夜行性のため昼間は岩陰で眠っていることが多いネコザメ。サザエなど貝類やウニ、甲殻類を食べるおとなしい性質で「サザエワリ」の呼び名も=和歌山県串本町で、三村政司撮影

 日本語でネコ、英語ではウシと呼ばれているサカナがいます。その正体はサメ。標準和名は「ネコザメ」、英名では「Japanese bullhead(雄牛の頭) shark」です。

 眼上の盛り上がりを日本ではネコの耳に、英語圏ではウシの角に見立てて名づけられました。全長は1メートル前後。「ニャー」とも「モー」とも鳴かないものの、おとなしい性質と大きな頭にずんぐりした体形のため、ぬいぐるみのようだと人気です。

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 このネコザメに出合ったのは本州最南端、和歌山県串本町にある潮岬の東側の海です。

 串本町は、サンゴが群生する「亜熱帯の海」として知られます。でもこれは潮岬西側のこと。東側は同じ町内なのに、サンゴはほとんど見られず、岩場と海藻からなる一般的な日本近海の景観と生態系です。アジやイサキなどが大群を作るいわば「温帯の海」。西側は温暖な黒潮の恵みを受けていますが、東側は潮岬半島によって黒潮の流れがせき止められているのです。

 ネコザメたちは春から夏にかけ、産卵のため東側に集まります。「温帯」を好むようで、西側では見られません。

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 ネコザメの卵は岩や海藻の隙間(すきま)に固定しやすいよう、らせん状のドリルの先のような形をしています。陸上の母ネコが子どもの首根っこをくわえて運ぶように、ネコザメも産み落とした「ドリル」をくわえて運び、岩の間に押し込む様子が観察されています。サカナがそんなことをするなんて面白いですね、私も見てみたい。

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 この東側の海には、もうひとつ特徴があります。南海トラフへと続く深海が紀伊半島沖に横たわっているため、水温が下がる冬季にしばしば深海生物が上がってくるのです。目にすることが難しい生物を見られるかもしれないと、夏よりも冬に訪れるダイバーの数が多い風変わりな海です。

 でも近年は、海水温の上昇で様子が変わってきました。2023年冬から24年春にかけての今シーズン、水温が下がる冬にやって来るはずのマトウダイやクルマダイの姿は、ほとんどありませんでした。ネコザメたちも今シーズンは戻ってきたものの、昨年は目にしませんでした。タカアシガニの交尾が観察されたこともあるなど、深海の一部をのぞくことができる海のはずなのに。

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 また、黒潮が離れる「黒潮大蛇行」が17年8月に始まり、最長期間記録を更新し続けています。このせいで西側の海では温暖な潮の効果が薄れ、こちらも生態や生物相が変化しているように感じます。

 地元漁業者やダイバーからは「東と西の環境が平均化しつつあるのでは」という声が上がっています。ネコたちに会えなくなる日が来るのかもしれません。(和歌山県串本町で撮影)【三村政司】

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