オニグモ(Araneus ventricosus)の網にかかったオスのホタル。オニグモは、ホタルが交尾相手を見つけるために使う生物発光のシグナルを操作できるのではと、研究者たちは考えている。(Photograph by Xinhua Fu)

クモは、驚くほど様々な狩りのテクニックを進化させてきた。唾液を使って獲物をわなにかける種もいれば、ヘビさえも捕らえられる強力な網を張る種もいる。最新の研究では、日本でもごく普通に見られるオニグモが、とりわけ巧みな戦術を使ってホタルを自分の網に誘い込んでいるという。

2024年8月19日付けで学術誌「Current Biology」に発表された論文によると、このクモは、網にかかったオスのホタルが発する光を操作して、あたかも交尾相手を求めるメスが光を放っているかのように見せかけ、別のオスをおびき寄せているようだ。

クモが獲物を食べることを我慢して、それを餌に別の獲物を捕らえるのに利用するという考え方自体が非常に好奇心をそそると、メキシコ、ベラクルサーナ大学の研究者で、論文を査読したディネシュ・ラオ氏は言う。「クモはいつでもお腹を空かせています。ですから、『今はまだ食べないで、次の獲物が来るのを待とう』と考えているとしたら、とても興味深いです」。なお、ラオ氏は研究には参加していない。

死のラブコール

中国武漢にある華中農業大学のホタル研究者で、論文の筆頭著者を務めた傅新華氏は、博士課程在籍中の2004年に、野外でクモの巣を観察していたところ、ある奇妙な現象に気付いた。クモの罠にはまるホタル(Abscondita terminalis)がオスばかりだったのだ。

さらに不思議なことに、網にかかった一部のオスは、メスが見せるような点滅パターンで光を放っていた。

クモが、この現象に何か関係しているのだろうか。

詳しく調べるために、傅氏とその研究チームは、武漢郊外の、水田や池が点在する農村を訪れた。研究対象に選ばれたコガネグモ科のオニグモ(Araneus ventricosus)は、毎晩新しい網を張る習性があり、それがちょうどホタルが活動を始める時間帯と重なる。

研究チームは、虫取り網を使ってオスのホタルを捕らえ、細いピンセットでそのホタルをクモの網に乗せた。そして、複数のシナリオの下でそれぞれ何が起こるのかを、ビデオカメラを通して観察した。

傅氏からナショナル ジオグラフィックに送られてきたメールによれば、オスのホタルが網にかかると、クモはまずホタルを包み込み、胸部にかみついて少量の毒を注入する。その後、網の真ん中にホタルを残し、自分は隅に隠れる。

しばらくするとホタルは、光る部分がメスのように小さくなったうえ、メスが交尾相手を引き寄せる単純なパターンで点滅しだした。その光が消えると、クモは同じ作業を繰り返した。傅氏によると、すべてが終わるまでに通常2時間ほどかかり、その後クモは食事に取り掛かったという。

網を張るクモは視力が弱いことで知られているため、この行動には驚かされたと傅氏は話す。「それでも、ホタルの点滅のパターンと明るさの違いは感知できるようです」

何が変化を起こしているのか?

しかし、ホタルの光り方を変化させている要因は何だろうか。傅氏とその研究チームは、クモが何らかの形で毒を使って点滅パターンを操作しているのではないかという仮説を立てた。

しかし、その仮説を裏付けるにはさらに多くの証拠が必要だ。

「全体的にはとても興味深い論文です」とラオ氏は言うものの、「一つだけ、クモが実際に何かをしてホタルの光り方を変えているという点については、まだ完全には納得がいっていません」と話す。そして、「何が変化を起こしているのか」を理解するには、神経生物学的調査が必要だとも指摘する。

「確かに、何かが光り方を変化させているようです」と、米カリフォルニア大学バークレー校の博士候補生で、クモの行動が専門のキャサリン・M・ネーゲル氏も同意しつつ、「この研究で提示された証拠だけでは、具体的に何がそうさせているのかを特定するには不十分です」とメールで書いている。また、「クモの行動が直接関わっているかどうかを判断するにはさらなる研究が必要です」と付け加えた。

次なるステップとして、傅氏とそのチームは「クモの毒がこれにどう影響しているのか」を研究したいとしている。

クモは、擬態や偽装信号を利用して獲物を捕らえることで知られている。たとえばネーゲル氏によると、ほかのクモを狩る一部の種は、狙ったクモの巣を振動させて獲物がかかったと思わせ、相手のクモを自分の方へおびき寄せるという。

「節足動物は、複雑な行動ができない『単純な』生き物だと思われがちですが、そんなことはありません。」とネーゲル氏は言う。「これまで気にも留めていなかった生き物にも複雑な行動をとることは可能であること、そしてクモの行動に関してもまだ学ぶべきことがたくさんあることを、今回の研究やほかの同様の研究は示しています」

文=Gennaro Tomma/訳=荒井ハンナ(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2024年8月22日公開)

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