2022年9月、小惑星に小型の探査機をぶつけて軌道を変え、地球への衝突を防げるかどうかを検証する、人類初の地球防衛実験が行われた。実験は大成功だったが、想定外の副産物も生じた。この実験で飛び散った岩の行方を2万年後まで計算したところ、いずれ火星に非常に接近し、衝突する可能性があることがわかったのだ。論文は2024年2月12日に査読前論文を投稿するサーバー「arXiv」で公開された。
地球に近づく軌道をもつ小惑星(地球近傍小惑星)に対して人類が何の対策もしなければ、将来、サッカー場より大きな小惑星が地球に衝突するだろう。落ちてくる場所が都市だったら、その都市はまるごと消滅するだろう。NASAによれば、直径140m以上の地球近傍小惑星は2万5000個ほどあると推定されていて、そのうちの約1万4000個がまだ発見されていない。
そこで、NASAは「DART(二重小惑星軌道変更試験)」と呼ばれるミッションを試みた。このミッションでは、地球近傍小惑星「ディディモス」のまわりを公転する衛星「ディモルフォス」に、自動車ほどの大きさの探査機を衝突させ、実際にその公転軌道を変えられることが確かめられた。
飛び散った岩
ディモルフォスは直径約160mと小さいため、望遠鏡を使った事前の観測では、どのような天体なのか、ほとんど明らかになっていなかった。だが天文学者たちは、手にしたわずかな情報から、ディモルフォスは多数の岩がそれぞれの小さな重力によって互いに弱く結びついた天体(ラブルパイル天体)ではないかと予想していた。
その後、探査機の衝突で大量の岩が飛び散り、ディモルフォス全体の形が変わったことで、予想の正しさが証明された。
予想外だったのは岩の挙動だった。
探査機が衝突したとき、いくつかの岩が高速で飛散し、まもなく消えた。しかし、米カリフォルニア大学ロサンゼルス校の天文学者デビッド・ジュイット氏らがハッブル宇宙望遠鏡で観測したところ、衝突によって生じてディモルフォスからゆっくりと遠ざかっていく岩が37個発見された。なかには直径が約7mもある岩もあった。
「あれほど大きく、あれほど多数の岩が吹き飛ばされるとは思っていませんでした」と、米ジョンズ・ホプキンズ大学応用物理学研究所の惑星天文学者で、DARTミッションの調査チームのリーダーの一人であるアンディー・リブキン氏は言う。「それらはDARTの衝突によってできた破片ではなく、弱く結びついてディモルフォスを作っていた岩が衝撃波によって離散したものだと思います」
近い将来でいえば、理論的に、これらの岩は欧州宇宙機関(ESA)の探査機「ヘラ」を危険にさらすおそれがある。2024年10月に打ち上げられる予定のヘラは、2026年にディモルフォスに到着してDARTの衝突の影響を詳しく調査することになっているが、飛び散った岩がヘラに衝突する可能性はゼロではない。
ジュイット氏は、ディモルフォスの周囲には望遠鏡で発見できなかった岩がもっとあるだろうと考えている。また、接近の妨げになる岩があれば、ヘラに回避させなければならないかもしれない。
研究により、2026年になってもディモルフォスの周囲にはまだいくつかの岩が残っている可能性があることが分かっているが、幸いにもヘラに衝突する確率は低いという。
いずれ火星に衝突?
ディモルフォスから飛散した岩が最終的に行き着く場所を見極めるため、ESA地球近傍天体調整センターの地球近傍天体力学者であるマルコ・フェヌッチ氏の研究チームは、もっと遠い未来に目を向けた。彼らは飛び散った岩と同じくらいの大きさの岩を、シミュレーションで3700個つくり出し、今後2万年間にとりうる軌道を計算した。
これだけ多くの岩を用意したのは、探査機の衝突で飛び散ったときの実際の速度や位置など、不確定要素がたくさんあるからだ。太陽の光の圧力という微弱な力も、長期的には岩をまったく違う軌道に押しやる可能性がある。
フェヌッチ氏らが公開した論文はまだ査読を受けていないが、これによると、今から6000年後と1万3000年後に、火星の軌道と岩の軌道が非常に接近する可能性が高いという。
「このときに火星と岩が、それぞれの軌道が交わる点に同時に到達すれば、衝突する可能性があります」。岩石惑星に衝突する可能性のある岩を人類が生じさせたのは、実質的にはこれが初めてだ。
岩が構造的に弱い場合は火星の大気中で爆発するかもしれないが、そうでなければ火星の地表に最大で直径300mのクレーターを作ると予想された。
飛び散った岩が地球に衝突する可能性はないという。人類に危険が及ぶとしたら、岩が火星に衝突するときに偶然にも最悪のタイミングで火星の表面に滞在している未来の宇宙飛行士だけだろう。
この研究は、地球防衛の研究者にとっても参考になる。
危険な小惑星から地球を守るためには、それらがどこから来るのかを知る必要がある。科学者たちは、地球に衝突するおそれのある小惑星のほとんどは、火星と木星の間の小惑星帯で小惑星どうしが衝突することで生じると考えている。
しかし、今回の研究により「地球近傍小惑星も地球に飛来する隕石の発生源になりうることが示されました」と、米ハーバード・スミソニアン天体物理学センターの小惑星力学研究者であるフェデリカ・スポート氏は語る。DARTではわざと探査機をぶつけたが、地球近傍惑星に他の天体が自然に衝突すれば、同じようなことが起こりうるからだ。
また、そう遠くない将来、地球近傍小惑星でレアメタルからロケット燃料になる水まで、貴重な物質が採掘されるようになる可能性があるが、今回の研究は、無計画に小惑星をばらばらにしてはならないことを示している。
「地球に衝突する可能性のあるものが宇宙空間に増えるのは厄介ですからね」とフェヌッチ氏は言う。
文=Robin George Andrews/訳=三枝小夜子(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2024年4月5日公開)
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