シャチは通常、海岸線沿いにとどまる傾向にあるが、大海原をわたり、クジラなどの大きな獲物をとる新しいタイプの群れが新たに見つかったかもしれない。学術誌「Aquatic Mammals」に2024年3月14日付けで発表された研究によると、米オレゴンやカリフォルニアから遠く離れた外洋で、何度もシャチが目撃されているという。多くは大陸棚よりずっと沖合で、水深は約4500メートルに達する場合もある。
「少なくとも北太平洋では、これまでに外洋のシャチを対象とした本格的な研究が行われた例はありません」と、研究リーダーを務めたカナダ、ブリティッシュ・コロンビア大学海洋水産研究所の修士課程に在籍するジョシュ・マキネス氏は言う。
「外洋に生息している、既知の生態型とまったく異なるシャチを見たときにはちょっとした衝撃を受けました」
太平洋のシャチは現在、3つの生態型に分類されている。海岸付近にすみ、サケなどの魚を食べる「Residents(レジデント:定住)型」、沖にすみ、同じく魚を食べる「Offshore(オフショア:沖合)型」、そして、哺乳類を食べることがわかっている唯一のシャチである「Transients(トランジェント:移動)」型だ。
今回研究の対象となった個体49頭については、写真およびシャチ特有の背びれやサドルパッチ(シャチの背中にある灰色や白の模様)に基づく比較が行われたが、既知の個体と一致するものは一頭もいなかった。
これは、これらのシャチがトランジェント型のサブグループか、あるいは完全に独自の集団であることを意味するとマキネス氏は言う。
「Oceanics(オーシャニック:外洋)型」と名付けられたこの集団はまた、深海のみに生息する寄生生物のダルマザメによって付けられた傷や噛み跡があることからも、既知の集団とは別ものと判断できる。
オーシャニック型と既知の生態型との外見的な違いは、個体の差異にとどまるものではない。たとえば彼らの体には大きな灰色のサドルパッチがついていたり、あるいはサドルパッチがまったくついていなかったりする。
「外洋というのは、大型捕食者が大量にすんでいるような場所ではありません。広大な砂漠とよく言われます。ですから、これほどたくさんのシャチを見ることになるとはわれわれも予想していませんでしたし、今後さらに研究を続けられるのを非常に楽しみにしています」とマキネス氏は言う。
「オーシャニック型のシャチを取り巻く状況は、まだほとんどわかっていません。それは、われわれがこれからやりたいことに深く関係している謎なのです」
外洋の獲物を追った?
外洋に生息するシャチについての知識は限られている。なぜなら、広い範囲に分布する個体を船から見つけるのが難しいからだ。
それでも、今回の論文では、1977年から2021年の間に、海洋哺乳類研究者、漁師、観光客によって北太平洋で目撃された9つの事例が検討されている。
最初に記録された事例では、シャチの大きな群れが、おとなのメス9頭からなるマッコウクジラの群れを襲い、1頭を群れから引き離して殺すのに成功した様子を、研究者が目撃している。ほかの例でも、シャチの群れはゾウアザラシ、コマッコウ、ハナゴンドウ、オサガメなどを狩って食べていた。
こうした目撃例からの詳しい記録を頼りに、研究者らは地理参照マップに位置を記録し、水深を特定し、データベースにある写真を比較して、目撃された49頭のシャチが新しい生態型である可能性を突き止めた。
この新しい群れは、外洋の獲物に引き寄せられた結果、形成されたのかもしれない。
「捕鯨や捕獲が違法化されて以降、アザラシやほかのクジラ類の数が回復しているおかげで、哺乳類を食べるシャチも増えています」と、米オレゴン州立大学海洋哺乳類研究所の海洋生態学者ロバート・ピットマン氏は言う。なお、氏は今回の研究には関与していない。
全体として獲物が少なくても、シャチにとって深海域は、沿岸付近にいるレジデント型の大きな群れと競合するよりも魅力的に感じられるのかもしれないとピットマン氏は述べている。
マキネス氏らは、今回の論文をきっかけとして、新たな群れを記録する取り組みが加速することを願っている。
地球上で最大の頂点捕食者
気候変動は一部のシャチの群れに影響を与えている。たとえば急速に減る氷の上で暮らすアザラシを食べる南極のシャチもそのひとつだ。米国西海岸では、サケの減少により、ワシントン州ピュージェット湾のシャチが減っている。
しかし、世界的に見るとシャチという種は繁栄しており、沿岸地域では人間との接触も増えている。2023年に、スペイン沖のシャチが船を攻撃したり沈めたりしていることが話題になった際には、人間による支配への反撃と捉えて、シャチにエールを送る人たちもいた。
「シャチはおそらく、地球上で最も広く分布している脊椎動物です。彼らはあらゆる場所にいます」とピットマン氏は言う。
観光クルーズは世界各地で提供されているため、オスであれば全長8メートルを超えるシャチを皆さんもぜひ目の当たりにしてほしいと、氏は述べている。
「シャチは今日地球上に存在する最大の頂点捕食者です。恐竜が地球をうろついていた時代以降、これほど大きな捕食者はほかにいません」
文=Melanie Haiken/訳=北村京子(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2024年4月4日公開)
鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。