、ケナガマンモスは、寒冷な氷期に、マンモスステップの拡大とともに生息地を広げていった。
約1万1700年前に氷河が再び後退し、気候が温暖になってくると、ケナガマンモスの生息地は狭まりはじめ、極域へと縮小していった。そうしたなかで人類による狩猟の対象になったことや、繁殖に長い時間がかかることなどにより、ほとんどのマンモスの群れがこの時期に崩壊した。
ペチュネロバ氏は、「気候変動と人類による狩猟がマンモスの絶滅に及ぼした影響については、今も論争があります」と言う。「ただ、その両方が絶滅の要因になっていたという点については、研究者の意見は一致しています」。ケナガマンモスは、彼らを取り巻く世界が変化していった数万年間のプロセスのなかで絶滅したのだ。
孤島のマンモスたちの遺伝子に起きていたこと
ウランゲリ島のケナガマンモスは特殊な存在だった。彼らは最後の生息地で本土のケナガマンモスとは異なる圧力を受けながら、何千年も生き延びていた。
彼らは気候変動によって島に取り残されたが、そのこと自体が絶滅の原因になったわけではない。また、人類がウランゲリ島にやってきたのは最後のケナガマンモスが死んでから約400年後なので、人間に狩られて絶滅したわけでもない。
遺伝学者たちは、マンモスの骨や歯から抽出したDNAを調べることで、最後の集団が絶滅した理由を解き明かそうとしてきた。これまでの研究では、ウランゲリ島に隔絶されたマンモスたちは近親交配を繰り返した結果、有害な遺伝子が積み重なり、健康な子どもを十分に残せずにだんだん数が減るという悪循環に陥る「変異メルトダウン」によって絶滅に至ったと考えられていた。
ペチュネロバ氏らは今回、本土に生息していた時代からウランゲリ島に隔絶された後までの異なる時代の21頭のケナガマンモスについて、ゲノムの変化を調べた。その結果は、彼らの絶滅への道が従来の説明よりはるかに複雑だったことを示していた。
「ウランゲリ島のマンモスは、最初は繁殖できる個体が8頭以下しかいなかったのに、すぐに数百頭まで増えたようです」とペチュネロバ氏は言う。繁殖が遅い大型草食動物の6000年続いた群れの始まりとしては、研究者たちも予想していなかったほど極端なシナリオだ。
ペチュネロバ氏が驚いたのは、近親交配にもかかわらず、ウランゲリ島のケナガマンモスの数がこの状態で安定し、約200世代にわたって持ちこたえていたことだった。また、群れは徐々に小さくなっていったのではなく、突然、絶滅していた。
「私たちが信じ、博士論文に書き、学会で発表していた物語は間違っていたのです」と氏は言う。最後のケナガマンモスたちは変異メルトダウンに陥ってはいなかったのだ。
では、絶滅の原因は?
遺伝子データからは、ウランゲリ島のケナガマンモスを絶滅させた圧力を特定することはできないが、絶滅が短期間で起きたことは示唆されていた。絶滅の原因として、彼らが環境の急激な変化についていけなかった可能性や、病気が大流行した可能性などが考えられるが、限られた化石記録からこうした変化を追うのは難しい。
ペチュネロバ氏らは、近親交配の影響も排除できないと言う。論文では、高度に有害な遺伝子変異は淘汰されたが、軽度から中程度に有害な遺伝子変異はゆっくりと蓄積していったことが示されている。それにより、マンモスたちは環境などの圧力に対して弱い状態になっていたのかもしれない。
「絶滅イベントはとても1つの要因では語れないほど複雑です」と米ノースカロライナ大学シャーロット校の遺伝学者レベッカ・ロジャース氏は言う。氏は今回の研究に関わっていない。「マンモスがゲノムだけのせいで絶滅したという主張は全体像を表していません」
文=Riley Black/訳=三枝小夜子(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2024年7月25日公開)
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